第4話 【表の顔】完璧なる伯爵夫人と、夜の「タイマン」
それから数年。カオルが伯爵夫人となってからの社交界は、驚きに包まれていた。
「まあ、カオル様はなんてお上品で、穏やかで、全てを包み込むような完璧な夫人なのでしょう!」
貴族たちは口を揃えて彼女を絶賛した。
現在のカオルは、一糸乱れぬ美しいドレスを纏い、扇子を片手に優雅に微笑む【完璧な伯爵夫人】の仮面を被っていた。かつて「裏来いや」とすごんでいた面影は微塵もない。彼女は、愛する旦那様の名誉のために、猛特訓の末に「表の顔」を完成させたのだ。
しかし。王宮の夜会が終わり、伯爵邸の寝室の扉が閉まった瞬間、その仮面はパツンと音を立てて剥がれ落ちる。
バサァッ! と音を立ててドレスのスカートをまくり上げ、カオルは寝室のソファーにドカッと足を開いて座り込んだ。
「あーーーシンド!! お疲れ様、あなた。お紅茶でもいかがかしら……って、やっとられんわ! 今日の夜会の公爵、ウチにネチネチ言ってきたけえ、危うく胸ぐら掴んでメンチ切り返すところじゃったわ!」
口調が完全に現役の広島ヤンキーに戻る。
そこへ、無事に父親の跡を継いで「伯爵」となった旦那様が、苦笑しながら入ってきた。彼もまた、昼間の威厳ある姿から一転、ネクタイを緩めて完全にリラックスしている。
「ははは、よく耐えたな、カオル。今日の君の微笑みは、実にエレガントだったぞ」
「当たり前じゃん、ウチを誰だと思っとんよ。『烈風華』の総長が、あんなマダムどものお茶会ごときで日和るわけなかろうが。それよりあなた、肩揉んでや。ドレスがパツパツで肩凝って死にそうじゃ」
「ああ、お安い御用だ」
伯爵(元騎士団長)は、慣れた手つきで妻の肩を揉み始める。
「しかし、カオル。たまにはその……昔のように、私と手合わせ(タイマン)してくれないか? 最近、お堅い書類仕事ばかりで、身体の筋肉がパツパツに鈍ってしまってな」
「あァ? あなた、ウチに喧嘩売っとん? ええよ、受けて立つわ。ベッドの上でどっちが先にギブアップするか、勝負じゃけえね!」
「望むところだ、我が最高の総長」
表向きは誰もが羨む高貴な伯爵夫妻。しかしその実態は、夜な夜な気合を確かめ合う、熱すぎる現役バリバリの夫婦なのであった。




