表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
貞操逆転世界で、僕は希少な男子らしい  作者: きなこもち
貞操逆転世界で、僕は希少な男子らしい

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

5/6

第4章 「男は、甘やかされるものだから」


男性保護局――地域相談センターの中は、拍子抜けするほど清潔だった。


白い壁。

柔らかい照明。

観葉植物。

受付には笑顔の女性職員が二人。


見た目だけなら、病院の待合室と変わらない。

違うのは空気だった。


静かなのに、張りつめている。

ここでは、僕が“普通の客”じゃないのが分かる。


僕は案内されるまま、奥の個室に通された。


机と椅子が向かい合って置かれ、壁には大きなモニター。

ドラマで見た取調室みたいだ。


鷹宮ひとえは椅子に腰掛けると、タブレットを机に置いた。

動きが無駄なくて、感情が見えない。


「東條くん。身分証を出して」


僕は制服のポケットからカードケースを取り出して差し出す。

指先が、まだ少し震えていた。


鷹宮はカードを受け取り、読み取り端末にかざす。

短い電子音が鳴った。


モニターに、僕の顔写真と情報が表示される。


名前。年齢。住所。学校名。

そこまでは、ただの個人情報だ。


でも、その下が違った。


《男性希少性指数》

《保護推奨度》

《接触管理レベル》

《社会適応リスク》


そして最後に、赤字で強調された文字。


《保護対象:優先》


「…これ、何ですか」


声が自分でも驚くほど乾いていた。

喉が砂みたいに感じる。


「あなたに関する評価指標です」


鷹宮は淡々と言う。

淡々としているからこそ、背筋が冷える。


「評価って…僕、人間ですけど」


「人間であることと、社会資源であることは両立します」


さらっと言われて、頭が追いつかない。

“社会資源”。その言葉が重い。


僕はモニターを睨んだ。

特に数字が気になる。


「これ、高いんですか」


「非常に高い」


「…どれくらい」


鷹宮は一拍置いて言った。


「この地域内で上位一%に入るくらいです」


耳の奥が、じんとした。


(…上位一%?)


前の世界なら、偏差値とか、スポーツとか。

努力して取る順位だ。


でもこれは違う。

“男性であること”のランキングみたいなものだ。


「そんな…僕、普通です」


「あなたの自己認識は参考になりません」


「転生者は特に、その傾向が強い」


転生者。


鷹宮は、当たり前の言葉みたいに言う。

まるで、珍しい病名を告げる医者みたいだ。


「…転生者って、そんなに多いんですか」


「多くはありません。だからこそ、管理が必要になります」


鷹宮はタブレットを操作し、モニターの画面を切り替えた。

グラフ、統計、注意事項。専門用語が並ぶ。


「転生者は価値観のズレが顕著です。特にあなたは――」


「特に?」


「女性に対して距離が近い」

「礼儀正しい」

「謝罪が多い」

「感謝が多い」


僕は思わず言ってしまった。


「それ、良いことじゃないですか」


鷹宮は即答する。


「この社会では、危険な行為です」


またそれだ。

僕の“普通”が危険。


言い返したいのに、言葉が見つからない。

正しさと不安が絡まって、胸の中がぐちゃぐちゃになる。


鷹宮は続けた。


「あなたの言動は“好意”と誤認されやすい」


「簡単に好意と受け取られ、女性を刺激します」


「刺激…」


「あなたを独り占めにしようとする女性が現れます」


「すでに、その兆しがある」


兆し。


靴箱の花。

机の上のメモ。

廊下で感じた視線。


点だったものが、一本の線につながっていく。


僕が息を吐くと、鷹宮は椅子の背にほんの少し体重を預けた。

一瞬だけ、“人間らしい動き”に見えた。


「――あなたに覚えておいてほしいことがあります」


鷹宮はまっすぐ言う。


「この社会では、男は甘やかされるものです」


「…甘やかされる?」


「男の横柄さは許容されます」


「女性は尽くすものと教育される」


「その結果、男性は傲岸不遜になりやすい。そういう構造です」


教室で見た男子の姿が浮かぶ。

顎で指示して、女子をどかして、鼻で笑っていた男。


(…あれが普通)


「…でも、それって」


「歪んでいる、と言いたいですか」


鷹宮の声が、少しだけ低くなった。


僕は喉が詰まったまま、それでも答える。


「…はい」


鷹宮は否定しない。

ただ、事務的に言い換えた。


「制度の副作用です」


「希少性が高いほど、崇拝と特権が生まれる」


「そして特権は、人を腐らせます」


冷静で、正しい。

だからこそ怖かった。

その言葉が、胸の奥に沈んだまま動かない。


特権は、人を腐らせる。


正しい。

正しすぎて、何も言えなかった。


そのときだった。


個室の外、廊下の向こうが急に騒がしくなった。

複数の足音。笑い声。少しだけ荒い声。


ドアが、軽くノックされる。


「鷹宮監察官。別件の対象者をこちらへ」


鷹宮は、モニターから視線を外さず答えた。


「分かりました。…同席させます」


「…同席?」


僕が聞き返した瞬間、ドアが開いた。


入ってきたのは、僕と同じ“男性”だった。


制服ではない。

派手なジャケット。高そうな靴。

香水の匂いが、強い。


そして何より――

その目が、僕を“人”として見ていなかった。


「へぇ。今日はお前もいたんだ」


男は、勝手に椅子を引いて座った。


鷹宮が、淡々と紹介する。


「別件の保護対象。君のクラスメートの朝比奈 蓮よ」


朝比奈蓮は、僕をじろじろ眺めて、口角を上げた。


「やっぱお前、かわいい顔してるな」


軽い。

失礼なのに、本人は何も悪いと思っていない。


僕が言葉を失っていると、朝比奈は足を組んで言った。


「そんなに緊張すんなよ。ここ、快適だろ?」


「女が勝手に世話してくれるしさ」


その言い方に、胸がざわつく。


鷹宮の声が、低く響いた。


「言動には注意してください」


「はいはい、監察官様」


朝比奈は笑って肩をすくめる。


そして、僕のほうを見た。


「お前さ、もっと偉そうにしていいんだぜ」


思わず、口を開いていた。


「…偉そうにしないと、いけない理由があるんですか」


一瞬、朝比奈はきょとんとした。

それから、腹を抱えて笑う。


「理由?理由なんて、男だからに決まってるだろ」


男だから。


その一言で、全部が許される世界。


「女は男に尽くす。男は受け取る」

「それが自然」


彼は、楽しそうに続ける。


「ま、お前みたいな“いい子ちゃん”は、逆にモテるけどな」


朝比奈が、身を乗り出す。

視線が変わる。


人を見る目じゃない。

価値を測る目だ。


「気をつけろよ。優しい男は、女を狂わせる」


ぞわり、と背中が冷えた。


僕が何か言う前に、鷹宮が間に入る。


「——必要以上に煽るのはやめなさい」


「煽る?事実だろ」


朝比奈は笑う。


「なあ東條。女に優しくしたらさ、勝手に勘違いして寄ってくるぞ?」


「面倒なら、最初から冷たくしとけ」


冷たく。

横柄に。


僕の喉が、きゅっと縮む。


(…そんなの、できない)


前の世界で、

僕はそういう男が嫌いだった。


でも今は――

その“嫌いな男”が、この世界の標準だ。


鷹宮は、朝比奈を見たまま言った。


「彼は、あなたとは価値観も危険性も違います」


「危険性?オレのほうが危険に決まってるだろ」


朝比奈は、笑いながら言った。


「女を暴走させるのは、“女に好かれる男”だからな」


まるで、他人事みたいに。


僕は、胸の奥で何かが崩れる音を聞いた。


女が悪い。

男が偉い。

制度が守る。


責任が、どこにもない。


鷹宮が、淡々と結論を告げる。


「——東條くん。あなたは、彼より遥かに危険性が高い」


朝比奈が目を丸くした。


「マジで?こいつが?」


「彼は、女性と対等な関係を築こうとする」


「それは、この社会の前提を壊しかねません」


朝比奈は肩をすくめた。


「ふーん。ご立派なこって」


対等。

それだけで、危険扱い。


面談が終わり、朝比奈が部屋を出るとき、振り返った。


「忠告しとく」


「優しいまま生きるなら、誰かに囲われる覚悟、しとけよ」


ドアが閉まる。


静かになった部屋で、僕はやっと息を吐いた。


「…彼みたいな男が、この社会の普通なんですか」


「そうです」


鷹宮は即答する。


「そして、あなたは普通ではない」


その一言が、ゆっくりと胸に沈んでいった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ