第16話 命流れ落ちて
「シラル。戦況はどうだ?」
「レーダースコープを眺めているだけでは、そこまでは……」
「まあ流石に無理か。目で見た方がもう少しわかるかな?」と僕は望遠鏡で覗く。
夜が背景だから炎がよく目立つ。
火の海になっている地上を見た。撃沈された空賊の船にしては規模が大きいから、この燃えているのが空賊の拠点だろう。市民船団が当初の予定通り──強烈な一撃ではあるが──蜂の巣を叩いた。
地上と言っても、大絶壁なので同じ高度だし、炎上した空賊船がぶつけて引っかけているだけだ。
炎上したまま浮き続けているのは、ガスやエンジンではなく、フライウッドを使った木造船か。
「死の輪だね。市民船団と傭兵船団の包囲を破ろうにも空賊船の貧弱さ、速度も装甲も無いようなのじゃ標的にされるだけだ。ブロッケードランナーをやれる高速船はいない、と。楽勝だな」
一方的すぎて、索敵に精を出しても空賊が引っかかってくれない。奇襲を受けて、仲間から離れて離脱をやれるほど図太い精神の空賊は少数派なのだろう。
不利な状況で包囲され、みんなで寄り集まって身動きのできない空賊の集団が1つずつ、集中砲火で始末されている。
「ん?」
とはいえ、例外もいるらしい。
双眼鏡で見ていると、傭兵の飛空船が火をあげた。不運ではなさそうだ。さらに2隻、火災を起こして緊急着陸のために高度を落とし、包囲に穴をあけていた。
ちらりと炎に照らされた船影は、スマートでなかなか速そうな空賊船だった。苦戦しているようだね。
「小さくはない、大きいな。中型船が3隻……穴を開けた連中には悪いが獲物はこっちて食べてしまおう」
夜戦だというのに良い動きをする。
レーダーが無いのであれば、余程、目の良い空賊がいるのだろう。タフな士気と良いキャプテンがいる。
空賊らしくないね。
「ヴァルカ船長!空賊3隻、反応が消えました!」
「……大絶壁を利用してレーダーをかわすのか!」
空賊らしくない知識だな。
軍人……それも精鋭だな。
実戦で経験している空賊だ。
「こっちも地上の反射に隠れよう。空賊の側面から仕掛ける、うまくいけば空賊のレーダーは地上とボラタイルの区別がつかないはずだ。敵の補足にはスナーを使う。音に耳を澄ませるぞ」
中型クラスが最低3隻というのはわかった。だが実際、どのレベルの装備をしているのかはわからないのが怖いところだね。
レーダーは便利じゃない。
見逃すか……突っ込むか。
突っ込むほうを選んだ。
ボラタイルのヴォルカノカノンもそうなのだが、中型船が大型兵器を格納することはほぼ不可能なのだ。見たままの装備ということになる。空賊であればより小さな火砲しか維持できない場合が多いし、中型船としてはもうしぶんない装甲レイアウトを張っているボラタイルならばリスクは低い、と判断した。
……という理屈を僕はたてているわけだが、知らないカエデはAスコープを覗きながらガタガタと震え歯を鳴らしていた。そりゃあそうだ。目の前で味方の傭兵が数隻、燃えて地上に墜ちた。
それをやった敵を狙って襲うんだ。
一方的に鎮めてきた空賊とは違う。
味方を殺せるような敵なんだしね。
「シラル。空賊は基本的に高い正規品を使わない。高いからだ。よ空賊の装備てのは小口径の砲だ。どうしてだと思う」
シラルは少し考えて、スコープから目を離さずに言う。
「空賊は身代金や鹵獲した装備でご飯を食べる生物だから、でしょうか?」
「正解!だから軍隊みたいな大口径砲だとかてのは、自分の首を絞めてしまう。手に入る宝が一緒に木っ端微塵になっては弾代燃料代、空賊の手下への支払いもできないからな」
だから基本的に空賊は貧弱だ。
大火力を装備することは無い。
「ボラタイルは生得の装甲鎧に、僕達のいる船橋も装甲化されている。小口径の砲弾なんて跳ね返せる。多少の損害が出ないわけじゃないが、まず気にしていたら何もできないような些細な損傷に抑えられる」
「空賊に接近しても安心、というわけですか」
「あぁ。だが油断はできないということを忘れてはいけないよ。小口径の砲でも、榴弾を大量の撃ち込まれてしまえば火災が発生する。空には水も土も無い、消火しなければならない事態てのは離脱することと同義なんだ」
空賊が敵艦を沈める必要性があれば、宝も人質もお構いなしになんでも焼いてくるだろう。空賊てのは叩けば叩くほど増える害虫みたいな生物だ。小口径の砲を増設して、さらにそれぞれに空賊を配置しても頭数が余るほどには人気の職業でもある。移乗攻撃では頭数があるほど強いし、抱きつかれて固定されてもまずいんだけどな。
大絶壁に腹をこすりながら飛ぶ。
敵を見上げるような位置どりだ。
「空賊どもは気付いていない、な」
ボラタイルのほうが足は速い。
空賊3隻を地上から見上げる。
大絶壁を背景に真横からだ。
空賊からの反応は、無い。
ボラタイルが見えてない。
「位置が悪いな。腕部の対艦散弾砲もヴォルカノカノンもちょうど死角だ。〝副砲〟を使う。行くぞ、シラル」
ボラタイルがどうして尻尾にデカい電池や発電機が必要なのか教えてやろう。
自動砲をオンラインにする。
中口径の林立する砲が、各々に備え付けられた索敵・射撃レーダを使って敵味方識別信号を送ってこない最寄りのエコーを探し出した。ジャイロで動揺を打ち消しながら、システマチックに、発射される。
感情も情念も無く昆虫の反射のように。
76mmというちょっと〝細い〟砲弾がそれなりの初速で砲弾を撃ち続ける。自動化されたシステムは予想通り幾らか外してしまった。
計算機の限界という理由の都合だろう。
ただスカイハイフリートでの〝ゲームバランス〟は、この世界での計算機などをはじめに機械的信頼度として直撃している。許容できる範囲だね、便利なのは事実だよ。
ボラタイルの自動砲は一斉に火を噴く。
死角からの砲弾が3隻の空賊船に襲い掛かる。装甲などあってないような空賊船の底を粉砕し、甲板から抜ければ幸運、至近弾で致命的な黒い傘に捕まれば破片に甲板の戦闘員は薙ぎ払われ、不幸な空賊船は船内で炸裂したことで真っ二つに折れる。
空賊の回避機動が遅すぎる。
1隻が火球になっても撃たれるがままで進路を維持していては標的のままだ。船首から船尾まで貫かれた空賊船ではそもそも操舵不可能になっていたのかもしれないが……。
「あっさり奇襲が成功したな。見えていなかったか」
だとしたら空賊は気が付いた数秒の間にはミンチに代わっていたかもしれない。明日は我が身の恐ろしい死だ。空賊船が落ちていく姿を見ていても、喜びの感情がうまくでてこない。
傭兵に向いてないのかもしれないね。
「やった!」
僕の分までシラルが喜んでくれた。
3隻をあっという間に沈めたんだ。
興奮して当然、なんだよね。
「シラル。周辺の索敵に気を抜くな。戦いは続いているぞ。僕たちはアレになっていてもおかしくはないんだ。頼りにしてるぞ」
「す、すみません!」
シラルはスコープを慌てて覗く。
爆炎で瞳孔が明るさに慣れたのか、スコープに映る波形に額がつくほど近づいて目を細めている。
シラルだけでは負担も大きいかもしれないね。1人2役も3役もするのは難しいんだかた、ボラタイルの人員をちゃんと考えないと、か。
頑張ってくれているんだけどね。
と、なるとやっぱり金なんだ。
いや今考えることじゃないな。
僕のほうが戦場に真剣にならないと!
「ヴァルカ船長!」
シラルが慌てた声で続ける。
「真っ白に!壊れたんでしょうか!?何も映らなくなってしまいました」
壊れた?
隣を覗く。
シラルがおろおろしているレーダーのスコープは、一角が完全に飛んでしまっている。何か巨大な反射を受信しちるようにスコープを塗り潰していた。
PPIスコープ、Aスコープ、Rスコープまで、どのスコープもある方角と、ある空で能力を失っている。
「……壊れているんじゃないぞ。妨害されているんだ。ドップラー処理はできないってのに……金属紙か何か撒いたか!」
厄介な空賊がいるらしい。
原始的方法に切り替える。
光を頼りに目で探すんだ。
「レーダーを無力化されてる。シラル、目で探せ。暗がりには慣れているな?あちこちで燃えている船だらけだ。厄介な空賊船を探してくれ。静かな目立たない影だ」
「わかりました!」
シラルが双眼鏡を片手に操舵室を飛び出す。
僕が驚く暇もなく伝声管を震わせえる声だ。
「マストに出ました!凄い風ですがいけます」
「……無茶はするなよ!」
ありがたい行動力ではある!
あるが、破片で裂かれるぞ!
「シラル、戦闘の最中だ。のんびり立っていてはどこから破片が飛んできても痛い目にあう。できるだけ見張り台から体を出すな。小さくなるんだ。破片をそれで少しはかわせる」
まったく。震えてたのが嘘みたい──
「──およそ方位090、距離2000に見たことない大きな〝戦艦〟がいます!」
「戦艦……?」
傭兵船団や市民船団の識別図鑑に、戦艦なんていないぞ。となると空賊だが貧乏所帯の空賊がどうして戦艦なんて保有している?鹵獲したのか?象徴として飾っていたのを引っ張り出したのか!?
「戦艦は想定外だ!」
スカイハイフリートで戦艦とは、単純な戦闘力ではもっとも強い。最強ランキングがあれば余程の特殊能力を計算に入れない限り、ランキングのトップは全て戦艦になるくらいには最強だ。戦艦には戦艦をぶつけるしかない。
空の決戦兵力、それが戦艦だ。
「傭兵船団と市民船団に警報をだす。戦艦が現れた」と、無線を操作して一方的に戦艦出現を伝える。
距離2000。
目視でこっちの影が見える距離だ。
◆
「艦長!左舷での攻撃用意、雑音が酷く電波は使えん。照明と目で全ての弾が出る武器でもってドラゴンを狙うのだ」
正規軍から除籍された末路が空賊とひともげに襲撃を受けることだとはむごい宿命なものである。しかし旧式とはいえドラコニアの戦艦が、こうも情けない連中と肩を並べねばならないとは!
傭兵どもに頭を押さえられている。
先走った空賊どもを3隻、一瞬で撃沈した手練れのドラゴン型が相手というのもまずい。夜戦であるからな……中型種以上のドラゴンとは戦艦といえども白兵戦は避けたいが……間違いなくこのドラゴン型は仕掛けてくる。
「星弾と吊光弾は待て。あのドラゴン型は空賊どもを撃沈して目が眩んでいる。夜に慣れなおしているさなかだ。こちらの砲撃に合わせて一斉に光らせ目を潰せい。上手くいけば包囲も突破できよう」
艦橋からでも、戦艦ホルスの38cm連装砲塔の影が動いているくらい見える。
「各砲塔、発射準備完了です:
装填完了のサイレンが鳴っているのもかすかに聞こえる。砲術に長けたものが引き鉄に指をかけ、今も敵を昇順の中心に維持しようと各部署と情報をやりとりしているだろう。
「距離は?」
「1500」
「任せる。沈めろ」
「了解、オープンファイアリング」
「復唱、オープンファイアリング」
探照灯が数秒間、火を入れ、ドラゴン型に交差するとフッと消える。直後、ホルスから数発の砲弾が先行した。
照明弾だ。
闇に隠れていたドラゴンが白昼に浮かびあがり、狙いをつけたホルスのあらゆる兵器、主砲、副砲、片付けの機関銃まであらゆる全ての武器がドラゴン型目掛けて攻撃を開始する。
「敵艦の発光を確認」
「撃ち返してきたな。弾が届くよりも速かったぞ。射撃は継続、包囲を突破するぞ、最大船側。クルーはしがみつくよう警告をだせ、艦長」
動きの重い主砲が2射目を放つ頃には、敵のドラゴン型は目の前にまで迫っていた。お互いの主砲は命中していない。だが小火器の弾幕からの傷を完全にかわすことはどんな小型船でも不可能だ。
ドラゴン型にはこちらの機関砲弾が、ホルスにはドラゴン型が放った中口径砲弾で火災が発生しつつある。
……こちらの副砲は大きすぎたか。
「損害報告」
「射撃方位盤使用不能です」
「副砲群いずれも応答なし」
「よろしい。突破するぞ!」
ホルスはまだ飛べる。
傭兵船団がかこってくる前に、目の前のドラゴン型1隻を突破できれば良いのだ。
「確実に仕留める!」
ドラゴン型が翼ひるがえした。
ホルスを正面から受け止めるつもりか。
戦艦だぞ!だがここで沈めるには都合!
絶好の機会を敵が運んでくれたことに、拳を固めて叫びそうになる。
ホルスの艦首装甲が左右に割れる。
解放され、逆万力……突き刺した装甲の内側から引き裂く衝角の先端がドラゴン型をとらえた直後、吹き飛ばされずにいる見張り員の叫びが耳に刺さる。
ドラゴン型は衝角を受けながら、まるで水をかけられた手毬のようにするりと回転していた。蛇が木に巻き付くように、鰐が肉を切るために回転するように。
ドラゴン型は蛇じみた動きでホルスの外角に〝爪痕〟を残しながらようやっと止まる。
巨大な、ドラゴン型が顎門を開いていた。
毒の唾液は滝のように滴り甲板を濡らす。
「キャプテン……ヴァルカ!」
おぞましい邪竜と目があう。
「お前をとるに足らない男だと見誤った、顛末か!ボンヤード3教師をやったとき、ウトラの忘形見を拾ったと気がついたらときに真っ先に始末しておくべきだった!はっはっはっ……はーはっはッ!」
直後──見たものはドラゴン型の口が甲板を突き破り、大量のガスによって艦内が地獄に落ちる光景だった。




