第34話 ローゼンタール家の名誉回復
地下牢での騒乱から数日。王宮の謁見の間は、重苦しい沈黙に包まれていた。
玉座に座るレオン様は、眩いばかりの正装に身を包み、冷徹な「王」の顔で平伏するフィリップと侯爵を見下ろしている。
「……貴様ら、隠し持っている『回収物』をすべて提出しろ!」
玉座から放たれたレオン様の言葉に、私は小声で「訂正」を入れた。
「レオン様。回収済の資料を提出させるのは不可能です。それじゃ不発弾の回収ですよ」
「……提出物を回収しろ、と言いたかったのだ。意味は通じるだろう?」
「事務官として、日本語のバグは見逃せません。真面目な顔をして、用語がデッドボール(場外)なのはやめてください。……さあ、言い直して」
「う、うむ……。コホン」
「……ナオミ・ローゼンタールより提出された裏帳簿、および不正融資の証拠一式。精査の結果、これらはすべて事実であると認定された。……フィリップ、貴様たちの爵位を剥奪し、全財産を没収する。あとは法廷で、自分の罪の重さを『計上』してくるがいい」
「あ、ああ……」
フィリップは、脳内にこびりついた「筋トレキャンプ」の恐怖と絶望で、もはや反論する力すら残っていなかった。
「……皆にも、こいつらの汚職資料を『強要』する。隅々まで読み込め!」
レオン様が重厚な声で言い放つ。だが私は、その横ですっと冷たい視線を向けた。
「レオン様、パワハラ感がすごいことになってますよ。それを言うなら『共有』です」
「……強要と言った方が、罪の重さが伝わる気がしたのだが」
「伝わるのは陛下の頭の悪さだけです。不発弾(回収物)の件といい、今日は言葉選びがデッドボールすぎます。……しっかり。言い直してください」
「……あ、ああ。資料を、共有する!」
「……ナオミ。前へ」
レオン様に促され、私は一歩前に出た。
今日はメイド服でも受付嬢の制服でもない、公爵令嬢としてのドレスを身に纏っている。
「ナオミ。今日この時をもって、ローゼンタール家の名誉は完全に回復した。お前は今日から、この国の最高位の令嬢に戻るのだ。……もう、窓口で泥を被るような真似はしなくていい。これからは、俺の隣で誰もが羨む公爵令嬢として、穏やかに過ごすといい」
レオン様の言葉に、周囲の貴族たちから感嘆の声が上がる。
だが、私はドレスの裾を軽く持ち上げ、完璧な角度で、けれど「公爵令嬢」としてではなく「プロの受付」として、深く、美しく一礼した。
「……恐れ入ります、陛下。ですが、そのご提案は謹んで辞退させていただきます」
「……何?」
「私が戻る場所は、きらびやかな夜会でも、贅を尽くした公爵邸でもありません。……あの子たちが待つ、あの受付デスクです」
私は謁見の間の大きな扉の向こうを見つめた。
そこには、今も傷を癒やしながら私の帰りを待つクロや、行き場を失い保護された聖獣たちがたくさんいる。
「……私には、あの子たちの『姐さん』としての役目があります。孤独を知り、行き場を失ったあの子たちが、二度と誰かに不当な扱いを受けないよう、窓口で目を光らせ、居場所を守る……。それこそが、私の全うすべき責務です」
私は顔を上げ、かつてないほど清々しい微笑みを浮かべた。
「公爵令嬢としての気品は、あの子たちの餌代を稼ぐための『事務スキル』に転生させました。……ですから陛下。私は今後も、陛下という名の『最大案件』をハンドリングしつつ、家族を守り抜く一人の受付嬢であり続けたいのです」
謁見の間が、凍りついたような静寂に包まれた。
名誉ある地位よりも、獣たちの「姐さん」であることを選ぶ女。
「……クク、ハハハハ! そうか。お前のその『家族』への執着こそが、俺が惚れた強さだったな」
レオン様は豪快に笑い、玉座から立ち上がって私の手を取った。
「分かった。お前の家族も、その意地も、まるごと俺が抱えよう。……ただし定時を過ぎたら、受付嬢の顔は脱ぎ捨ててもらうぞ? いいな?」
「ええ、それでいいです」
「……承知んした」
「レオン様そこは『承知した』、です!!」
ナオミ、二十二度目の大ピンチ。
度重なる言葉のチョイスの誤爆を指摘されすてもブレないこの男、いっそのこと、夜の営みで本当に『消沈』させてあげようか。
(つづく)




