第15話 凪の終わり
「ヴァルカ船長、発光信号です!」
双眼鏡で監視してくれていたシラルが、声を上擦らせながら言う。時刻は夕焼けが赤から紫のグラデーションに空を変え、星がちらほら見え始めている頃だ。
シラルは発光信号の点滅を読み上げる。
「戦闘準備、戦闘準備をせよ、と!」
「いよいよ始まるか。シラル、糧食の弁当を開けよう」
「ヴァルカ船長!戦闘があるんですよね」
「少なくとも1時間か、もっとかかるよ」
「船の足はそこまで速くない。食事の時間くらいはあるさ。焦らないで、時間はたっぷりだ。それよりもちゃんと腹に溜めておくこと。体力を使うよ」
「……はい、ヴァルカ船長」
僕も双眼鏡から目を離す。
エスパノーラ市民船団はすでに、迂回して北側に分かれた。近くを飛ぶのは傭兵ギルドのドラゴンだけだ。待ち伏せで負担が大きいから、空が近いほうであることはありがたい。
「よーし、食事をしながらシラルの役割を確認するぞ」と、僕はタラのオイル漬けの缶詰を開けて食べる。タンパク質だ。
フォークでタラを刺す。
「レーダー観測手をしてもらうが問題はないか?」
「はい!敵味方の信号を解析して、位置情報をヴァルカ船長と共有します。また距離、速度、方角の測定で砲撃を支援できるよう準備します」
「忙しい仕事の兼務だがよろしく頼む」
「はい!お任せくださいヴァルカ船長」
シラルの食欲を確認する。
シラルの缶詰は牛だ。牛缶。砂糖、醤油、生姜で初めて食べる人間はびっくりするほど濃い味付けの肉だ。彼女は戦闘前の特別配食を、がっつり食べる。
タフなのは良いことだ。
食欲がある人間は強い。
食事をしながら、空賊を狩る前にもう1度ボラタイルの装備を確認する。主兵装はボラタイルが背負う連装のヴォルカノカノン。対艦クロー付きの両方の腕にはそれぞれ対艦散弾砲。近接防御に自動砲群。それに腐食ブレス。
いざという時にはボラタイルの鱗下に装備されたジェットノズルを使えば並みの飛空船よりも加速では勝る。
問題は無さそうだ。
だが最高の状態であるとは言えない。予算の問題であちこちの修理は後回しになっている。理想的な状態を100とすれば、70と言ったところだろう。弾薬でさえ満杯にしているわけではない。下手をすれば今度の戦いで底をつく武器もあるだろう。
とは言え、いつだって万全を維持するのは不可能だ。死なない程度に節約して、利益を増やさないといけないのが傭兵の辛いところか。
まったく頭が痛い話だよ。
「綺麗……」
僕が頭を悩ませているとシラルが呟く。
片目でその景色を見れば、宇宙が見えていた。星は散りばめられ別惑星のような存在感を出している月、雲は怪しい色を反射する星雲かな。
思えば──空を見上げてこなかった。
「……よし、そろそろ始まる。集中しよう。戦闘が始まれば忙しくなるぞ。周辺への警戒も抜かりなくするように」
「す……すみません」
「うん。気を付けて」
ちょっと、厳しいかな?
いや今の気の緩みは良くない。
空賊の空にはいっているんだ。
「……」
ボラタイルの操舵室から見える景色。
初めて〝この世界〟で見た景色と同じだな。空に降りてきている星の海は……美しいよな。スカイハイフリートを遊んでいた頃は慣れすぎていて気にすることは無くなっていた。
僕にも、感じられる心が残っていたか。
隣に座るシラルが体を丸めて寒さをしのいでいる。暖房なんて快適な機能は無いし、そもそも戦闘前には電力消費の関係で装備できない。レーダーは便利だが電力を使うのだ。自動化された砲塔の電動モーターや油圧弁の制御にも電力を配分する必要がある。電気を熱に変換するのはけっこう効率が悪いのもあって、ベッド周りなど最小限だ。
ゲームでは気にならなかったが──モニタの中と外だしね──ボラタイルに乗っている今では不便だね。戦う前から、体力を奪われる。
「電熱毛布がある。繋いで温まれ」
一応、最低限買い足しておいた。
操舵室全体を温めることはできなし、重いバッテリとセットだが、ほんのりと体を温めることができる。
「ありがとうございます。正直、ちょっと寒かったんです」
シラルは窓から差し込む月と星の光で、すっかり白くなってしまっていた。吐く息さえ白く、言葉も無色になるほど固い。
「あの、ヴァルカ船長は大丈夫なのですか?」
シラルが電熱毛布をはおり、レーダースコープを覗き込みながら言う。
「寒くはないのかな、と」
「僕は平気だ。感じない」
寒さとか風とか、何も。
ボラタイルは空賊の根城になっているだろう場所を右手に置きながら、他の傭兵のドラゴンと並んでとても緩やかに弧を描きながら飛んでいた。
その時だ。
北の空で激しい閃光がでる。
「始まった」
今日の雲量は少な目。
地上が、より正確には大絶壁にフジツボのように張り付き偽装されていた空賊の根城一帯が、炎の海になり、今も燃え広がっているのを空から見た。ゆっくりと黒煙が広がりつつある。
「…………ッ、PPIスコープに反応多数出現」
レーダーの向きも90°違うわけだな。
地上基準にしていないとややこしい。
大絶壁とは直角だからな。
まあ…全ては、慣れ、か。
「市民船団が叩いて上がってきた空賊だな。想像よりも動きが良い。もう上がれるのか。正直、ほとんどは地上で撃破されると思っていたね。無線回線を開ける。受信だけに限定だ。空賊の今日の調子を知りたい」
レーダースコープと無線操作という、専門を兼務するなんて無茶だけどな。空賊の空はまだ低い。ここは無線機を優先してもらおう。
「空賊の無線、傍受できます」
よし、成功したようだ。
予想と違い混乱は強め。
空賊の無線は錯綜していた。
『なんだどこからの攻撃だ!?』
『誰かが火薬庫に火をつけた!』
『空!空から攻撃されてるぞ!』
『勝手に飛んだ奴らがいるぞ何してやがる。無線標識を打ってやれ、ラジオコンパスで呼び戻せ、船をバラバラに散らせるな』
ラジオコンパス?
攻撃を受けているのに強い信号を出すのか!
測定されて集中攻撃を受けるぞ、とか考えていると、シラルはすでに発信源を方向探知していた。ちょっと自慢気だ。
と、言うことは市民船団側も……。
つるべ打ち気味だった市民船団の砲撃が変わった。森を焼き払う野火のような広範囲に対する攻撃から、急に火力の密度があがった。
空賊め、バカなのか。
位置が露呈するだろ。
無線機は阿鼻叫喚だ。
「シラル。市民船団側に逃げる空賊まで追わなくていいぞ。レンジを短くしろ。傭兵船団側に逃げる奴らだけトレースすれば十分」
これは僕の指示ミスだね。
何十という反応があり、それらが重なり合って混乱していただろうに。スコープを睨んでいたカエデがホッとした顔でレンジを変更するツマミを動かす。
多数の反応を出せる訓練はほとんどできなかったから仕方がない。問題ない、カバーできる範疇だ。
「……見た感じだと空賊もやぶれかぶれらしい。猫に突っつかれて飛び出した鼠だな。逃げれば狙われるというのに」
空が燃えていた。
空賊の根城に対する市民船団の猛爆撃──電波を発信して位置をそれなりに割り出されたとはいえ息を殺して隠れていれば良いのにとも思うが──の前に早くも決死の覚悟で包囲の突破、玉砕を狙っている。
緊急発進していくが、速度も高度も──高さと言っても大絶壁からどれほど離れられたか?ではあるが──不足したまま浮かび始める頃には、市民船団からの一斉射に沈められている。
いっそ哀れだが、思考が死んでいるのか次から次へとキルゾーンに送り込まれる空賊船だ。例え戦艦でも生き延びれられない火力に、漁船みたいな空賊船が耐えられるわけがないだろうに。
「さて、少しは賢い奴なら、仲間を見捨てて反対側の夜に逃げ込むだろうけど……」
「ヴァルカ船長、索敵レーダーに反応、数は2隻、方位は010、距離10000、地上のノイズに紛れて接近中です」
うちのレーダーでは背景と船の区別はできない。
大絶壁から離れすぎた1隻がいただけだろうな。
「こっちの射撃レーダーでも引き継いだ。シラルは引き続き索敵の報告を頼む。僕はこの2隻から沈めよう。戦闘に入る、臍に力をいれておけ?」
「はい、ヴァルカ船長!」
目玉の空中戦だ。
傭兵船団の指揮船から照明弾があがった。
地上を照らし出し、落下傘でゆっくりと落ちながら燃える光が、大絶壁すれすれを飛んで隠れていた空賊船を森から引きずり出す。
探照灯が次々と点灯する。
それは交差して猛烈な砲撃を導いた。
傭兵側は補足次第、手当たり次第に空賊船を撃ちまくる。測距も砲の操作も計算も人力だろうに、それでも数回の斉射のなか、傭兵側と撃ちあいに載った空賊の船の、甘い回避機動は読み切られて撃墜されていく。
僕は僕の仕事をしよう。
「れ、レーダーの反応増えました、2隻です!」
「傭兵からの砲撃で壁から離れた連中だ。追い立てられて飛んだ連中を狙う」
空賊船が2隻、接近中。
どちらも中型クラスか?
直接の空中戦で使うレーダー操作はシンプルだ。片手でスイッチとダイヤルを動かし、残る手で3種類の銃型の引き鉄、手動、自動、斉射のどれかを使うだけだ。
僕もスコープを覗き、シラルから引き継いだ空賊船を追う。レンジは5kmにセット。スコープには、横に壁からの反射がほぼ一直線にあらわれ、それより隣の縦線がボラタイルの高度、壁との距離だ。空賊船2隻は、輝点4つで、上から下に、つまりは近づく動きで映っている。
輝点が4つなのは2つで1機だからだ。左の輝点が距離と方向であり、右の輝点はボラタイルからの高低差となっている。高低差は相対的なものなので左右の輝点が横に並んでいればボラタイルと同じ高度を飛んでいるということだ。
ただし大絶壁に近い敵は映っていない。
船を壁は同じエコーに混じるからな…。
「接近中。そのまま……ビーム幅を射撃モードに切り替える」
スコープの映像が変わる。
コーン型にビームを回して敵を確認していたビームが更に絞られて、正確な反射を返してくる。
空賊船のシルエットのようなものがレチクルからやや離れた場所に映る。こっちの輝点は2つだ。
接近するほど大きくなる。
僕は輝点が中央に入るようボラタイルを調整して、レチクルのなかに十分広がり、一斉射の引き鉄を絞る。
ボラタイルの腕部に装備された対艦散弾砲が火を噴いて衝撃が操舵室にも伝わってきた。
直後、闇溜まりにいた空賊船2隻が散弾の雨に飛び込んで蜂の巣にされたのだろう。一瞬で火花が火災に、火達磨となり回転しながら木の葉のように落ちていた。
「……沈めた?」
シラルが半信半疑気味に言ってくる。
失礼な。この方法で何千隻と墜としてきたんだよ。……ゲームの、スカイハイフリートでは、だけどね。
「2隻沈めた。目視でも確認。シラル、索敵はどう?」
「は、はい。さらに2隻、距離……30000、方位170、遠ざかっています。すみません、見逃していました!」
見逃していたんじゃあない。
見えなかっただけだろうな。
「こんな錯綜していたら見逃しもするさ。方位170か。加速する。見逃してやることはできないしね。シラル、踏ん張って」
シラルはスコープにのめりこんで浮いていた背中を慌てて背もたれに沈める。
ボラタイルの真価を見ようじゃない。
ドラゴン型の鱗下から加速用ジェットノズルを展開させる。甲高い音色の合唱を奏でながらジェットしてボラタイルは急速反転、包囲を抜けている空賊船を追う。
ドラゴン、ではなさそうだ。
悲しいが漁船の速度では逃げられない。
ましてや改造して武装してれば、遅い。
『は、速い、逃げられん』
良い目をしてるな。
だが作業と同じだ。
同じ手順で、スコープに補足、レンジを切り替えながら正確に接近する。
空賊船が光る。
砲撃でボラタイルを追い払おうとしているんだろう。弾幕を張って拒絶するさまは、猛獣の牙の前で腕を振る子猿よりも無力だというのに。
レンジを切り替える。
同じ高度に移動しているが、空賊はまるで違う位置を撃ち続けている。照明弾も探照灯も無しにどこを狙っているんだ?
散弾砲を撃ちこむ。
同じように火災に包まれて、動かなくなった。しかし制御を失っても浮き続けている。索敵がやややこしくなるのは避けたい。
対艦クローで叩き折って墜とす。
燃える空賊船の火のなかに照らされた、翼を広げたボラタイルは悪魔のような姿だったかもしれない。
「これで4隻撃沈。シラル、次も頼む」
「は、はい!」
シラルは徐々に緊張が抜けていた。
感覚が麻痺したのかはわからないが、夜戦なんてほとんど見えないようなものだし、スコープのなかだけで仕事をしていても戦闘の実感が薄いのかもしれない。
訓練のときよりシラルは落ち着いている。
「あれ?ヴァルカ船長。味方が襲われているかもです。敵味方識別信号を誰も出せないんで確定はできません」
「ストロボ持ってないからなぁ。目視する」
シラルに方向を教えてもらう。
月明りで見えるような距離ではないが……。
「見つけた。たぶんあれだ。空賊のドラゴンが4隻、撃っているな。撃たれてるのは傭兵側、火災の発生を視認、燃えている」
ドラゴンも、傷ついているね。
あれ、アルテミアじゃないか。
ライザさんのドラゴンだったな。
ドラゴン型だ。生体部分をチェックする。構造物から出火しているいじょうに、ドラゴンの燃える血を流していた。
ボラタイルのドラゴン友達は沈められない。
ライザさんには色々と世話になってるしね。
「主砲を使う。少し距離があるからな。脅かしてやるさ。アルテミアから空賊を剥がせることを期待しよう」
夜戦だ。
傭兵の飛空船は、互いにかなり距離をとっている。飛空船の速度が水上船とは比較にならないほど速いし、三次元的に動くものだから安全距離が長い。
火災からの爆発で、火を貰っても酷い目にあうだけだしな。空には水がないんだ、火が出れば、まず消化は不可能に近い。そういう意味ではアルテミアは危機的状況というやつだね。
すぐ地上におろさないと。
大絶壁へ横付けするんだ。
「照明弾の信管調整」
おおまかで十分だ。
レーダーで測った距離を、計算機のハンドルを回して入力する。照明弾が数発、アルテミアの周辺を照らしだした。
「射撃回路をヴォルカノカノンに切り替え」
当たらなくても問題はない。
アルテミアから離す威嚇だ。
だが一応、操舵室を貫通している測距機を覗きながらマイクロメーターを回し、角度と方位を砲と連動させて調整していた。まあただの〝くせ〟だ。
「発射」
光が──赤い波長の熱戦が夜を切り裂く。
空賊船の1隻を掠めて溶融させ、半分ほどがマグマか溶けた飴細工のようにひしゃげ誘爆する。2隻は高温に焼かれて多少はダメージを負っただろう。目くらましにもなったかもしれない。
空賊船の1隻は完全に無傷。
だが躊躇ったのか大きく進路を変えた。
アルテミアを追い詰めていた4隻のうち生き残りは3隻。ヴォルカノカノンに臆して進路を変えてくれたおかげで、ジェットを起動したボラタイルの射程に入るまで間に合った。
「突っ込むぞ。スコープから目を遠ざけておいて。接近戦に突入する!」
ボラタイルが空賊船の船団に飛び込むや、両腕の散弾砲、ボラタイル自前の対艦クローと腐食ガスをまき散らした。
空賊船はクローに引き裂かれ、あるいは散弾に蜂の巣か、腐食ガスによって全ての有機物がどろどろと流れ落ちるかで沈黙する。
ボラタイルの頭がなければ不可能に近い戦い方だ。人間が全て手作業で操作するならたくさんの人間が必要で、僕とカエデだけならば間違いなく不可能だ。
ドラゴン型の強みだね。
腐食ガスで空賊だけ処理した空賊船はお土産に貰うとして、怒られるまえに僕らの担当の空へと大急ぎで戻ることにした。




