「善意という名の地雷」
昼休み。
購買部は、完全に戦場だった。
女子が一斉に押し寄せている。
でも、叫び声も押し合いもない。
不思議なほど、秩序がある。
僕が列に並んだ瞬間、その理由が分かった。
周囲の女子たちが、一歩ずつ下がった。
まるで、僕を列の真ん中に置くみたいに。
(……え?)
戸惑っていると、声が飛んでくる。
「東條くん、これ取るよ!」
「え、ありがとう……」
「飲み物も! 重いでしょ!」
重くない。
全然、重くない。
でも断るとどうなるかは、朝の電車で学んだ。
だから僕は、小さく礼を言って受け取る。
——それが、地雷だった。
購買から戻る途中、廊下の角で、小柄な女子が紙袋を落とした。
中身が床に散らばる。
プリント。
ペン。
化粧ポーチ。
「大丈夫?」
反射でしゃがみ、拾い始める。
彼女も慌てて手を伸ばして、そのとき、指が触れた。
「ひっ……」
小さく息を呑む音。
「ごめん」
すぐに手を引く。
「す、すみません……っ」
彼女の頬が赤い。
拾ったものをまとめて、紙袋に戻す。
「気をつけてね」
それだけのつもりだった。
でも。
背後で、いくつもの足音が止まった。
振り返らなくても分かる。
空気が、重くなった。
「……今の、見た?」
「東條くん、手……触って……」
「え、ずる……」
ひそひそ声が、あちこちから聞こえる。
(違う)
(違う、違う)
僕は何もしていない。
困っている人を助けただけだ。
でも、この世界では——
その行為に、**別の意味**が乗ってしまう。
購買の袋を握る手に、汗が滲んだ。
午後の授業も、まったく集中できなかった。
背中がむずむずする。
誰かの視線が、ずっと張りついている。
放課後。
帰ろうとしたときだった。
昼に助けた、
あの小柄な女子が立っていた。
「あの……東條先輩」
「えっと……」
「さっきは、ありがとうございました」
両手を胸の前で握りしめ、勇気を出すように顔を上げる。
「……お礼、したいです。よかったら……」
その言葉を遮るように、別の声が割って入った。
「ちょっと」
冷たい声。
「凪くんに、近すぎない?」
見ると、クラスメイトの女子が数人、壁際に立っている。
腕を組み、誰も笑っていない。
(……あ、これ、まずい)
僕は空気を読めない方じゃない。
むしろ、敏感な方だ。
でも、この世界の空気は前の世界と違いすぎる。
「え、いや……」
「彼女が困ってたから、助けただけで……」
「助けただけ、ね」
女子の一人が、小さく笑った。
笑顔なのに、目は冷たい。
「そういうの、勘違いする子がいるんですよ?」
勘違い。
言い返したかった。
勘違いさせているのは、僕じゃない。
社会だ。
でも、言い返した瞬間何が起きるか分からない。
その恐怖が、言葉を止めた。
そのとき。
「——そこまで」
短く、はっきりした声が、廊下に響いた。
人垣が割れる。
スーツ姿の女性が立っていた。
髪はきっちりまとめられ、表情は冷たく整っている。
胸元のバッジに、見慣れない紋章。
【男性保護局】
女子たちが、一斉に姿勢を正した。
怯えているわけじゃない。
“目上の人”が来たときの反応だ。
女性は、僕を見る。
まるで、物を確認するみたいな目。
「東條凪くんですね」
名前を呼ばれた瞬間、心臓が強く跳ねた。
なぜ、知っている。
逃げたいのに、足が動かない。
「私は鷹宮ひとえ」
「男性保護局の監察官です」
その名乗りが、宣告みたいに聞こえた。
「あなたは、希少な男性として危険性が高い」
「よって、今後あなたの行動には一定の制限がかかります」
危険性。
その言葉に、廊下の空気が重く沈む。
震える息で、僕は聞いた。
「……僕が、危険?」
「誰にとって?」
鷹宮ひとえは、一度もまばたきせずに答えた。
「あなた自身にとってです」




