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幕間③「カイルとギルバート」

 セーフハウスの古びた机を囲む中、カイルが「お洋服のことになると形無しさ。」と笑った瞬間、アレンの脳裏に、かつてリガルドの街で自分を導いてくれた老人の姿が浮かんでいた。


「……なぁ、カイル。さっきから思ってたんだけど、お前、どうしてギルバートの古文書の内容や、俺の『炉心』の秘密までそんなに詳しく知ってるんだ?いくら第三師団の主席魔導参謀だからって、軍の人間がそんな禁忌の知識を持ってるのは不自然だろ。」

 アレンの問いに、カイルは眼鏡を指先で押し上げる手をピタリと止めた。

いつもの軽薄な笑みが、ほんの一瞬だけ、どこか懐かしむような大人の表情へと変わる。


「おや、そこに気づいちゃった? ……実はね、あの偏屈なギルバートのじいさんは、僕の『魔法の師匠』なんだよ。」

「そういえばそんな話してたな。……ギルバートが、お前の師匠?」

 アレンだけでなく、隣にいたエルザも驚きに目を見開いた。

カイルは肩をすくめ、昔を思い出すようにくつくつと笑う。


「そうさ。数年前、僕がまだ軍の若造で、世界の魔力循環(地脈)について独学で調べていた頃、行き詰まって行き着いたのがあのじいさんの古書店だった。あそこには世界中の禁書や古文書が狂ったように揃っているからね。最初の数ヶ月は『トカゲの軍人が来る場所じゃねえ、失せろ』って塩を撒かれ続けたんだけどさ。」

「……じいさんらしいな。」

アレンが苦笑すると、カイルは頷いた。


「だろ? だけど、僕が夜通し店の前で地脈の計算数式を解いて見せたら、ようやく中に入れてくれてね。そこからは地獄の講義さ。あのじいさん、魔法の理論に関しては本当に容赦がないんだ。僕が今、若くして第三師団の主席なんて地位に就けているのは、あの偏屈なじいさんに脳みその髄まで叩き込まれた知識があるからだよ。」

 カイルは眼鏡の位置を直し、その瞳の奥に冷徹な平和主義者としての、そしてギルバートの弟子としての真剣な光を宿した。


「じいさんは、いつも言っていた。『世界には人間も竜族も関係なく、解き明かしてはならない因果の糸がある。もしそれを無理やり引き千切ろうとする愚者が現れたら、お前のその頭脳ですべてを欺き、世界の破滅を止めろ』ってね。――だからさ、ゾルディンのクソトカゲが『白竜の心臓』を使って焦土兵器を造り始めた時、真っ先にじいさんの顔が浮かんだよ。ああ、僕の出番はここかってね。」

 カイルが裏切り者(ダブルスパイ)という最も危険な道を選んだ理由。

そこには、バルドとはまた違う形で世界を憂い、弟子に未来を託したギルバートの教えがあったのだ。


「じいさんから『白銀の髪を持つ、赤い目の少年がそっちに向かう』って極秘の暗号通信が届いた時は、正直耳を疑ったけどねぇ。まさかこんな可愛い美少年だとは聞いていなかったよ。じいさんも人使いが荒いなぁ。」

「……そうか。じいさん、俺のためにそこまで先回りして……」

 アレンは胸の奥が熱くなるのを感じながら、無意識に右手の指先でフードの隙間から覗く白銀の前髪をすっと横に払った。

その優美で神聖な指先の動きを見たカイルは、一瞬だけ目を見開き、それから嬉しそうに目を細めた。


「うん、その癖。じいさんの古文書に挿絵つきで書いてあった『白竜アルヴァ』の仕草そのままだ。……なるほどね、じいさんが君に全てを賭けた理由が、今やっと本当に分かった気がするよ。」

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