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第38話 【追憶】レオンの後悔(レオン視点)前編

熱に浮かされるナオミの手を握り、横たわっていた俺は、そんなナオミの顔にあいつの存在を重ねていた。


夢の中にいたのは、今のような「王」ではない。

牙も爪もまだ鋭さを知らない、ただの臆病な狼の子供だった俺だ。


『お兄ちゃん、こっちだよ! 早く早く!』

前を走るのは、あいつ──妹のライア。ライオンの血を引く彼女は、俺よりもずっと活発で、太陽のように天真爛漫な、自慢の妹だった。

その勝ち気な瞳と、俺を振り回す強引な笑い方は……今のナオミに、よく似ていた。


だが、悲劇は一瞬だった。

遊び場にしていた谷の崖が、音を立てて崩落したのだ。


『……ライア──!!』

崖下へ駆け寄った俺は、絶句した。


ライアは岩に叩きつけられ、見るに堪えない姿になっていた。

不自然な角度に曲がった背中。折れた背骨が内臓と皮膚を突き破り、白く鋭い先端を覗かせている。そこからドクドクと、赤黒い鮮血が止めどなく溢れ出し、彼女の周りには瞬く間に広大な血の水たまりができ始めていた。


『……あ、ぁ……っ』

ライアの口から、血の泡が漏れる。


死臭を嗅ぎつけた大人のハイエナの群れが、影のように忍び寄ってきた。

『……小僧、その娘はもう助からん。置いていけ。そうすれば、お前の命だけは助けてやる』

ハイエナの濁った瞳。低い唸り声。


恐怖が俺の全神経を支配した。足が震え、奥歯がガタガタと鳴る。


(……死にたくない。俺まで食われる。逃げなきゃ……逃げなきゃ助からない!)

弱い心が叫んだ。俺はライアに背を向け、一歩、後ずさりをした。

見捨てて逃げようとしたのだ。俺は、そういう臆病で最低な奴だった。


だが、去り際に一目だけ見たライアの顔が、俺の足を止めた。

血にまみれ、苦痛に歪みながらも、彼女は優しく微笑もうとしていたのだ。

二人で野原を駆け回った日のこと。俺の語彙力のなさを笑い飛ばし、力強く手を引いてくれたこと。

今のナオミに重なる、あの強くて眩しい笑顔。


(……ライアを、あんな汚い連中に、食わせてたまるか……!!)

逃げ腰だった俺の奥底で、何かが弾けた。

俺は咆哮し、自分よりも何倍も大きなハイエナの群れに突っ込んだ。


完膚なきまでにボコボコにされた。地面に叩きつけられ、意識が遠のくほど痛めつけられた。

それでも、俺は奴らの喉元に食らいついた。死んでも離さないと、全霊の執念で噛みついた。


執念に気圧されたのか、ハイエナたちは舌打ちを残し、獲物を諦めて立ち去っていった。

俺は血反吐を吐きながら、ライアの元へ這い寄った。


『……お兄ちゃん……すごいね。……守ってくれて……ありがとう……』


「待ってろ……今、大人たちを……っ、医者を呼んでくるから! 動くなよ!!」

俺はライアにそう言い残すと死に物狂いで走った。


やがて、国立公園の監視員や獣医、そして群れの長である大人ライオンを引き連れて、俺は崖の下へと戻ってきた。


「ここです! ここにライアが――っ」

俺は喉が裂けるような声で叫び、彼女の元へ駆け寄った。

(つづく)

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