第14話 出撃待機命令
ボラタイルで出撃待ちだ。
満載とはいかないが弾薬補給済み。
電力チェックも、ボラタイルの体調も全快の9割のコンディションで普段よりも良い。
空賊狩りの出撃命令を待っている。
そんな操舵室でのんびりしている。
だが──。
シラルから落ち着きが消えている。
訓練ではおだやかで冷静なのにだ。
実戦に出るという感覚からの緊張。
シラルはまだ実戦に参加したことがないしな、仕方がない。僕だってまだ空賊3隻としか戦ったことがないし、経験は浅い。
「シラル、大丈夫か?」
「だ、大丈夫です!!」
僕が呼びかけると、シラルはバネ仕掛けの絡繰人形かという動きで、うつむいていた背筋が弾かれて真っ直ぐ伸び……そのまま固まってしまった。
「訓練通りにしていれば生きて帰れるよ。僕もボラタイルもしぶといからね」
操舵室はコンパクトだ。
ゲーム的な理由なのだろうが、スカイハイフリートでボラタイルを操縦する際のインターフェイスは、モニタ内に纏められる変則的な操縦システムだ。幾つか視点を切り替える必要もあるが、そこはカエデに任せている。少なくともボラタイルを戦闘機のように空中戦をやらせるだけであれば、僕独りで面倒を見られる。
船だが、飛行機のが近いか?
何にせよ最悪独りでどうにでもなる。
シラルに頼り切りはしないところよ。
シラルが緊張しているのはわかった。
彼女が担当するのは主にレーダー分析、聴音、弾薬や燃料、高度やらの計器類の監視だが、それらは僕の側にもあるのだ。ちょっとだけ負担を軽くしてくれるだけでもありがたいんだ。
「……」
シラルはまだ戦闘空域に向かってさえいない段階で、担当シートの上で、頭に糸が張っているように見えるほど背筋を伸ばしたままだね。
生きるか死ぬかまら緊張が普通だろう。
ある意味ではシラルは現状を正確に認識しているからこそ怖がり、緊張しているわけで〝そう感じない〟僕は異常者だね。
ボラタイルの能力は信用している。
実戦でも証明された強さではある。
だが絶対ではない。
ボラタイルの操舵室は、強化されているとはいえ装甲の隙間にはガラスがはめ込まれている。目で確認しながら操舵しなければならない時間ばかりだからだ。
防弾ガラスは空賊が装備する小口径砲の弾に耐えるかさえ怪しいものだ。スカイハイフリートでは一時、快速の小型戦闘機で操舵室、ブリッジに対して集中攻撃することで無力化する戦術が流行った。
……通用しちゃうと僕ら死ぬね。
ボラタイルは打たれ強いが、仕組みとして脆弱な部分てのがどこにでもある。それは他の船だって同じだけどね。
撃沈なんてされると最悪の赤字だ。
命も物も大切にしないと。
資源と資金は有限なんだ。
「ヴァルカ船長」
「尿意は早めに処理しておいたほうがいいぞ。行ってこい。いざ戦いが始まるようになれば便所が近くなる──」
「──違います」
早とちりしてしまった。
僕は後で行っておこう。
「ゲロ袋は身近にな。爆発した敵船をくぐったら窓に肉片が焦げ付くかもしれない。計器にゲロがかからなくとも、高機動中に飛び散る可能性もある──」
「──違います!」
シラルがゲロ吐きヒロインになる姿が頭に浮かんでそのまま言葉にしてしまった。ダメだな、どうやら僕も緊張しているようだ。
こういう時は勢いも大切なもんだ。
僕はシラルを必要としている。
今更、下船されると困るのだ。
「シラル、この戦いで生き延びたら、ご褒美を1つか2ちあげるから、シラルもちょっとお願いを聞いてくれないか?」
「お願い、ですか?」
シラルは不思議そうに首を傾げて言う。
「私にできることがあればなんでも!!」
「そうか?」
じゃあ、遠慮なく言っておこう。
後悔を抱えたまま死にたくない。
「シラル、今度また暇なときにでも〝エルフの里〟みたいなものの話をしてくれるか?シラルは〝エルフ〟なんだろ?」
シラルはきょとんとしていた。
そしてすぐに真っ青に変わる。
出撃直前なのに忙しいやつだ。
「そろそろ定刻だ。発進しないのか管制に伝えてくれ。こっちから訊かないと忘れられていることもあるしね」
「は、はい!」
仕事を与えられたシラルは、緊張を感じさせない動きで、何度も訓練して身に付けた所作を繰り返す。
大したものだ。
「管制から指示が出ました、ヴァルカ船長。先導船が出ます。順番に出港するので、ボラタイルはアルテミア号の後ろに続け、とのことです」
「アルテミア号?」
僕は空賊討伐に参加する飛空船のシルエット一覧である、標的書──傭兵ギルド頒布の手配書みたいなもの──をめくる。なんだ、ライザさんの船じゃないか。
先輩に導かれて空にあがりましょ。
「あれだな」
隣の風除け付きドックから、アルテミア号がゆっくりと引き出される。エンジンを切り替え、空へと加速していく。
「ヴァルカ船長、飛行の許可出ました」
「よろしい。先輩のお尻を追いかける」
ボラタイルのエンジンが回転数をあげながらドック外へと出る。ドラゴンの鱗に陽の光を浴びながら浮き上がり、すでに空にいるアルテミア号にぴったり寄せる。
空へ出るのは久しぶりな気がするね。
「シラル。外に出ればエスパノーラの町を見下ろせるぞ。見ておくか?」
「け、けっこうです、遠慮しておきます」
シラルはまだ緊張しているようだな。
まさか高いところがダメでも無い筈。
命綱を手すりにかけておけば落ちはしない。
「傭兵の一家は千差万別だな」
飛空船は一族で伝承されていくことも珍しくはない。こうかな乗り物だしね。自然と一族でクルーやらメカニックを用意するわけだが、一族ごとに年季も考えも違うので傭兵の飛空船に統一された作りてのはない。
「私達の1個前の船、綺麗ですね」
シラルが無邪気に言う。
ライザさんのアルテミアだ。
機械工学系ではなく、ボラタイルと同じ生物工学系……ドラゴンをベースにした飛空船だな。
傭兵のほとんどは機械工学系なのでドラゴンのシルエットてのは目立つ。
「ボラタイルとはちょっと違いますね」
「ライザさんのドラゴンはノルージャンフォレスト種だからな。ボラタイルよりもちょっと大きい。北の果ての冷たい空でも平気な心心肺と熱量があるんだ。その分、食費は割高」
「ボラタイルはどうなのでしょうか?」
そういえばボラタイルについて教えていなかった。これはうっかりしていたね。最初に教えておくべきだったよ。
「ボラタイルはロングテール種だよ。尻尾に余剰の電力や脂肪を蓄えてバラストにするから、長距離飛行に向いているし、ある程度なら電子機器を発電機なしで扱える。高い高度での速度はノルージャンフォレスト種の長い翼で負けるが、戦闘以外での出費と戦闘能力、航続距離のバランスは使ってて気楽だ。ロングテール種は〝毒〟を吹けるしね」
エスパノーラから飛空船が飛び立っていく。
大艦隊、あるいは大船団だ。
ドラゴンの大群でもあった。
「ドラゴンが一同に揃って壮観だ。フライウッド製の小型船は支援用だろう。他は全て、ドラゴンだ」
繋留塔から飛び立つドラゴンが翼を広げる。
空賊討伐の作戦が──始まろうとしている。




