第9話 助手ちゃんと札束
ボラタイルには船員が必要だ。
それがエルフならばなお良い。
これは紛れもない事実であり、欲しい。
拾ったものを捨てるてのも抵抗がある。
ならずものは蹴散らした。
薄暗い、そして刺激臭さえある裏路地の前から移動する前に質問していた。待て、が、できなかった。
エルフは僕の憧れだ。
友人には何度となくエルフの村──勿論本物ではなくフィギュアシリーズなのだがそのどれもが僕を魅了した──を見た。
その期待をどうして抑えられる。
「僕はキャプテン・ヴァルカ!きみのお名前は?」と、僕が訊いているといきなりライザさんの襟元を掴まれ引き寄せられた。
「……道の真ん中を歩いて。連中の仲間がいるかも。下手に狭い場所に連れて行かれたら戦えない。ギルドに戻るまで警戒しなさい!」
「はい……すいません、ライザさん」
ならず者を数人蹴散らした後だしな。
ライザさんにえらい迷惑かけている。
ライザさんへの償いはいつか払うとして、人助けした長耳少女はなんとかしないと。
エルフを逃がしてたまるか。
「シラル……です、名前」
すっかり伸びてよれた服を支えながら少女は名前を教えてくれた。金髪で長耳、肌は白い。いかにもなエルフというカラーだ。
まあ正直なところ──。
本当にエルフかどうか知らないけど。
浦島太郎よろしくエルフ村とか……。
「あの、言われたことはなんでもできます、頑張ります!」
シラルさんがアピールする。
頑張り屋なのだろうが……。
「〝傭兵〟のヴァルカ。ほら見なさい、ギルドを通さない野良人材を拾ってもこんなもんよ。誰かに縋れるならなんでもする。気を付けなさい。こういうのはね、しおらしくはしていない、寝首をかききり、恩人を殺して盗むようなのに決まってる。安くあげようなんて銭捨てなんだから」
「そこは……これからに期待で……」
民族や文化が違うとあるよね。
助けたい気持ちはいつも一方通行、恩返しをする鶴も鼠も海亀もいないのだ。
「……ヴァルカ、あんたは傭兵なの!明日を考える前に今日を生きる能力が必要でしょ!」
えらい、怒られてしまった。
全くその通りで頭が下がる。
「すみません。私はどんなことができればよろしいのでしょうか?」
シラルが控えめに言う。
「私、なんでも覚えます!」
「あんたは黙っていなさい」
ライザさんがゾッとするほど低い声で、シラルを脅かした。
シラルは震えながらうつむく。
ライザさんは正しい。
変なものは拾わない。
これが……間違いなくベストだ。
だが僕の心は拾いたがっている。
ボラタイルには僕しかいない。
ぶっちゃけなんでも嬉しいな。
嬉しいが、僕と同じ以上になんでもやってくれると、1日12時間労働で済む、僕が。24時間のうち半分も休めるんだけどね。
今のクルー……つまり僕1人だと、長距離飛行が不安なんだ。僕が寝ているときに襲われると、ベッドで寝ているまま天国に行ってしまうんだよ。だがもし1人、いや、何人かいれば、港からもっと離れて、もっと高い場所へと行ける。
そういうわけ見捨てる道は無い。
「あんたはさ──」
何が最優先かなとか考えている間に、ライザさんが話していた。
「──航法に製図、物資管理、書類の手続き、機械整備、一般通信や管制とのやりとり、レーダー操作、〝サーナ〟操作、家事全般は船内で広大だし重労働な軽作業全般できる?」
「……が……がんばります!」
頑張るというのはできないということ。
「後は馬鹿無能でも役に立てる性処理」
「……はい」
明け透けと言って良いのか、ライザさんの容赦のない提案に、楓は黙り込むが、深く頷いた。
──性処理。
確かに大切ではある。
そして技術が無くとも、一定レベルなら、役に立てる素質はあるのも認める。男女で、男が楽しめるように使えば良いからだ。シラルは女という素質は産まれながらに持っている。エルフだし。既にクリアしている。
手っ取り早い〝能力〟だ。
否定しずらい。もしもだ。
性処理なんて不要だ、と僕が言うと、ではシラルをボラタイルに迎える理由は何だ?となる。ペットか?バラストにも軽すぎる。実用では、ただただ能力ゼロで信頼が無い荷物未満の厄介者としか評価ができない。
僕が助けたいと思ったことが始まりだからだ。きっかけはともかく、具体的に理由は作って説得して、納得して貰わなければならない。
でなきゃライザさんの信用を失うのは僕だ。僕が始めているんだし、シラルの弁護とこれからを説明する義務と責任は──僕にあるんだ。
「下心があることは否定しません。本当に役に立たない物覚えの悪さであれば、ライザさんの言う通りになるでしょう。しかし使える手段ですよね」
「まあ、きみが拾ったものに対して私が言えるのは、あくまでも忠告だけ。変なものを拾い食いするくらいなら専門の店で買うほうがまだ遥かにずっと良い。私から紹介だってできる」
「はい、ありがとうございます、ライザさん。ですがやはり僕はボラタイルでの仲間が欲しいんです。娼婦ではなく。ただ傭兵ギルドの紹介というのはちょっと」
「なぜかしら?」
「今日加入したばかりの傭兵ギルドからいきなり〝首輪〟を嵌められるのは嫌ですね。悪かろう含めて、この女を使おうと思います。ライザさん以外にも話し相手は欲しいですし、訳ありであれば逃げられない」
「……磨けば美人にはなるかもね」
「少なくとも保養にはなります。保養は大切です。長くシップで生活するわけですし」
ライザさんと視線が正面からぶつかる。
ライザさんは、酒の入った胡乱な糸目ではなく、思ってたよりもずっと真面目なんだろうな。
忠告も、たぶん本気なんだ。
申し訳ない気持ちにもなる。
ライザさんが正しい、お前は間違っていると、僕のなかの弱い部分がすぐに他人の決断に委ねようとしてくる。
「私──」
ライザさんとの睨み合い──と言うほどでもないが──を止めようとしたのは、カエデだ。
「──私なんでもやれます!ですからヴァルカさんのシップに乗せてください!お願いします!なんでもします!なんでもやります!お願いします!」
確認だけしておくか。
訳ありお嬢さんだろ。
ありえるのは借金漬け。
無視しては通れないよ。
「シラルの住民記録はどうなっているんだ?」
……まッ〝そういうこと〟になった。
僕の自己責任ということで、ライザさんの胸中渦巻くものを感じながらも、シラルを船に招く意思を固めた。
とはいえ、その為にはシラルの身辺を綺麗にする必要があるわけで、僕らはエスパノーラ人民管理局の役所で役人と立ち向かっていた。
高級、清潔、金の掛かった建屋だ。
そこで勤めているのはエリートだ。
禿げ刺青オヤジなんて、いないぞ。
「税金の未払い分、借金の残額、人権復活の収入証紙も入りますし、それらの書類の為には人民管理カードが必要ですね」
「……その人民管理カードには住所が必要で、家を決めるには人民管理カードが必要なんだから無理だろうが」
僕の額に青筋が浮かびかかる。
かれこれ数時間は堂々巡りだ。
役人は、ため息を吐いている。
数時間ものなので態度は悪い。
「税金の未払い分、借金の残額、人権復活の収入証紙も入りますし、それらの書類の為には人民管理カードが必要ですね」
必要なものを揃えてから出直せ、と、言わんばかりに役人はてのひらを振り、牛か馬の尻尾がハエを追い払うような仕草をしてくる。
シラルをボラタイルに乗せる為には、エスパノーラでの自由行動権とやらを買い戻す必要がある。あるのだが、シラルは家も寄る瀬もない身の上の通り、借金だの人権停止だので落ちるところまで落ちていた。
それは、予想通りさ。
現金で買い戻せる額。
問題は、申請をするための手続きには、役所が社会保証の対象から外した、人民管理カードを再発行してもらい、エスパノーラ市民へ復帰する必要があることだ。カードを貰うには住民票が必要で、つまりは家なのだが、家を手に入れる、住所登録の為の手続きには人民管理カードが必要という、一度でも脱落したら二度と回復しないシステムとしか思えない。
手詰まりだし、役所の従業員は早く帰れという態度なのである。困ったぞ、これは……あまりにもストレスなのでボラタイルに空爆させるか一線を超えるための足はとっくに浮いている。
「無限責任が原則ですからな。両親だろうが祖父母だろうが1000年戻って借金があれば無限責任のなかで何百年掛ろうとも借金を子は返す、これが社会秩序です」
役人の口からは、呆れ、小馬鹿の風を言葉に練り込んで吹きかけてくる。表情はぴくりとはも動かない。マシーンに徹して、カセットテープのように繰り返す。質問をしても、正しい質問でなければ無視される。
しばきあげたくなるがここは堪える。
シラルの市民権回復が最優先なのだ。
エスパノーラでは都市から遠くへ離れることができる人間は市民に限定されている。犯罪者や労働者を逃さないための、標準的な、都市の特権だ。
労働者は飼い殺す。
安い給料でも働かなければ食べていけない。そういうろくでもない底辺を作るための悪意あるシステムとしか思えん。
役人が嘲笑うように笑う。
「……ならばもうよい、木っ葉役人。この女、シラルは全ての人権、制度保証の対象外なのだろう。ならばこれよりこのキャプテン・ヴァルカの〝所有物〟として登録しろ。傭兵ギルドのヴァルカだ、人民管理カードはここにある」
僕は叩きつけた。
傭兵ギルドに登録した際の身分証明書だ。
役人が呆然とした間抜け顔を晒していた。
「さっさと税金の計算をしろ。全て現金で支払ってやる」
「……冗談では済まされませんよ。金額を計算して税金を算出すれば、手数料だけでも莫大です」
「さっさとやれ、キャプテン・ヴァルカに、二言などあるはずがない」
役人は押し黙る。
そして席を外して、すぐ背後で上司か管理者に相談していた。奴隷としての登録に制限があるのだろう。書類の文面で残すには厄介な出来事と判断されているか。
役人の説明によると、シラルの一族が抱える借金に関する無限責任という、割と無茶な連帯保証をすることが、奴隷契約では必要になるらしい。
シラルが所有物になるとはそういうことだ。
いよいよ傭兵ギルドから足抜けできないな。
借金を見積もっていないがどのくらいだろ。
……1代で支払え終えるとみょいんだが………。
生涯に残る負債の決断の筈だが、役人は駄菓子屋の飴を売る感覚で書類を完成させた。手続きは1分も掛からずに終了する。……破滅の予兆だったらあっという間なんだな。
僕は破滅するつもりもないが。
まあ、なんとかするしかない。
絶対にエルフを手放せるか!!




