「優しい男は、目立つ」
校門をくぐった瞬間、視線が突き刺さった。
毎朝のことなのに、この感覚にはまだ慣れない。
「女子校みたいだな」
口に出したら、怒られるのかもしれない。
でも、僕の通う公立高校は、体感としてほとんど女子校だった。
校内に広がるのは、制服のスカートの波。
その中に混ざるズボン姿は、数えられるほどしかない。
しかも、そのズボンの人たちは――正直、近寄りたくない。
「おい、邪魔だ! どけ!!」
廊下の真ん中を、一人の男子が歩いていく。
顎で指示するように、女子たちを退かせる。
女子たちは、慌てて左右に避けた。
誰も文句を言わない。
睨み返す人もいない。
それどころか避け終わったあと、ほっとしたように息を吐いている。
(…なんでだよ)
思わず、足が止まった。
男子が偉い?
そういう話じゃない。
横柄でも、怒られない。
それが、当たり前になっている空気。
前の世界だったら、ああいう態度は嫌われる。
誰かが注意して、問題になっていた。
でも、この世界では違う。
「さすが男の子…」
「かっこいい…」
「でも、ちょっと怖い…」
女子たちの視線は、怯えと憧れが混ざっている。
許しているわけじゃない。
「そういうものだから」と、受け入れている。
胸の奥に、小さな棘が刺さった。
僕は視線を逸らし、靴箱へ向かう。
自分の靴箱を開いて、固まった。
中に、花が置かれている。
小さなメモまで添えられていた。
《凪くんへ今日も一日、無事でいてね》
(…なにこれ)
背筋が、ぞくっとした。
悪意は感じない。
むしろ、心配してくれている。
でも、知らない相手からの好意は、正直、怖い。
「東條くん、おはよう」
声をかけられて、振り返る。
背が少し低くて、
髪を後ろで結んだ女子。
柔らかい笑顔。
普通の女子。
…でも、
この世界で「普通」って何だ。
「おはよう。…水無月さん、だっけ」
「うん! 覚えてくれてたんだ」
水無月ひより。
同じクラスの子だ。
周りの女子たちが、こちらをちらちら見ている。
ひよりは気づいていないのか、気づいていて無視しているのか。
気にせず話を続けた。
「昨日さ、廊下で転びそうになってた子、助けてたでしょ?」
「ああ、荷物落としてたから」
当たり前のこととして答えた。
前の世界なら、ごく普通の行動だ。
でも、ひよりの目が急に輝いた。
「…そういうの、男の子がするんだ!」
「え?」
「ううん! なんでもない!」
慌てて首を振る。
その反応が逆に怖かった。
教室に入ると空気がまた変わる。
僕が席に着くと、周りの女子たちが
「やっと来た」とでも言うように息を整える。
視線が集まり、すぐに逸れる。
その繰り返し。
そんな中、教室の後ろから声がした。
「おい、東條」
振り返る。
背が高く、派手な腕時計。
口元に薄い笑み。
このクラスに数人しかいない、男子の一人だ。
「女子にさ、変に優しくすんなよ」
「…え?」
「勘違いすんだよ。あいつら」
当たり前みたいに言う。
女子を「あいつら」と呼ぶ。
「面倒だろ?」
一瞬、言葉が出なかった。
「…困ってたら助けるの、普通じゃない?」
男子は鼻で笑った。
「普通? お前、男だろ」
「助ける必要ねーよ。向こうが勝手に尽くすのが普通」
まるで、世界のルールを教えるみたいに。
(…気持ち悪い)
言葉にできず、視線を机に落とす。
そのとき、机の上にメモがあるのに気づいた。
《さっきは話してくれてありがとう》
《凪くんの声、優しい》
心臓が跳ねた。
いつの間に置かれたのか、分からない。
顔を上げると、教室のあちこちから視線を感じる。
期待。
好意。
興味。
僕は、ようやく理解し始めていた。
この世界では、僕の「普通」が、誰かにとっての「特別」になる。
そして――
その特別は、僕にとって **危険そのもの**なんだ。




