表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
貞操逆転世界で、僕は希少な男子らしい  作者: きなこもち
第1章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1/50

プロローグ 「今の僕は」

数ある作品の中から読んでいただきありがとうございます。

この作品を心から楽しんでいただけたら嬉しいです。

 

 前の世界で、僕は選ばれなかった。


 別に、壮絶に嫌われていたわけじゃない。

 友達はいたし、普通に学校へ行って、普通に笑って、普通に毎日を過ごしていた。

 ただ――恋愛だけが、最後まで自分のものにならなかった。


 話しかければ返してもらえる。

 優しくすれば、優しいと言ってもらえる。

 でも、それだけだった。


 いい人だよね。

 話しやすいよね。

 気が利くよね。


 その先に進んだことは、一度もなかった。


 放課後、好きな子が別の男子と笑っているのを見て、勝手に落ち込んだこともある。

 思いきって連絡先を交換して、何日も文面を考えたくせに、結局、当たり障りのない会話だけで終わったこともある。

 自分から踏み込めなかった。踏み込んだところで、選ばれる気がしなかった。


 だから、最初は夢なんだと思った。


 転生だとか、別の世界だとか、そういう大げさな言葉を信じるつもりはなかったけれど。

 目を覚ましたときには、確かに世界が変わっていた。


 男が少なくて、女の人たちが強くて、そして、男であるというだけで、妙に大事にされる世界。


 最初は戸惑った。

 次に、居心地の悪さを覚えた。

 その次に――少しだけ、気分がよくなった。


 前の世界では、誰も僕を特別には見なかった。


 けれど、この世界では違う。


 少し笑うだけで、相手が顔を赤くする。

 丁寧に返事をするだけで、やけに嬉しそうにされる。

 ありがとう、と言うだけで、「そんなふうに言ってくれる男の子、初めて」なんて目をされる。


 最初は怖かった。

 でも、人は慣れる。


 何度も何度も同じ反応を見ているうちに、僕は少しずつ理解した。


 ああ。

 この世界では、僕は“選ぶ側”なんだ、と。


 ◇


 朝、スマホの画面には、三件の通知が並んでいた。


 **紗奈:おはよ、凪くん。今日、放課後って空いてる?**

 **美優:昨日の続き、また話したいな**

 **七海:朝から会えたら嬉しいかも**


 ベッドの上で上半身を起こしながら、僕はしばらくその画面を見つめた。


「…すごいな」


 口に出してから、自分で苦笑する。


 前の世界の僕が見たら、たぶん目を疑うだろう。

 朝から女子三人にこんなふうに連絡をもらう人生なんて、想像したこともなかった。


 だから、正直に言えば。

 今でも少し、浮かれる。


 誰から返すか、少し考える。

 三人とも同じ学校の生徒だけど、クラスは違う。

 誰か一人にだけ返すと、後が少し面倒になることもある。

 だからといって、全員に同じ温度で返しても、それはそれでまずい。


 ――とはいえ、僕は別に、誰かに付き合うって言ったわけじゃない。


 そう思いながら、指を動かした。


 紗奈には、**今日は少し予定あるけど、時間できたら連絡するよ**と返した。


 美優には、**昨日の話、ちゃんと覚えてる。また落ち着いたら聞かせて**と打つ。


 七海には、**朝は難しいかな。でも顔見たら声かける**と送った。


 どれも嘘じゃない。

 嘘じゃないけど、確約でもない。


 それで十分だった。

 たぶん、今の僕は、その曖昧さがいちばん心地よかった。


 スマホを置いて、制服に袖を通す。

 鏡の前に立つと、見慣れた顔が映った。


 前の人生と比べれば、だいぶ恵まれた顔をしていると思う。

 線が細くて、威圧感がない。

 目元もきつくないし、笑えば柔らかく見える。

 少なくとも、この世界では「守ってあげたくなる男の子」に分類される顔らしい。


 自分でそう考えるのは、少し嫌だった。

 でも、事実でもある。


「…まあ、使えるものは使うか」


 誰に聞かせるでもなく呟いて、僕は部屋を出た。


 ◇


 通学路は、朝から人が多い。


 制服姿の女子生徒たちが何人もすれ違っていく。

 その中で男子は少ない。いても年下の小学生か、保護者に付き添われた中学生くらいだ。

 高校生くらいになると、男は本当に目立つ。


 駅前の横断歩道を渡ったところで、早速声がかかった。


「凪くん、おはよう!」


 振り向くと、紗奈がいた。

 明るい茶色の髪を揺らしながら、嬉しそうに手を振っている。


「おはよう」


 返すと、紗奈は少しだけ頬を緩めた。


「やっぱり会えた。メッセージ見てくれた?」


「うん、見たよ」


「ほんと?ならよかった」


 それだけの会話なのに、彼女は満足したみたいに笑う。

 僕はその反応に、また少しだけくすぐったい気持ちになる。


 前の世界では、朝に会えただけでこんな顔をされることなんてなかった。


「放課後のことなんだけどさ――」


 紗奈が話しかけてきた、そのとき。


「東條くん」


 別の声が横から入った。


 見ると、美優が立っていた。

 目が合うと、彼女は少し遠慮がちに微笑む。


「おはよう。昨日のノート、ありがとう」


「いや、別に」


「助かった。…あ、紗奈もおはよ」


「おはよう」


 微妙な間が生まれる。


 僕は、その空気を知っていた。

 知っていて、知らないふりをするのにも慣れていた。


「昨日の続き、また聞かせてほしいなって思ってたんだけど…」


 美優がそう言うと、紗奈の笑顔がほんの少しだけ固くなる。


 ああ、またか。

 心のどこかでそう思いながら、同時に少しだけ、自分が中心にいる感覚に酔う。


 だめだな、と思う。

 でも、嫌じゃない。


「また時間あるときにね」


 僕はそう言って、どちらにも偏らないような笑い方を作った。


 紗奈も、美優も、それぞれ違う意味でその言葉を受け取る。

 僕にはそれが分かる。


 分かっていて、やめない。


 最低だとまでは思わなかった。

 だって僕は、どちらにも付き合うなんて言っていない。

 ただ感じよくしているだけだ。

 それで向こうが喜ぶなら、別にいいじゃないか、と。


「凪くんって、ほんと優しいよね」


 紗奈が言う。


「そうかな」


「そうだよ」


 美優までうなずく。


 その言葉に、胸の奥が少しだけ熱くなる。


 優しい。

 前の世界で、何度もそう言われた。

 でも、あのときの“優しい”は、たいてい“恋愛対象じゃない”の言い換えだった。


 今の世界では違う。


 優しい、の先に、期待がある。

 熱がある。

 欲しがられる気配がある。


 それが、たまらなく気持ちよかった。


「…じゃあ、また後で」


 軽く手を振って、その場を離れる。


 二人の視線が背中に残る。

 どちらも、少し名残惜しそうだった。


 それを感じながら歩く自分に、薄く笑いたくなる。


 ほんと、変わったよな。

 前の僕じゃ、こんなふうにはなれなかった。


「凪くん」


 また声がした。


 今度は七海だった。


 さすがに少し笑う。

 今日は朝から大盛況だ。


「おはよう」


「おはよう。ね、今ちょっと時間ある?」


 少し上目遣いで聞いてくるその顔に、僕は内心で小さく息をつく。


 いや、ほんと。

 前の世界の僕が見たら、贅沢すぎて怒るだろう。


「少しだけなら」


 そう返すと、七海の顔がぱっと明るくなる。


 その表情を見て、僕はまた思う。


 ああ。

 今の僕は、少し楽しい。


 ◇


 校門が見えてきたところで、少し離れた場所に立っていた女子と目が合った。


 水無月ひよりだった。


 同じクラスの女子で、話しやすい方ではある。

 距離も近すぎず遠すぎず、今の僕にとってはいちばん自然に接しやすい相手だった。


 ひよりは僕と目が合うと、小さく手を上げた。

 でもその視線は、僕の横にいる七海や、少し後ろを歩く紗奈たちを一瞬だけ見ている。


「おはよう、凪くん」


「おはよう」


 七海が「じゃあ、またね」と去っていく。

 その背中を見送ってから、ひよりが言った。


「朝から忙しそうだね」


 冗談っぽい口調だった。

 けれど、少しだけ棘が混じっていた。


「別に、そんなことないよ」


「そう?」


「うん」


 僕がそう返すと、ひよりは少しだけ首を傾げた。


「…凪くんってさ」


「なに?」


「誰にでも、同じように優しいよね」


 その言い方が、妙に耳に残った。


 褒めているようにも聞こえる。

 でも、それだけじゃない。


「悪いこと?」


 半分冗談で返すと、ひよりはすぐには笑わなかった。


「悪いっていうか…」


 少し考えて、それから言う。


「勘違いされやすそうだなって」


 僕は肩をすくめる。


「勘違いって」


「そのままだよ」


「別に、僕は何も言ってないけど」


 つい、少しだけ軽く返してしまう。


 ひよりはそれを聞いて、ほんの少しだけ目を伏せた。


「…そういうとこだよ」


「え?」


「ううん、なんでもない」


 そこでチャイムが鳴った。

 ひよりは「急ご」とだけ言って、先に歩き出す。


 僕はその背中を見ながら、少しだけ眉をひそめた。


 なんだろう。

 今のは、責められたんだろうか。


 でも、僕は嘘をついていない。

 誰かと付き合うと言ったこともない。

 誰か一人を選んだこともない。


 ただ、感じよくしているだけだ。


 それの何が悪いんだろう。


 そう思いながらも、胸のどこかに小さな引っかかりが残った。


 けれど、その違和感はすぐに別の出来事に押し流されることになる。


 昇降口の前、人の流れが急に乱れた。


「きゃっ――」


 短い悲鳴が聞こえて、僕は反射的にそちらを見た。


 女子生徒が、人にぶつかられてよろめいている。

 手に持っていたファイルが床に散らばり、本人も転びかけていた。


 その瞬間、体が先に動いた。


「危ない」


 腕を伸ばして支える。

 もう片方の手で、足元に落ちたファイルを拾う。


 ほんの一瞬だった。


 でも、支えられた女子は、目を大きく見開いたまま固まっていた。


「あ…」


「大丈夫?」


 自然に口から出た声だった。

 いつもの、少し軽い優しさじゃない。

 計算も何もない、本当にただの反射だった。


 女子は顔を赤くして、小さくうなずく。


「す、すみません…」


「いや、怪我してないならよかった」


 ファイルを手渡す。

 指先が少し震えていた。


 そのとき、妙に静かになっていることに気づいた。


 周囲の女子たちが、こっちを見ている。


 視線の質が、さっきまでと違った。


 ただ人気があるとか、話しやすいとか、そういうぬるい温度じゃない。

 もっとはっきりした、何か。


 ――選ばれた。


 そんな言葉が、空気の中に浮かんだ気がした。


 僕は少しだけ息を止める。


 助けられた女子は、まだ僕を見上げたままだった。

 頬が赤くて、目が揺れていて、もう完全に“ただ助けてもらっただけ”の顔じゃない。


 しまった、と思うより先に。


「東條くん」


 背後から、落ち着いた女の声がした。


 振り返る。


 少し離れた場所に、スーツ姿の女の人が立っていた。

 髪をきっちりまとめ、無駄のない立ち方をしている。

 顔立ちは整っているのに、笑っていないせいか、妙に冷たく見えた。


「少し、お時間をいただけますか」


 その声には、断りにくい静かな圧があった。


 僕はまだ事情も分からないまま、その人の視線を受け止める。


 あとで知ることになる。

 この人が、鷹宮ひとえ。

 男性保護局の人間で。


 そしてこの朝の“ただ助けただけ”が、もう元には戻らない始まりだったのだと。



最後までお読みいただき、ありがとうございました!!

もし作品を気に入っていただけましたら、

下部の☆☆☆☆☆より評価をいただけると大変励みになります。


★★★★★を入れていただけると作者のやる気が大幅に上がります(^^)/


また、ブックマークや感想も今後の執筆の支えになります。

引き続きよろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ