悪役令嬢と魔王①
ボロボロになりながらも立ち尽くす彼女の姿は、冷気漂う大広間の中でも異彩を放っていた。乱れた金髪から覗く赤い瞳は、絶望の底から這い上がってきた者だけが宿す、凄絶な炎を燃やしている。
「魔王陛下! 私をあなたの奴隷にでも何にでも使ってください! その代わり……あの愚かなバカ皇太子とクズビッチに、相応しい絶望を……!」
必死の決意を込めて放たれたその言葉に、俺は玉座で頬づえをつき、低く問いかけた。
「……バカ皇太子に、クズビッチ、だと? 一体誰のことを言っている?」
「第一皇子であるフェリックス・グランツと、マリアベルク男爵令嬢のことです」
吐き捨てるような彼女の返答に、俺は心の中で『なるほど、原作のメインキャラクターどもか』と納得しつつ、冷徹な魔王として演じるように声を落とした。
(おいおい、妹が語っていたあの胸糞展開の渦中にいた本人が目の前にいるのかよ……! 口を開けば『バカ』に『クズビッチ』って、原作の可憐な公爵令嬢の面影ゼロだけど、それだけ溜め込んでた証拠だな)
「……で? 追手に追われ、身一つで逃げ延びてきたお前が、俺のために何ができると言うんだ?」
「私は、魔王様の『未来』が分かります。私ならば、必ずやあなたの力になれます!」
迷いのない力強い瞳。だが、その言葉には聞き捨てならない響きがあった。
「なに? お前が俺の未来を?……未来視の能力でも持っているとでも言うつもりか?」
「いいえ、予知ではありません。私は——一度死んで、時間が巻き戻り……『回帰』したのです」
「……回帰? お前は時を戻す力を持っているのか?」
あまりの荒唐無稽な発言に、俺は思わず問い返した。エレノアは小さく首を横に振る。
(回帰!? 待て待て、妹の話には『悪役令嬢が回帰する』なんて設定は一言もなかったぞ! これ完全に原作改変どころか未知のルートに入ってないか!?)
「いいえ、私にはそのような大層な力はありません。なぜ時間が巻き戻ったのか……私にも分かりません。偶然……奇跡のようなものです」
周囲に控える魔族の側近たちが一瞬ざわめく。俺は彼らの視線を感じ取りながら、魔王としての威厳を保つように口元を歪め、低く不敵に笑ってみせた。
(よし、側近たちがこっちを見ている。ここでビビったら魔王としての威厳が丸潰れだ。ここは悪役に徹して、思いっきり凄んでみせるのが正解だな)
「……面白い。だが、もしそれが我を騙すための浅知恵や嘘だと分かれば……その場で殺すぞ?」
「ええ、どうぞお好きなようにしてください。私の言葉に偽りがないことは、これから証明してみせます」
エレノアは一切の恐怖も見せず、堂々と胸を張った。
(マジかよ、死の脅迫にも一切動じない……! この覚悟、本物だ。妹が『公爵令嬢ちゃんは誰よりも信念があってカッコいいんだよ!』って熱弁してたのは伊達じゃなかったんだな)
「いいだろう。……それで、お前は我に何を望む?」
「あいつらに復讐を。死よりも恐ろしく、この世に産まれたことを後悔するほどの絶望を与えてやりたいのです」
その瞳に宿る怨念の凄まじさに、俺は思わず重厚な笑い声を漏らした。
「ハハハ! ……お前こそ、まるで魔王みたいだな」
「ふふ……魔王陛下に『魔王のようだ』と言われる日が来るなんて思いをしませんでしたわ」
自嘲気味に少しだけ笑うエレノア。俺は表情を引き締め、核心へと踏み込んだ。
「……なぜそこまでしてあいつらを憎む? お前の話を聞こうか」
エレノアはゆっくりと息を吐き出し、遠い目をして語り始めた。
「……魔王様もご存知の通り、私は無実の罪で牢屋に入れられました。あの男爵令嬢や、彼女に毒された他の貴族たちにはめられたのです。私はこの国のために、皇太子殿下へ何度も助言をしてきました。自分の仕事は自分ですること、そして婚約者がいる身でありながら他の女性と過剰に親しくするのは控えろ、と」
彼女の拳が、爪が肉に食い込むほど強く握りしめられる。
「ですが、皇太子殿下は私の言葉に耳を傾けなくなりました。男爵令嬢にも『婚約者のいる殿方と親しくするのは貴族としてのマナー違反だ』と注意しただけなのに……彼女は皇太子殿下に抱きつき、涙目で『エレノア様にいじめられました。私はただエレノア様と仲良くなりたかっただけなのに』と密告したのです。皇太子殿下は私を睨みつけ、彼女を抱き寄せて去っていきました」
(うわ、男爵令嬢ってこんなに性格悪かったのかよ!? 妹の長々としたストーリー説明の中じゃ、健気でピュアなヒロインみたいな扱いだったぞ……あいつ、妹の話に出てきたような可愛い女じゃなくて、相当なタヌキじゃないか)
誰か一人でも読んでくれる人がいたら嬉しいです。です。(^-^)v




