第3章 「守られるべき存在」
保護局の車は、思っていたよりずっと普通だった。
黒塗りの高級車とか、いかにもな護送車とか、そういうものを想像していたのに。
実際に用意されたのは、白いワゴン車。
側面に、小さく紋章が描かれているだけだ。
でも、中の空気はまったく普通じゃなかった。
運転席の隣、助手席に鷹宮ひとえが座っている。
無表情のまま、タブレットを操作していた。
後部座席の僕との間には、透明なパネルがある。
完全に隔てられているわけじゃない。
でも、はっきりと「分けられている」。
(……隔離、だよな)
まるで、感染症の患者みたいだ。
車が走り出しても、誰も何も言わない。
耐えきれなくなって、僕は口を開いた。
「……監察官って、そんなに偉いんですか」
絞り出すような声だった。
鷹宮は、タブレットから目を離さず答える。
「偉いかどうかではありません。職務です」
「職務で、僕の行動に制限をかけるんですか」
「あなたの安全のためです」
淡々とした声。
「希少男性の単独行動は、統計上、リスクが高い」
僕は、タブレット越しではなく、彼女の横顔を見た。
眉一つ動かさず、当たり前の事実を述べている。
それが、逆に怖かった。
「僕、何もしてません」
思わず、そう言っていた。
鷹宮は、即座に答える。
「ええ。あなたは何もしていません」
「——だから、危険なのです」
「……意味が、分かりません」
ようやく、彼女がこちらを見る。
ほんの一瞬。
「あなたは、女性に対して“対等”に振る舞っている」
その言葉が、胸に刺さった。
まるで、罪を読み上げられているみたいだった。
「それが、この社会では危険です」
「……対等が、危険?」
「女性は、“対等に扱われる”経験が少ない」
鷹宮は、一つずつ説明する。
「あなたの振る舞いは、礼儀でも配慮でもなく、好意として受け取られやすい」
「……好意じゃない」
思わず、強い口調になる。
「普通の礼儀です」
鷹宮は、感情を挟まずに言った。
「あなたの“普通”は、この世界の普通ではありません」
その一言で、息が詰まった。
——そうだ。
僕の普通は、前の世界の普通だ。
「……僕が前にいた世界では、こんなこと起きなかったのに」
ぽつりと、こぼれた言葉。
その瞬間。
鷹宮の指が、ほんの一瞬だけ止まった。
気のせいじゃない。
「転生者、という申告はしていますか?」
「……申告?」
「転生者は、稀に存在します」
「価値観のズレが見られることが多い」
「特に顕著なのが、異性間での距離感です」
彼女は、事務的に続ける。
「あなたの行動は、転生者であれば説明がつきます」
転生者。
その言葉で、胸の中の違和感に名前がついた気がした。
「……じゃあ」
声が、少し震える。
「僕は、どうすればいいんですか」
「どうやって、生きれば……」
鷹宮は、窓の外を見たまま答えた。
「どう生きていただいても構いません」
「——ただし、一定の監視の下で」
その瞬間、はっきり分かった。
この世界で、男は「人」じゃない。
資源。
保護対象。
トロフィー。
意思を持つ存在じゃなく、管理されるもの。
車が止まり、建物が見えてきた。
白い外壁。
警備員。
監視カメラ。
病院にも、役所にも似ている。
入口の看板には、こう書かれていた。
【男性保護局 地域相談センター】
鷹宮ひとえが、淡々と告げる。
「まず、登録内容の確認を行います」
「身分証を提示してください」
僕は、制服のポケットを探り、カードケースを取り出した。
手が、わずかに震えている。
——この一枚で、僕の人生が決まる。
そんな予感が、確かにあった。




