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第46話 結婚式前夜、ナオミの一日里帰り

「……くぅーっ! やっぱりこれに限るわね」

王都の喧騒を離れ、実家の居間で私は喉を鳴らした。

結婚式を明日に控え、私は一日だけ休暇をもらい、懐かしい実家の門を潜った。


かつて没落し、最近ようやく元伯爵家としての地位を取り戻した我が家は、内装こそ豪華なヨーロッパ風だが、漂ってくる匂いだけは異様に庶民的だ。

出発前、レオン様は「俺も行く! 義父殿に挨拶を……!」とパツパツの軍服をさらに膨らませて息巻いていたけれど、「あんたが来たら村中が大騒ぎになるでしょ! 黙ってお留守番しててください!」と一喝して、今は王宮で大人しく留守番中だ。


「あら、ナオミ。あんた、また少し痩せたんじゃない? ちゃんと食べてるの?」

豪華なシャンデリアの下、伯爵夫人のドレスに身を包んだ母さんが、優雅な所作……ではなく、鉄板の上でヘラを軽快に鳴らしながら出迎えてくれた。

没落貴族から復帰しても、この母娘の「中身」までは貴族仕様には書き換わらなかったらしい。


「食べてるよ。……それより母さん、これ。レオン様から。お父さんの好きな銘酒をわざわざ取り寄せたみたい」

「あら、レオン様ったら気が利くねぇ。……ぶち嬉しいわ。お父さんも喜ぶよ」


元伯爵家の格式高い居間に、なぜかソースの焦げる香ばしい匂いが充満する。

私は、高級なベルベットの椅子にどっかと座り、キリリと冷えたビール(のラベルに似た麦酒、ホントよ)のジョッキを煽りながら、テレビ……もとい魔導投影機もつけずに、おつまみの枝豆を指で弾き飛ばした。

……この優雅な空間で一人晩酌を始めるミスマッチ、ぜひ遠慮なくツッコミを入れていただきたい。


「……ナオミ。あんた、ほんまに幸せなん?」

父さんは「王様に娘をやるなんて……」と鼻をすすりながら、クリスタルの高級グラスで酒を煽り、母さんは銀食器が並ぶテーブルに、焼きたてのお好み焼きを豪快に並べた。

ふとした沈黙の中、母さんが少しだけ真面目な顔をした。語尾にだけ、隠しきれない地元のニュアンスが混じる。

「あの方は……その、獣魔の王様でしょ? 怖くないの? あんた、昔からお転婆だったけど、無理しとるんじゃないんかと心配なんよ」


私はビールの泡を唇につけたまま箸を止め、窓の外の美しい庭園を見つめた。

頭に浮かぶのは、プロポーズのマニュアルを必死に読んでいた、あの不器用な狼。

「……全然。むしろ、あのレオン様の方が、私に嫌われないかビクビクしてるくらいよ。……昔、私が迷子になった時、背中に乗せて助けてくれたのも、あの人だったんだもん」

「えっ……? あの時の、大きな黒いワンちゃんが?」

母さんが驚いて目を見開く。


「そう。だからね、母さん。私は守られてるんじゃなくて、あの人を支えに行こうと思ってるの。……私がいないと、あの人、パツパツの服のボタンも自分じゃ留められないんだから」

私は残りのビールを一気に飲み干し、プハァと息を吐いた。


「ふふ、あんたらしいね。……それなら安心した。あんたが決めた道なら、お母さんは応援するよ。……でも、明日の夜からは『王妃』なんだからね。覚悟しときなさいよ?」

母さんの茶目っ気たっぷりの視線に、私は少しだけ頬を赤らめた。


(……レオン様、今頃どうしてるかな)


枕元に置いた、あの「聖獣の牙の指輪」にそっと触れる。

明日。王妃としての重圧も、未来への不安も、全部あのパツパツの胸板が受け止めてくれるはずだ。


「……待ってなさい、レオン。明日からは、一生逃がしてあげないんだから」


月明かりの下、私は一人の娘から、一人の王の「唯一」になる決意を固めて、深く静かな眠りに落ちた。


(つづく)

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