第2話 【鉄板】ドワーフも泣いた、広島風お好み焼きのルーツ
異世界に拉致(カオル調べ)されて一週間。カオルが最もブチ切れたのは、魔王の脅威でも、元の世界に戻れない絶望でもなかった。
「……なんじゃあ、この味の薄い肉はッ! 味が! ナメとんのか!」
王宮が用意した最高級の宮廷料理を前に、カオルはフォークを叩きつけた。素材の味を活かした上品な味付けは、お好みソースとマヨネーズ、そして濃厚な豚骨スープで育った彼女の舌には「ただの水分の塊」にしか感じられなかったのである。
「ええけえ、美味い飯が食いたきゃ、自分で作るしかないんじゃ!」
カオルはエプロン代わりに特攻服を腰に巻き、王宮の厨房を占拠。さらにその足で、頑固一徹で知られるドワーフの鍛冶場へと乗り込んだ。
「おい、ヒゲのオッサン! ウチの言う通りの厚さと広さで、真っ平らな鉄板を大至急叩き出さんかい!」
「あァ!? 聖女か知らんが、この俺に武器以外のガラクタを作れだと! 舐めるな!」
「舐めとんのはどっちじゃ! 男なら、ウチの気合に技術で応えてみせえ!」
カオルの圧倒的なドスに圧されたドワーフの棟梁は、一晩で極上の鉄板を叩き上げた。
準備は整った。カオルは異世界の小麦粉を水で溶き、キャベツに酷似した野草を山盛りに刻み、豚肉に似た魔獣のバラ肉を並べた。
ジューッ、と王宮の厨房に、かつてない快音が響き渡る。
「ええか、ここからが勝負じゃ。ひっくり返すときに形が崩れたら、レディースの名が廃るけえね!」
カオルは両手に持った特製のヘラ(コテ)を、目にも留まらぬ速さで回転させた。その手さばきは、もはや最上位の身体強化魔法そのものだった。
仕上げに、王宮の果実や調味料を煮詰めて自作した「特製濃厚黒ソース」をたっぷりと塗り、卵を落とす。
「よし、食うてみんさい!」
最初に毒見(という名のお目付け役)として差し出されたのは、あの堅物青年騎士団長だった。彼は不審そうに、しかしカオルの気迫に押されて、一口を口に運ぶ。
「……む!? これは……ッ!」
瞬間、騎士団長の脳内に衝撃が走った。濃厚なソースの塩気と甘み、キャベツの甘味、そして肉の旨味が、絶妙な層となって口内で爆発する。
「美味い……! なんだこの、暴力的でありながら完璧に調和された味は! 胸の奥が、パツパツに熱くなる……!」
「じゃろう? これがウチの魂、広島風お好み焼きじゃ。男なら、四の五の言わずにガツガツ食わんかい!」
カオルは豪快に笑い、自らもコテで直接お好み焼きを口に運んだ。
その姿を、騎士団長はソースを口につけたまま、呆然と見つめていた。
彼の頑なな心が、お好み焼きの熱気によって、少しずつ溶かされ始めていたことには、まだ誰も気づいていない。




