■ 在庫(ショートショート)
”熱血社長”
それは五十の坂を越えた私に寄せられる賛辞の言葉だ。年を感じさせない旺盛な意欲、情熱は驚嘆に値すると評されている。おかげで若いころに起こした事業も、右肩上がりの業績を誇っていた。
だがそれには、誰にも言えない秘密があった。
私は若くて金はないが情熱だけは旺盛だった頃、わけあって悪魔と契約をした。それは「心を保存する能力」を得る契約であった。その時に抱いている心を保存して、倉庫にしまうが如く、在庫品として取っておく事の出来る能力だ。数に制限はない。
そして年を重ね気力が衰えるようになると、在庫として保存しておいた”情熱”を”解凍”してきた。そうすると若い頃に抱いていた情熱や意欲が、当時のままに甦るのだ。
かくして私は、冒頭の名誉ある称号を手に入れたのである。”情熱”の在庫はまだまだ十分にあり、おそらくは死ぬまで賄えるだろう。
……しかし。
「ねぇ、あなた……」
今日も妻が、さりげなく私の袖を引く。
「あ、すまん。明日は早朝から、重要な会議があるんだ」
私は目をそらしすまなそうに言うと、布団をかぶって妻に背中を向けた。
あぁ。若い頃、無限とすら思えるほどの在庫を有していた”妻への愛”が、もう底を尽きかけている。この先、どうしたものだろうか……。
一刻も早く、眠りの淵へと落ちていきたい心とは裏腹に、私の意識はどんどんと鮮明に覚醒していった。
【終わり】




