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第44話 完璧よりも、パツパツな愛を

「……綺麗。まるで別世界ね」

アルフレッド様にエスコートされ、私たちは月明かりに照らされた王宮庭園の奥、伝説の『女神の噴水』の前にいた。

大理石の女神像から溢れる水の音が、心地よい音楽のように響いている。

レストランでの完璧な食事、そしてこの幻想的なロケーション。


けれど、私の心を一番激しく揺さぶったのは、食事中に偶然耳にしてしまった、隣国の給仕長たちの密談だった。

『……アルフレッド様は本当に、あの動物園のためにそこまで?』

『ああ。昨夜も一晩中、我が国の魔獣学者たちと議論し、この国の聖獣に最適な配合飼料の特許を無償開放するよう説得されていた。ナオミ様が予算案で一番頭を抱えていた問題だからと……』


(……え?)

目の前で穏やかに微笑むアルフレッド様は、そんな苦労を微塵も顔に出さない。

あんなに難航していた飼料の問題。レオン様が「ガオー!」と吠えても解決しなかった問題を、彼は自分の足と人脈を使い、泥臭く根回しして解決してくれていたのだ。


「ナオミさん、どうしましたか? 少し、顔色が悪いようですが……。夜風が冷えましたか?」

彼はすぐさま自分の上着を脱ぎ、私の肩にふわりとかけた。その手つきは、どこまでも優しく、見返りを求めるような厭らしさが一切ない。


「……アルフレッド様。飼料の件、貴方が裏で動いてくださったと聞きました。どうして、一言も仰ってくださらなかったのですか?」


アルフレッド様は一瞬、困ったように眉を下げて笑った。

「……知られてしまいましたか。ひけらかすようなことではありません。僕はただ、君が夜遅くまで数字と睨み合っている姿を見て……その肩の荷を、少しでも軽くしたかっただけなんです」

そう言って彼は私の手をそっと包み込んだ。

「改めて、僕の隣に来てくれませんか。君のその折れない心を、僕は心から尊敬し、愛おしく思っています。……君を、誰かを教育する重責からも、一人で踏ん張る孤独からも解放したい。君が創り上げたかった理想の世界を、今度は僕に、君のために創らせてはくれませんか」


……正直に言って、本気で揺れた。

これほどまでに私を見つめ、私の「苦しみ」を先回りして消し去ってくれる。

こんな素敵な人の隣にいれば、私はもう、一人で戦わなくていい。


(……ああ。これこそが、本当の『正解』なのね)


私は一度だけ目を閉じ、アルフレッド様の上着の温もりを感じながら、深く息を吸った。

そして、繋がれた手を優しく、けれどハッキリと解き、真っ直ぐな視線で彼を見つめ返した。


「ありがとうございます、アルフレッド様。……貴方のその、ひたむきで深い優しさに、今、初めて心の底から救われました。……本当に、貴方は最高に格好いい、素敵な騎士様です」

私は一歩踏み出し、逃げも隠れもしない姿勢で彼に告げた。


「でも、お受けすることはできません。……私は、あのアホ(レオン)をなでなでして教育してないと、どうにも調子が狂うみたいなんです」


「……ナオミさん……?」


「アルフレッド様、貴方はあまりに素敵です。貴方の隣にいれば、私は一方的に守られ、尽くされるだけの存在になってしまう。……でも、私はきっとパートナーから一方的に尽くされるだけの受け身な関係じゃダメなの。共に悩み、共に泥を被り、互いの欠点を埋め合いながら、不格好でも成長していきたいんです」


私は、庭園の向こう、闇に沈む聖獣動物園の方角を見つめた。

「レオン様は、不器用です。言葉も足りないし、隙だらけで、私がいなければ崖の下で立ち尽くしてしまうような、危うい王様です。……でも、その欠点だらけの彼を支え、導き、共に未来を創っていくことに、私は何よりも『やりがい』を感じてしまった。……放っておけないんです。あのアホを、世界一の王様に育てるのは、私にしかできない仕事ですから」


最高に尽くしてくれた彼(アルフレッド様)だからこそ、本音でぶつかる。それが、私なりの誠実な回答だった。


アルフレッド様は、しばらく呆然としていたが、やがてふっと、清々しいほど潔く微笑んだ。

「……なるほど。『舗装された道路』より、『デコボコ道』をあえて選んだのですね。……完敗です。僕がどれだけ君の負担を減らしても、君はその空いた手で、また別の『重荷(レオン様)』を抱きしめに行こうとするんですから」

彼は私の手を取って、貴婦人に対するような礼を施した。

「君のその強さに、改めて惚れ直しましたよ。……レオン王が羨ましい。彼がまた君を困らせるようなことがあれば、いつでも僕の国へ。その時は、君のその『やりがい』を上回るほどの、最高の難題を用意して待っていますよ」


彼が去った後、噴水の裏にある植え込みから、バツの悪そうな、けれど瞳をこれ以上ないほど輝かせたパツパツの巨躯がのっそりと現れた。

私は腰に手を当てて、尾行までしていた「世界一不器用な王様」を睨みつける。


「……聞いてたんでしょ。もう一回なでてほしかったら、明日の予算案、完璧に書き直してよね!」


(つづく)

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