第39話:【追憶】レオンの後悔(レオン視点)後編
「ここです! ここにライアが――っ」
俺は喉が裂けるような声で叫び、彼女の元へ駆け寄った。
国立公園の監視員も、獣医も、大人ライオンたちも後に続く。大丈夫だ、今度は「大人」も「医者」も連れてきた。間に合ったはずだ。
だが、駆け寄った俺の足は、ライアの数歩前で凍りついた。
「……あ……」
さっきまで、俺の泥だらけの頬を撫でてくれた、あの温かい手。
俺の戦いぶりを「すごいね」と褒めてくれた、あの震える声。
それらはすべて、静寂の中に消えていた。
そこにいたのは、俺が守りたかった妹ではなかった。
ただの、物言わぬ、冷たくなった肉の塊だ。
背骨が突き出した無惨な体のまま、彼女の瞳は光を失い、焦点の合わない目で空の一点を見つめていた。
『ライア……? おい、ライア!!』
俺は彼女の体を揺さぶった。だが、帰ってくるのは重力に従うだけの、恐ろしいほどの無機質な重みだけだ。
獣医が首を振り、大人たちが沈痛な面持ちで目を伏せる。
「う、あああ……っ! うあああああああああ!!!」
俺は咆咆した。
なぜ、俺は一瞬でも逃げようとした。
なぜ、俺はもっと強くなかった。
なぜ、俺はあいつを一人で背負って、あのハイエナの群れをなぎ倒して、すぐにここから連れ出してやれなかったのか。
自分の無力さが、一瞬の臆病さが、鋭い牙となって俺自身の心を噛み千切る。
俺は冷たくなったライアの胸に顔を埋め、子供のように泣きじゃくりながら、天を仰いで叫び続けた。
その咆哮は、谷底に虚しく響き渡り、二度とあいつの耳に届くことはなかった。
***
「……はぁっ、はぁ……っ!!」
視界が歪む。
気づけば、俺は自分の寝室の床に座り込んでいた。
全身が嫌な汗で濡れている。心臓が早鐘を打ち、喉の奥がカラカラに乾いていた。
「……夢……か……」
震える手で顔を覆う。
だが、その手の甲にポツリと落ちたのは、夢から引きずってきた本物の涙だった。
「……ぁ……れ、おん……さま……」
掠れた声に、弾かれたように顔を上げる。
目の前の寝台には、高熱にうなされ、真っ赤な顔で呼吸を荒らげるナオミがいた。
今にも消えてしまいそうな、細い吐息。
「ナオミ……っ」
俺はたまらず、彼女を布団ごと抱きしめた。
驚くほどに熱い。その熱が、俺の心臓を焼くように痛い。
「もう大丈夫だ。……どこへも行かせない。二度と、こんな思いはさせん!」
今の俺にできるのは、こうして彼女を抱くことだけだ。
だから、今は一秒たりとも彼女から離れることができない。
「……大丈夫だ、ナオミ。俺が、お前の熱を全部吸い取ってやるからな……」
耳元で何度もそう囁きながら、俺は彼女を離さなかった。
俺はもう──あの日、崖の下で立ち尽くすことしかできなかった臆病な子供などではない。
たとえ地獄の門が目の前に迫ろうとも、俺はこのパツパツに鍛え上げた腕で、お前を現世に繋ぎ止めてみせる。
一晩中、俺はナオミの熱をその身に受け続け、朝日が差し込むまで彼女を抱き締め続けた。
(つづく)




