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目が覚めたらドラゴンを戦艦に改造する壁面世界だったので天井を目指して自由に飛ぶ  作者: RAMネコ


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第10話 シラル

「一族計画はしっかりするのよ」


 ライザさんに、念押しされて彼女とは別れた。性欲に負けるなよということだ。


 エルフちゃんには涎ものだが自重する。


 僕の家なんだがボラタイルに住んでる。


 エスパノーラで登録している家は、傭兵ギルド名義で借りているドックで昼寝しているボラタイルだ。彼女はドックで手足をたたんで──散弾砲とか邪魔なのは取り外しているし、尻尾には充電用に発電機と繋いでいる──猫の香箱みたいに首をおろしている。


 ボラタイルの緑の瞳が見つめてきた。


「ただいま、ボラタイル。これは新人」


 ボラタイルはまた寝始めていた。


 ボラタイルも受け入れてくれた。


 多分だが。心まではわからない。


「ボラタイルへようこそ!」


 というわけで係留塔で休眠しているボラタイルだ。彼女はドラゴンなので、引っ掛けて浮かべたままというわけではない。そういうのは大体、丸っこい体型なものだ。


 ボラタイルは美女だからスマートだね。


 設定上は中世浮力が生得的に調整できて雲みたいに浮いていられるのがドラゴンのわけだが……うちのボラタイルは陸で眠っている。武装が重いのかもだがそれはどうでもよいんだ。


「わ、わぁ……」


 シラルは休眠中のボラタイルに圧倒される。これでもまだ小さいほうなんだが、人間と比べれば遥かに大きい。


「シラル、こっちだ」


 ボラタイルの案内も必要だが……。


 ボラタイルにシラルを迎えるにあたって最初に教えておかなければならないことは、彼女の部屋だろう。プライベートなんて言葉は絶滅するレベル、公私混同、住み込みの職場とはいえ〝逃げ込める空間〟は必要だ。


 幸い、部屋は有り余っている。


 僕しか乗っていないが、部屋は30人が乗り込むには十分だし、20人なら長期間飛んでいられる。


 戦艦クラスなら1000人以上とかになるから桁違いに小さいほうだろう。戦艦が例えられるなら、ボラタイルは魚雷艇くらいだ。内装もそのくらいだ。


 ボラタイルは特別に大きくはない。


 乗り込んだ、まだ客人のシラルにとってはそうでもないようだけどね。彼女は狭い通路でも新鮮に映るようだ。


 お化け屋敷を歩くように怖がりながらも、開いている部屋や曲がり角があれば、その先には何があるのか好奇心のままに見ている。


 好奇心は大切だ。


 さてシラルが暮らす部屋だが、僕の私室の隣でも良いし、離れた場所でも、倉庫を整理するなり、独房を綺麗に掃除するなり、使える部屋は様々だ。そういう内見をしつつ、軽くボラタイルを散歩したあと、僕の部屋まで戻ってきた。


「この部屋にします。でも〝奴隷〟の私がこんな綺麗な部屋を使わせもらってよろしいのでしょうか?」


 忘れてたが、そうだった。


 借金や税金を他人に負わせる、つまりは僕の管理になるということで、奴隷として再登録されたんだった。


 まあ気にすることではないな?


「問題ない。寧ろ清潔で元気でいてもらわないと困る。よく食べて、よく寝て回復しないとな。ボラタイルでの仕事はきついぞ」


 エルフちゃんであるシラルに、あんまり馴れ馴れしくすると、僕が我慢できなくなる。


 一線を作り、理性を構築する。


 厳しい口調で接して突き放す。


 甘い態度ダメ、シラルは仲間。


「は、はい!よろしくお願いします」


 シラルが選んだ部屋は、僕もたまに──気分を変えたいときもあるしな──使う部屋だ。必要なものは一式揃っている。スーツもベッドもあるし問題になることはないはずだな。


 飛空船だからシャワーは無いが。


「僕は操舵室にいる」


 操舵室を指さした。


 部屋からはすぐだ。


 ボラタイルの操作の全てがある。


 通路の先にハッチが見えていた。


「シラルはもう休んでいろ。ボラタイルを冒険することも許可するが、外に出るときは言ってくれ。それと船内の構造を頭に叩き込んでおくこと、迷子にはなるな。迷子になるほど広くはないがな。笑っていいぞ」


「も、問題ありません!ははは……」


「悪かった。よろしい。食事は日に3回、僕が呼びに行く。緊急の用事があれば伝声管で伝える。伝声管の蓋は開けておけ。触るなということだ。何をするにしても明日からだな。僕はもう行くが、僕に腹が減ったとか、寝具の蚤をなんとかしろと苦情を言うときは、シラルはどこに行けばよいか覚えているか?」


「操舵室です」


 と、シラルは通路先を指さした。


「よろしい!物覚えが良いぞ」


 シラルの部屋を確認した。


 伝声管の蓋は開いていた。


……問題は、なさそうだな。


「あの!」


 僕が操舵室に向かおうとすれば、シラルに呼び止められた。


「今日は──ありがとうございました!!」


 シラルそんなことを言いながら頭を下げた。


 瞳と同じ明るめのパープルヘアーが揺れた。


 細いな。シラルの体は痩せこけていた。


 頭を下げたシラルの背中は、こけた頬や、深いくまよりもなお、彼女がいかに飢えの病が進んでいたのかを理解してしまった。


 何かしら食べ物でも差し入れるか。

 

「気にするな」


 僕はひらひらと手を振り操舵室に入る。


 船長の椅子に腰かけ溜息をふいていた。


 椅子に掛けられていた〝船長の帽子〟を膝上で遊ばせながら、ボラタイルのクルーとなったシラルについて否が応でも考えなければならない。


 引き取った責任もあるしな。


 少なくとも日常生活でべったりと世話が必要な年頃ではない。礼も言えれば、腹が減ったかどうかも伝えられるだろうしね。シラルの肉体的には、栄養状態の影響があるとはいえ成長期に入っていた。歳は十代の後半だろうか。


 年頃の娘というわけだ。


「……光源氏じゃあるまいしな。だが他人からどう見られるかを考えなかったわけでもない。ボラタイルにクルーが数人欲しいのも事実だ」


 レーダーを見ながら操船は難しい。


 この世界はもうゲームではないし。


 必要性から先輩傭兵であるライザさんの忠告を蹴ってシラルを拾った。エルフちゃんだったというのもあるんだけどね。


 エルフちゃんて大好きなんだ。


 ちょっとだけ、似ていたんだ。


 幼馴染になるかもしれなかった僕の友人に。


 別人にやり直しを求めるのは不誠実、だな。


 まあ誰であれ見捨てたくはないもんなんだ。


 仕方がないと諦めることは、現実では多すぎる。時間が足りないから、断れない強い人間の頼みだから、税金を払わなければならないから──そういう〝仕方がない〟自分とは別の、他人の理由で生きなければならない時間がほとんど全てだ。


 そういう意味では、シラルを拾ったのは数少ない、僕の選択の、僕の事情によるものだな。どうして見捨てることができる。仕方がないと言い訳しなかったのも、他人の都合で拾ったわけではないからだ。


 シラルを迎え入れたのは、間違いなく僕の自由だよ。


 とはいえシラルにとって、ボラタイルのクルーをやるのは〝他人の都合〟だ。飽きられない折れない程度に働いてもらわないとな。自宅兼職場で気まずい空気の関係性てのは最悪だ。逃げ場がない。ケアが必要なのは、余裕のある僕持ちだし、僕のほうこそ気合をいれないと!……ボラタイルが喋れたらななんて泣き言をよぎらせている暇はないぞ、お前は〝キャプテン・ヴァルカ〟だ!


 そんなこんなで。


 明日からのシラル教育計画の草案を急造していると、伝声管越しにシラルが話してきた。伝声管は部屋と直通なのだ。彼女が使っている部屋は船長や副船長クラスだしな。


 副船長か……それも良いな。


 いつかは巣立つし、土産だ。


「ヴァルカ船長」


 伝声管を反響する、ややくもった声だ。


「今から操舵室に行ってもよろしいですか?」


「どうした?小腹がすいたなら調理場で、簡単なものならすぐに出せるぞ」


 差し入れはすぐに必要だったか。


 乗船パーティー開けばよかった。


「いえ……」


 シラルはためらいがちに言う。


「直接おはなしをしたいんです」


「わかった。操舵室に来てくれ」


「ありがとうございます、船長」


 少しして、操舵室にシラルの足音が聞こえた。


「来たか。どうした?気になることでも──」


 髪はしっとりしているものの十分に乾燥していた。


 全身の薄汚れは洗われて今は清潔な服を着ていた。


 身嗜みを整えたシラルだった。


「──腹がすいていたか。まあ知り合ったばかりの僕に、料理してくれとは頼むのが難しかったよね。簡単なのであれば保存食がどこかにあったな。一緒に食べるか?」


 僕の提案にシラルは何度もうなずいた。


 なんだ、なんだ、食いしん坊だったか。


 ちょっと、心が読めなさすぎだったな。


 初めての場所で気楽にはいられないさ。


 操舵室で用意できたのは空図台に置いたままの缶詰だ。


 未開封。中身はタラのオイル漬け。まあ魚系の缶詰だ。


 僕は缶切りで穴を切り繋ぎ開封する。


 プシュ!ガスが抜ける音がひびいた。


 オリーブオイルの香りがひろがった。


「あッちくしょう。スプーンもフォークも無かった。悪いがシラル、指が油まみれになるが掴んで食べてくれ。たしかどこかにティッシュがあったはず」


 僕がティッシュを探しているあいだに、腹の虫を鳴かせていたシラルは、タラのオリーブオイル漬けをもちゃもちゃ食べていた。しっかりとオリーブオイルをきり、口に運んで、乾燥がちな彼女の唇が光っていた。


「美味しい、です」


「そりゃよかった」


 ティッシュを見つけた僕もタラを食べる。水気の代わりに、オリーブオイルがしみこんで防腐されたタラの保存食は、しっとりとしつつ刺々しさはない。オリーブオイルの香りが豊かだ。保存食といえば塩気が強くて水分が抜かれ、パサついたり固い印象があるが、オリーブオイルでつけられていて味も柔らかさもある。白身であるからやはり、淡泊といえばそうなのだがしっかりとしたタラの脂の味が舌に広がる。


「うん、美味しい。でもちょっとお行儀が悪いね」


 と、僕が食べ終わったあとの、オイルだらけの指をティッシュで拭いていたら、何がおかしかったのかシラルに笑われた。彼女の中ではウケるものだったらしい。複雑な乙女心だ。だが笑ってくれたのだから、笑われ得だね。


 シラルは黙々と缶詰のタラを完食する。


 ぺろりと胃袋におさまってしまったのだから、シラルの胃袋は無理をして我慢していたのだろう。これで多少なりとも満たされれば良いのだが……。


「腹が減ってるなら缶詰は他にもあるぞ。全然腹に蓄えが無いなら、料理もしてあげるから遠慮なくいってくれ。健康面の管理は僕の義務なんだ。腹が減ってちゃ寝れないものよ」


 シラルは、腹の溜まり具合はともかく、タラの缶詰のおかわりだとか、食堂でのきちんとした料理は断られてしまった。


「いえ、大丈夫です。お腹いっぱいです」


「そうか?ならもう部屋で休んでろ。早く寝るのがおすすめだぞ。人間、睡眠不足だと頭がおかしくなってくるもんだ」


 時計を見る。針は深夜だ。


 役所で手間取ったからな。


「ヴァルカ船長は変わってますね、ちょっとだけ」


「そうかな?どのへんがおかしかっただろうか?」


 後生のためにも聞いておきたい。


 シラルはちょっとだけおびえた。


……余計な質問だったかも………。


「優しいところがです」


 おべっかでないことを信じよう。


 優しい、と思われるのは好きだ。


「僕は明日の計画を練るからもう少し起きておく。シラルは部屋に戻っておけ。長くなりそうだしな。お前も明日に備えて──」


 何度も部屋に帰れというのは、しつこい!と僕が怒っていると勘違いされるかな?なんて不安を抱いたときだ。


 ふわり、シラルの細い腕が僕の体を包む。


 女に縁のない男1人の女の全てが預けられる。


 服越しに伝わる柔らかな女体は微かに震える。


 まったく……シラルめ、僕が怖いんじゃあないか。怖いことは必要がなければ挑戦するもんじゃないよ。


「──どうした?」


 僕はシラルの手にできるだけ優しく触れながら訊く。


 なんとなく、想像てのはついてるんだけれどね……。


「今の私が唯一、できることをしたいんです」


「大丈夫、てのもおかしいが遠慮させてくれ。シラルを今抱いてしまったら明日からの計画が狂ってしまう。それにもっと魅力的になれるよう早く回復すること。骸骨みたいに痩せこけていると、勃起が難しいんだ」


 可哀想という気持ちが勝ってしまう。


「ッ!」


 シラルの呼吸は消えてしまいそうなほど小さい。


 とはいえ今のシラルの不安を軽くできないものか。


 僕は、シラルて女性を必要としているんだけどね。


 シラルの手を外す。


 絶望顔のシラルだ。


 そんな小さくて痩せてしまっているシラルを正面から抱きしめる。背中と頭に手をまわしてなだめる。不安で仕方がないときには、1人くらい優しい人間がいていいんだ。辛いことばかりでは、耐えられないことがある。


「この船、ボラタイルはもうお前の家だ。僕は父となるのかな?シラルは娘で、家族なんだ。そう気にすることはない。何より、お前が奴隷身分が自分を買い戻さないで逃げられると僕が無限責任を負って子々孫々の借金地獄だしな。シラルは僕に借金を押し付ける酷い人間かい?」


 シラルが左右に首を振ってくれた。


 僕には、それだけで十分なんだよ。


「ようこそ、そしてお帰りになれる場所になれたら嬉しいよ、大切なシラル。きみから離れないかぎりボラタイルはきみの家であると誓おう」


 怖がりな〝妹分〟を拾ったもんだよ。

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