第3話 【純情】騎士団長(元)とのタイマン、そして伯爵夫人へ
カオルがお好み焼きで王宮の胃袋を完全に掌握した頃、二人の関係に最大の危機が訪れた。
青年騎士団長は、由緒正き伯爵家の嫡男である。そんな彼が、身元不明の、しかも言葉遣いが著しく物騒な異界の女と毎日一緒にいることが、保守的な大貴族たちの間で問題視されたのだ。
「騎士団長ともあろう者が、あのような野蛮な女にうつつを抜かすとは。伯爵家の名が泣くぞ」
夜会でネチネチと嫌味を言われ、珍しく拳を握りしめて俯く騎士団長。彼はカオルへの恋心を自覚しつつも、名門の重圧に身動きが取れなくなっていた。
その様子を、物陰から特攻服姿で見守っていたカオルは、我慢の限界を迎えた。
夜会が終わった直後、彼女は騎士団長を誰もいない訓練場へと呼び出した。
「おい、お前。さっきから何シケた面しとるんや」
「カオル……。いや、お前には関係のないことだ。これは、我が家の問題で……」
「関係ないわけあるかボケェッ!!」
カオルの怒声が夜の訓練場に響き渡る。彼女は地面に落ちていた木刀を一本拾い、騎士団長に投げつけた。
「ウチのことでグチグチ言われとんじゃろうが! 男のくせに、周りの雑魚の顔色伺って縮こまっとるんじゃねえ! ウチのことが好きなら、タイマン張って全員黙らせるくらいの気合見せんかい!」
「タイマン……? 殴り合えと言うのか! 伯爵家の人間が、そんな野蛮な……!」
「うるさい! 口で言って分からん奴には、拳で教えるのがウチのルールじゃ! 来い、お前の本気を見せてみろ!」
カオルは木刀を構え、猛然と突っ込んだ。
騎士団長も反射的に木刀で受け止める。凄まじい衝撃音が響き、二人の武器は一撃で木端微塵に砕け散った。
「ならば、手加減はせん!」
そこからは、歴史に残る泥だらけのガチ殴り合いだった。騎士団長は王宮の剣術を、カオルは瀬戸内の喧嘩殺法を繰り出し、互いの拳が顔面に、腹に突き刺さる。
一時間後。二人とも息を切らし、大の字になって夜空を見上げていた。騎士団長の高級な上着はパツパツに引き裂かれ、カオルの特攻服も泥まみれだった。
「……はは、強いな、お前は」
騎士団長が、腫れた頬をさすりながら笑った。
「お前もな……ええ根性しとるじゃん。ウチの拳、まともに受けて立っとる男、地元にもおらんかったわ」
カオルが少し照れくさそうに顔を背ける。
騎士団長は、ゆっくりと立ち上がると、カオルに向かって手を差し伸べた。
「決めたぞ。私は、周囲の貴族を全員力で黙らせ、お前を生涯の妻、我が伯爵家の夫人として迎える。……だからカオル、私と共に歩んでくれ」
「……あーあ、言うてしもうたね。ええよ、その代わり、ウチを退屈させたら焼き入れるけえね」
カオルは不器用な笑顔でその手を握り返した。こうして、元ヤン総長は、名門伯爵家へと嫁ぐ覚悟を決めたのだった。




