第8話 ガチエルフ
「美味しかった?」
「美味しかったです」
心にもないことを言いながら、奢ってくれたライザさんに感謝を伝える。
ただ、スシは絶対まずかった。
奢ってくれたのは事実だしな。
良い先輩だし悲しい時間だったて思わせると気の毒だし、言わないけど。
そんなちょっともやっとしたものを感じながら、将来の夢に、毎日スシを食べれる家を作る決意を固めていたときだ。
「いやぁ!離してー!」
絹を裂いた悲鳴を聞いた。
正義の心が疼く前に、聞いてはいけない、うわぁという関わりたくない感想が浮かぶ。同時に〝誰が助けるのか〟と他人を探していた。
「今日もやってるねぇ!」
ライザさんが声を見ながら言う。
ライザさんはちょい駄目そうだ。
人助けはしないよ、傭兵だもの。
傭兵の心得は契約と金への忠誠!
時間の矢は飛び続ける。
刻々と、時間は流れる。
僕がついていけなくても変わっていく。
「おとなしくしろッ!」
「おごッ!」
「おい、暴力はいけないだろ、暴力は」
「だけどヨォ、腹に1発が確実だぜ?」
「まあな。よっしゃ、静かになったな」
「運べ、運べ。その辺でいいだろ」
「お前ムスコ小さいから恥ずかしいだろ」
「殺すぞ。見せつけてやるんだよボケが」
女は髪を引っ張られていたが、らちがあかないと抱き上げられて裏路地へと連れ込まれる。メインストリートから外れれば〝治外法権〟だ。
慣れたチンピラ達はほんの少しだけストリートから離れただけの物陰で、女を傷物にするつもりだ。
そのときだ。
髪を引っ張られていた哀れな女の子の耳が見えた──長かった。
「うえぇ、いつまでも見てらんない」
と、ライザさんが僕の手を引く。
僕は、ちょっとだけ足が迷った。
「関わらないほうがいいよ。あんなのは〝日常茶飯事〟なんだから。全員を助けてはいられない。助けることもできるけど、そしたら君は一生ものの怨みを買って、毎日殺されるか、命を狙われるかになるよ。他人の為にね」
ライザさんが忠告してくれる。
契約も金もないただ働きだぞ。
そんな無駄なことはするな、と。
ピストルを確認しようとしていた僕の手に、ライザさんの手が重なる。ピストルを何に使うかなど、彼女にはお見通しだったんだ。
「ライザさん、でも……」
「あの子はさ知り合い?」
「……違います。違うけど……」
ダメだ。善意は理由にならない。
尊いが、それに払う価値はない。
それがライザさんの、そしてたぶん〝普通の〟価値観であり観念なのだ。僕が今感じてる〝直感〟とは違う。
ライザさんは本気で心配している。
傭兵の〝同僚〟となったから、同じギルドのよしみだとか、親切心からかもしれない。少なくとも今は、ライザさんは、僕が余計な世話を抱いて無駄に死なないよう忠告してくれている。
一々、助けていてはキリがない。
どこでも誰でも不幸を抱いている。
その全員を救うことなどできない。
ならば、僕が行動して満たされるものは何だ?僕が僕である為のパーツだ。だがその快感のために報復に怯える生活をトレードする?ライザさんの言うとおり、割に合わないよ。
「忠告ありがとうございます」
僕はピストルをホルスターから抜く。
ライザさんは、諦めて、呆れていた。
「熱く生きられない人間は死んでいるも同じなんです、僕には。それにボラタイルのクルーは最低でもあと1人欲しい!」
ピストルのグリップを掌に感じる。
強く握り込んでいるから固い感触。
その〝相棒〟はオートマチックリボルバー、弾は6発。引き鉄を絞れば、シリンダーが回転しながらフレーム上部が後退してコッキングしなおすという、シングルアクションの軽さでダブルアクションと同じく撃ち続けられる。
果たして使えるのか。
練習くらいはしてる。
「こいつッ、また暴れやがる」
「もう1、2発喰らわせろ!」
死体を啄むハゲワシの群れのように、男らは女に腕を、体をのしかかる。銃は持っている。だが今撃てば、弾は体を貫通して女にも当たるかもしれない。
仕方ない。
ピストルのバレルを持つ。
銃口が僕の方を向くが、硬いグリップがハンマーとしてぶん殴れる。頼むから暴発してくれるなよ!最悪、暴発しても僕に当たらないよう注意しながら振りかぶる。
夢中になっている男の1人。
その後頭部に、グリップが当たった。
鈍い音、頭蓋骨にひびが入るような。
死んだかはともかく男達の1人は完全に意識を失い倒れる。
「なんだよ邪魔だろうが!」
まだ事態に気がつけていなかった男が上半身を持ち上げて目があった。僕を見て、固まる。その時にはリボルバーを普通の持ち方に変えていた。銃口は、上半身あげている男に向いている。
男が腰のピストルを抜く前に2発、発砲したガスが皮膚を焼くほどの至近距離で撃ち、男を女から剥がす。撃たれた男の悲鳴が続き、死んではいない。
死んではいないが、右肩に2発、完全に片腕を破壊されて痛み止めも無しでは、死にたくなる程痛いし、病院で早く手当てしないと死ぬくらいの傷だ。
肩を破壊されてのたうつ男を力任せに抑えつけて、腰のホルスターごと銃を回収した。ベルトと一緒にほとんど外れていたので楽だ。同じように意識を失っている男からも武器を回収しておく。
「……」
無事なのは半裸で青痣が浮かんでいる女。
僕は女の腕を掴んで走っていた。
「行くぞ、逃げるんだ!」
で、ライザさんのいた場所に戻れば、彼女はなんとびっくりまだそこにいた。待っていてくれたのだ。もうしわけない。
「……」
「……」
ライザさんからの視線がいたたまれない。
僕は両方の掌で猛獣とスペースを作った。
生物的な本能だ。腕喰い千切られるかも。
「た……ただいまです、ライザさん」
ライザさんが顎で指してくる。
これは「言い訳してみろ」だ。
ライザさんがせっかく助けた女を人身売買に出しそうな勢いで怒っているので、上手く切り抜けないといけない。
僕は助けた女を見る。
女も僕のほうを見る。
耳が──長いのだ。
本物リアルエルフ。
蛇っぽくないしね。
悪漢に襲われて服がすっかり伸びている。服はすっかり汚れているが暴漢のせいではないだろう。長い間、不衛生に生きていたから汚れている。だが身なりそのものは良く、元はどこかの資産家とかのお嬢様……あるいはそこまででなくとも、中産階級以上の出身だろう。
栄養状態が悪いまま過ごしていて脂肪が少なからず減って薄い体だ。目の下のくまは不眠だからだな。緊張状態が続いて見た目以上に老けている印象がある。背も小さい、肉も少ない、回復まで時間もかかる〝病人〟同然だな。
ライトパープルの瞳は美しい。
髪は汗でべたついてくすんでいるが、彼女の目よりも淡いライトパープルで、美しい藤の花にも似た鮮やかさを感じる。
少なくとも〝助けて良かった〟美人だ。
下心に従った甲斐はあるだけのものだ。
「ボラタイルのクルーが僕1人だと不便なので、彼女を雇いたいと考えています」
「……傭兵ギルドから選んだほうが〝質〟が違うんじゃない?道端で拾って戦闘船に乗せられるなら、私はきみをギルドに勧誘してないよ」
ごもっともである。
「僕の方で教育します。最初は身の回りの世話でもしてもらいながらですね。ボラタイルも体が大きいので掃除しても終わらないんです」
へっへっへっ。
ガチエルフだ。
よだれがでる。
「身の回りの世話、ね」
ライザさんは意味深に言葉を溜める。
◆
「許してくれ、ダイネさん──ぶべらぁッ!」
クズの顎を砕く。
これだから、犯罪者共と付き合いをもつのは嫌なのだ。本国の連中め、怨むぞ。任務は任務だ、憤怒に蓋をして、叩き直したクズどもを見下ろす。
「……ボンヤード3兄弟をやった奴だ間違いない」
顎が砕け、歯抜けな声で叫ぶクズが聞き捨てならないことを口にした。
ボンヤード3兄弟と言えば、下位とは言え元は軍人だった連中のことだ。軍人崩れの空賊だが、少なくとも軽武装の民間船程度に遅れをとることはない。だからこそエスパノーラの空域でしぶとく生き残り、ささやかな〝艦隊〟を続けていられたのだ。
だが、ボンヤード3兄弟は討たれた。
討ったのはドラゴン型だったと聞く。
それも夜戦で、ボンヤード3兄弟、3隻の空賊船を相手に完封した。夜戦では戦艦でさえ小型船が脅威となる。夜んl暗い視界は、接近戦でなければ見えないほどにまで目を悪くするせいだ。
どんな長距離砲をもっていようとも、すべてが等しくなる暗黒の世界なのだ。
怪物的な技の持ち主とみた。
「……どんな風貌だった?」
「…………情報料は…………」
私はクズの股を蹴り上げた。
カエルを踏み潰した悲鳴が、聞こえた。




