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①抗う残り火と、白銀の残響ー5

 エルザの胸の中で、アレンは小さく、だが確かに「生きた人間の呼吸」を繰り返していた。

その体温を感じて、緊迫していた洞窟内の空気が一気に弛緩する。


「……ふぅ。心臓に悪いね、本当に。」

カイルの額からは、冷や汗が顎のラインを伝って床に滴り落ちている。


「おいカイル、一体何が起きたんだ? また何か術式をかけたのか?」

ガロウが、訝しげな目をカイルに向けた。

その隣に立つレイラもまた、漆黒の細剣(レイピア)を鞘に収めながら鋭い視線を向ける。


「僕の術式じゃないさ。……アレンくん自身の魂が、内側から白竜の意志を押し戻した?いや、違うな……」

カイルは、アレンの右腕で再び静まり返った魔力経路を、探るように見つめた。


「これは、、白竜のシステムそのものが、自発的にシャットダウンを選択した?まるで、アレンくんの魂を守るために、白竜自身が身を引いたかのようだね。」


「白竜が……アレンを守った……?」

エルザはアレンの顔を覗き込む。

アレンはエルザの腕の中で、激しく心を揺さぶられた余韻に浸るように、涙の跡を残したまま静かに眠りについていた。


「俺は……ただの孤児...なんかじゃ、な…い…」

アレンの口から、無意識のうちに小さな寝言が漏れる。

それは、先ほどまで精神世界で出会っていた、あの白銀の髪の男への答えのようでもあった。

自分にはまだ思い出せない「本当の始まり」の記憶がある。

その温かさが、彼の魂を確かに繋ぎ止めていた。

黒狼の血を引く亜人族の戦士であり、かつて故郷を焼かれたエルザを救い出してくれた――ガロウは、その寝言を静かに見守る。


「眠っただけだ、安心しな。」

ガロウが歩み寄り、アレンの頭を大きな手で乱暴に、だが優しく撫でた。


「だが、これで一件落着ってわけじゃなさそうだ。レイラ、お前がわざわざ前線を離れてここまで来たってことは……そういうことなんだろ?」

ガロウの言葉に、部屋の空気が再び別の緊張感を帯びる。

第一師団・防空近衛遊撃隊長であるレイラが、重い口を開いた。

彼女の表情は、いつになく険しい。


「ああ、状況は最悪だ。ドラグニル軍の上層部は、この砦の位置をほぼ特定している。それだけじゃない。……竜の墓場から輸送されていた五つの遺産の一つ――『白竜の心臓』が、間もなく王宮に到着する。」


「『白竜の心臓』……!」

エルザがアレンを抱きしめたまま、レイラを見上げる。

その緊迫した空気を破るように、カイルがいつもと変わらない飄々とした調子で肩をすくめた。


「おやおや、第一師団の優等生殿が、わざわざ直属の部隊を撒いてまで自らお出ましとはね。僕の精密なスキャンデータがなければ、君は今頃その輸送ルートすら掴めていなかっただろうに。相変わらず人使いが荒いなぁ、レイラは。」

「お前という男は、いつもそうだ! この期に及んでまだそんな軽薄な態度が取れるとはな、カイル!」

 レイラは生真面目な顔を歪め、鋭い視線でカイルを睨みつける。

1000年以上の寿命を持つ最高位種族「竜神族」のなかでも、同世代として長年ドラグニル軍の上層部で切磋琢磨してきた二人。

イグニス王が狂気に染まった時、いち早く世界の危機に気づき、軍を裏切るリスクを共有した唯一無二の「共犯者(バディ)」だからこそ、この極限状態でも背中を預け合える絶対の信頼があった。


「カイル、レイラ……二人とも、ありがとう。私たちのために、そんな危険を……」

エルザの言葉に、レイラは毅然と首を振った。


「礼には及ばない。私たちは、狂った王と国を正すという、己の正義に従っているだけだ。それよりも、アレンの様子は?」

 ちょうどその時だった。

エルザの腕の中で、アレンの長い睫毛がピクリと震え、ゆっくりとその瞼が持ち上がった。

フードの隙間から覗く神秘的な白銀の髪と、すべてを見透かすような血のような赤色の目。

その瞳には、先ほどの無機質な白銀の光はなく、いつもの人間らしいアレン自身の光が宿っていた。


「……エルザ? 俺……みんなに迷惑を…?…」


「アレン! 目が覚めたのね!」

エルザが感極まってアレンを抱きしめる。

アレンは顔を赤くしながらも、周囲を見回した。

 エルザ以外の三人は、アレンにとって完全に初対面だ。

厳つい巨漢に、軍服の女騎士、そして白衣の男。

警戒と戸惑いの色を隠せないアレンに、カイルが優しく手で制した。


「おっと、無理に動かない方がいいよ、アレン君。君の体は今、最高出力の魔力に耐えてボロボロなんだから。自己紹介が遅れたね、僕はカイル。これでもドラグニル軍第三師団の主席魔導参謀をやらせてもらってる。で、こっちの強面がガロウ、そっちの堅物がレイラさ。」


「……? なんでドラグニル軍の人がここに……?」

怪訝そうに問いかけるアレンに、ガロウが笑った。


「……アレン!俺はこのレジスタンスの隊長だ。こいつらは命懸けのダブルスパイさ。」

「……それより、アレン君。さっき『ただの孤児じゃない』なんてうなされていたけれど、何か夢でも見ていたかい?」

 カイルの鋭い指摘に、アレンは息を呑んだ。

そして、精神世界で出会った、澄んだ琥珀色の瞳を持つ、白銀の髪の男の姿を思い出す。


「……俺、夢の中で、ある男に会った。白銀の髪で、琥珀色の目をした……。そいつが、俺を『かわいい子』って呼んで、俺の過去を知っているようなことを言っていた。俺には、バルドのじいさんに拾われる前の記憶がない。ただのショックで忘れたんだと思ってたけど……そいつは『お前は記憶も身体も、すべてをリセットされた』って……」


アレンの言葉を聞いた瞬間、レイラとカイルの表情が劇的に変わった。

二人は顔を見合わせ、その瞳に明らかな衝撃を浮かべる。

「白銀の髪に、琥珀色の瞳……。まさか、あの記録は本当だったのか……?」

レイラが驚愕に声を震わせる。


「カイル、レイラ? 何か知っているの!?」

エルザの問いかけに、カイルはいつもの軽薄さを完全に消し去り、冷や汗を流しながら眼鏡の奥の目を鋭く光らせた。


「アレン君。かつて君がリガルドの路地裏にある古書店『黒梟の灯』を訪れた際、白髪を三つ編みにした老紳士――ギルバートから聞かされたであろう話を覚えているかい?」

「ギルバートを知っているのか!?」

「知ってるも何も君たちのことを通信魔法で教えてくれたのはギルバート殿だ。しかもギルバート殿はそこのカイルの師匠でもあるぞ。」


「「えっ!?」」

アレンとエリザが同時に驚愕する。


「僕とギルバートとの関係はさておき……。」

カイルがレイラに目を向ける。

レイラが改めて引き締まった声で、アレンの魂の最奥を呼び覚ますように語りかける。


「先ほどの話の続きだが、500年前に白竜帝は忽然と姿を消したのではない。来るべき大災厄……大陸そのものを滅ぼす『深淵の闇』を封じるため、自らの肉体と魂を5つの『遺産』へと解体し、この大陸の地底深くに眠らせた。そして、自らの意思を託せる『器』が生まれるのを待っていた。この伝承はギルバート殿に聞いたはずだ。……アレン、君の右腕に宿る結晶化したその『白竜の聖鱗』。そこから漏れ出る圧倒的な魔力の残滓こそが、白竜の力の源になっている『炉心』を体内に持っている何よりの証拠だ。白竜帝が白銀の髪で琥珀の瞳を持っていた事も各国の竜王と竜神族にしか語られていない真実の歴史だ。」


アレンは息を呑んだ。

かつてギルバートからその壮大すぎる宿命を告げられた時、彼は冷めた視線を崩さず、「世界を救うなんて英雄譚に付き合う気はない、俺はこの腕の呪いを解きたいだけだ。」と拒絶した。

だが、ギルバートは静かに首を振って言ったのだ。

――「呪いではない、宿命です。それに、君が拒もうとも、5人の竜王たちは君を放っておかない。彼らは創造主の力を我が物にせんと、血眼でその腕を狙ってくるはずだ」と。


「あの時、ギルバートが言っていたことは……本当だったのか。俺の右腕は、白竜の遺産の一つ……」

「いや、一つ決定的に違うよ、アレン君。」


カイルが眼鏡の位置を直し、険しい声を上げた。


「白竜帝アルヴァが切り離した『五つの遺産』は、それぞれ大陸の全く違う場所に眠っている、完全な別物さ。アレン君の持つ『炉心』は、それら全ての遺産を起動・制御するための、言わば『本体のマスターキー』。君は遺産の一つを持っているんじゃなくて、神の力の『源泉そのもの』を宿しているんだよ。右腕に現れた白竜の聖鱗は炉心の魔力による身体変化の一部だと推測できるね。」


「な……っ!?」


「そして、あのトカゲの王様にこれ以上おもちゃを持たせたら世界が溶けちゃうからね。イグニスが進めている、要塞都市を一瞬で壊滅させる超広域焦土魔導砲――通称『ラグナロク』の開発計画。その最悪な焦土兵器の動力源として、彼らはかつて『竜の墓場』から掘り出された、五つの遺産の一つ『白竜の心臓』を首都の王宮に輸送させているんだ。だけど、どれだけ莫大な魔力を誇る心臓であっても、それ単体ではあまりに強大すぎて制御が効かない。

……アレン君、君に宿る『炉心』こそが、その心臓の真の力を完全に引き出して、兵器を稼働させるための唯一のトリガーになっているんだよ。だからイグニスは、君の右腕を血眼になって狙っているのさ。」


「そんなこと、絶対にさせない……!」

 エルザが頭部の竜の角を震わせ、八重歯を覗かせてアレンを庇うように強く抱きしめる。

故郷や大切なものを理不尽に奪われたエルザにとっては、元凶であるイグニスの首を獲るためなら、アレンを狙うドラグニル軍を全て斬り伏せる覚悟できていた。

アレンはかつて「世界を救う大層な英雄譚に付き合う気はない。」と宿命を拒んだ。

だが、いまや世界が彼を放ってはおかない。


「……ハッ。英雄になる気は今でもないさ。だけど、この力のせいでエルザやみんなが傷つくのは御免だ。それに、夢の中であの男が言っていた。

『お前を縛る因果の糸を、自らの手で解き明かすのだ』ってな。俺は、俺自身の本当の過去を知るために、この宿命と向き合う。」

 アレンの赤眼に、迷いのない強い光が宿る。

初対面ながらにその覚悟を間近で見たカイルとレイラは、不敵な、しかしどこか安心したような笑みを交わした。


「よく言った、アレン君! 君がその気になってくれたなら、僕たち『共犯者』も命の懸け甲斐があるってものさ。」

「ああ、少年の覚悟は受け取った。……だが、その前に一つ、大真面目な問題がある。」

 レイラは真剣極まる表情でアレンを一歩、二歩と見つめ、カイルを振り返った。

「カイル。この少年の衣服だが……先ほどの炉心の暴走の余波で、ボロ布のように裂けている。これでは移動の際、防寒の面でも、隠密性の面でも著しく支障が出るな。」

「おや、第一師団の優等生殿、そこに気づいちゃった? さすがは遊撃隊長、戦術的視点が素晴らしいねぇ。」

 さっきまでのシリアスな空気はどこへやら、カイルの顔にいつもの意地の悪い笑みが戻る。

レイラは軍服の懐から、なぜか完璧に畳まれた数着の衣服を取り出し、初対面のアレンを前に大真面目な顔で、彼の体に衣服を宛てがい始めた。

「この襟の装飾がアレンの髪に映える。隠密性を重視するなら深緑の外套だが、彼の持つ白銀の魔力特性を考慮すると、この白を基調とした魔導衣の方が、魔力回路の循環を阻害しないはずだ。よし、着替えさせるぞ。」

「ちょ、ちょっと待ってくれ! 俺、自分で着替えられるから――!」

 初対面の、しかも綺麗な女騎士にいきなり着替えさせられそうになり、ベッドの上で顔を真っ赤にして慌てるアレン。

しかし、レイラは真剣な顔で彼を制する。


「大人しくしていろ、アレン。お前の体は今ボロボロなのだ。無駄な体力を使わせるわけにはいかない。」

「いやぁ、実に見事なコーディネートだ。目の保養になる美青年だねぇ、アレン君は。いっそその可愛い顔に合わせて、僕の幻影魔法で少し髪の長さを弄ってみるかい?」

「カイルまでっ……!」

「まぁまぁ。こうして僕達がふざけられるのも、君が『人間』としてここにいてくれるからこそだよ。」

 カイルは一瞬だけ、慈しむような視線をアレンに向け、それから部屋の入り口へと目を向けた。

その瞬間に、彼の表情から完全に笑みが消える。


「――っと、お喋りと着せ替えの時間はここまでみたいだ。僕の空間探知網に引っかかったよ。……嫌な予感が確信に変わった。」

 洞窟の奥から、地響きのような不気味な咆哮が響き渡った。

それは知性を持たない下位竜――ドラグニル軍が駆る空の「火竜ワイバーン」の群れの声。


「チッ、敵の急襲か!?」

ガロウが鋼鉄の左腕を軋ませ、エルザが大剣の柄に手をかける。

レイラは瞬時に細剣(レイピア)を引き抜き、アレンの前に立ちはだかった。


「輸送部隊の先遣隊……いや、第四師団の斥候か! 数は多くないが、この場所が完全に割れたぞ! カイル、撤退ルートの確保を!」

「了解! 正面はガロウとレイラで蹴散らして! 僕とエルザちゃんでアレン君を連れて裏口からズラかるよ!」

 新調した白銀の魔導衣を翻し、アレンはエルザ、カイルと共に崩落の始まる洞窟の奥へと走り出した。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 「走るよ、二人とも! 上位竜ほどじゃないにしても、数が多すぎる。空間の歪みに巻き込まれないように僕のすぐ後ろをキープして!」

カイルが叫び、指先を一閃させる。

彼、カイルの竜神族の能力『属性王権』により、魔法陣も詠唱もなく、隠し通路の行く手を阻む岩壁がガラスのように軽々と切り裂かれ、新たな退路が瞬時に形成された。

 アレンは新調された白の魔導衣の袖を翻し、エルザの手を引いて疾走する。

魔導衣が体内の魔力回路を最適化しているおかげか、先ほどまで白竜の暴走に耐えてボロボロだったはずの肉体が、嘘のように軽い。

しかし、背後からは洞窟の岩盤が凄まじい勢いで崩落する地鳴りと、火竜ワイバーンの凶暴な咆哮が確実に迫っていた。


「くっ、完全に退路を塞ぐ気か……!」

前方から、崩落した巨大な岩石の山が通路を完全に埋め尽くそうとした、その時だった。


「――どきなさい、お前たち!」

頭上から、すべてを圧殺するかのような黒い突風が吹き抜けた。

凄まじい衝撃波と共に岩石の山が一瞬で粉砕され、霧散する。


「レイラ……! ガロウも!」

アレンが驚愕の声を上げる。

そこには、背中に漆黒の強靭な竜の翼を羽ばたかせたレイラと、鋼鉄の左腕を赤く灼熱させたガロウがいた。

彼らの背後には、追撃してきたはずのワイバーン部隊が、一瞬にして消滅したかのように静まり返っている。

これが最高位種族「竜神族」の誇る世界第二位の飛行速度『天翔(てんしょう)』、そして『竜鱗の加護』による圧倒的な武の暴力だった。


「遅いぞ、カイル! 」

レイラは凛とした声を響かせ、空中を信じられない速度で滑空しながら、漆黒の斬撃を突き出した。

彼女の『属性王権』が発動する。

一瞥するだけで、通路の壁から突き出ていた無数の岩の棘が、闇の刃によって一瞬で綺麗に剃り落とされ、完璧な脱出路が切り拓かれていく。


「おやおや、優等生殿は相変わらず手際が良いねぇ。でも、僕だってサボっていたわけじゃないよ?」

カイルが不敵に笑い、今度は両手を広げた。


「『空間隔絶(ディメンション・ウォール)』――!」

 カイルが指先を鳴らすと、砦の崩落そのものがアレンたちの数歩後ろでピタリと停止した。

空間そのものを物理的に切り離し、迫る岩石も、地脈の熱エネルギーも、すべてを虚無の境界へと吸い込ませていく。

詠唱もなしに放たれる、これぞ上位(スチール・クラス)の空間干渉魔導。

アレンとエルザは、目の前で繰り広げられる竜神族の「規格外の力」に息を呑んだ。

魔力を持たない人間族の環境で育ったアレンにとって、それは世界の理を揺るがすほどの衝撃だった。 


「これが……竜神族の……」

「感心している暇はないぞ、アレン! ここから一気に外へ飛び出す!」


ガロウが巨体を生かして先頭を走り、鋼鉄の鉄拳で最後の岩壁を殴り飛ばした。

眩い太陽の光が、一行の視界を真っ白に染め上げる。五人は崩壊するレジスタンスの砦を脱出し、ドラグニル王国の赤茶けた荒野へと降り立った。

背後では、つい先ほどまで彼らがいた岩山が、凄まじい土煙を上げて跡形もなく崩れ去っていく。


「ふぅ……。ひとまずは、撒けたみたいだね。」

カイルが眼鏡の位置を直し、いつもの軽薄な笑みを浮かべる。

しかし、レイラの視線はすでに、はるか遠くにそびえ立つ、首都の王宮へと向けられていた。


「いや、本当の戦いはこれからだ。ドラグニル軍が『白竜の心臓』を運んでくる前に、私たちは王宮に潜入して竜王の洗脳を解かなくては。」

「洗脳?どうゆうことだ?」

「詳しい話は、後で教えるよ。まずは僕たちについてきて。」

 アレンは先ほどのレイラの言葉に疑問を残しつつも、右腕の『白竜の聖鱗』を強く握りしめ、新調された魔導衣のフードを深く被り直して2人について行くことにした。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 レジスタンスの砦を脱出したアレンたちは、追手を撒くためにあえて目立つ場所――烈火の竜王国「ドラグニル」の首都マグマリアの城下町へと身を潜めていた。

火山地帯特有の熱気と赤茶けた石造りの建物が並ぶ活気ある町並みは、フードを深く被ったアレンの白銀の髪と血のような赤眼を隠すには格好の場所だった。

カイルが用意した秘密のセーフハウス。

その薄暗い一室の机に、アレンたちは古びた地図を広げていた。


「灯台下暗し、とはよく言ったものだね。まさか、首都のど真ん中に転がり込むなんて、第二師団のバルザックも夢にも思わないさ。」

 カイルはいつもの軽薄な調子で笑いながら、ずり落ちた眼鏡を指で押し上げた。

その横では、レイラが真剣な面持ちで地図の一点を指差している。


「ここが私たちが今いる首都マグマリアだ。そして、ギルバートの古文書や私の掴んだ情報が正しければ、大陸に散らばる白竜の『五つの遺産』の配置が、ようやく見えてきた。」

レイラが地図上に五つの印をつけていく。

そのディテールは、アレンの想像を遥かに超えるものだった。


南部:ドラグニル「竜の墓場」 ―― すでに掘り出され、焦土兵器『ラグナロク』の動力源として輸送されている『白竜の心臓』。


北部:テンペスト「天空宮殿」 ―― 常に暴風が吹き荒れる雲の上の最奥。


東部:アクエリア「碧海の神殿」 ―― 神秘的な珊瑚の海に囲まれた群島の底。


西部:グランディオス「地下鉱脈の迷宮」 ―― 世界最大の地下峡谷。


外周(または地下):常夜の「影の祭儀場」 ―― 陽の光が一切届かない巨大な地下空洞。


「……五つの遺産。俺の『炉心』はこれらを制御するためのマスターキーで、俺自身が神の力の源泉そのもの……か。」

 アレンは新調された白の魔導衣の袖をまくり、右腕に結晶化した白銀の聖鱗を見つめた。

ギルバートやバルドのじいさんが自分を導いた理由、そして夢の中で出会ったあの琥珀色の瞳の男が遺した「因果の糸を解き明かせ」という言葉。

すべてのパズルが、この世界を巡る旅へと繋がっている。


「英雄になる気はない、って今でも思ってる。だけど、俺のこの力のせいで争いが起こる事を見過ごすほど、俺はバルドのじいさんに甘く育てられちゃいないからな。俺は行く。」


アレンの言葉に、エルザが静かに大剣の柄を握りしめ、アレンの隣に立った。

その頭部の竜の角が、決意で微かに震えている。


「私は最初から決めてる!世界を救う旅なんて大層な目的はどうでもいい。だけど、私の故郷を焼き、この世界を滅ぼそうとしているイグニスの首を獲るためなら……私は君の剣になる!」

 二人の強い覚悟を前に、ガロウは顔の右半分だけでニヤリと不敵に笑い、カイルとレイラは互いに相棒らしい信頼の視線を交わした。




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