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第33話 【超絶ざまぁ】侯爵親子、聖獣にビビり散らす

「ひ、ひいぃっ! 来るな、来るんじゃねぇ!」

鼻を真っ赤に腫らしたフィリップが、無様に尻餅をつきながら後ずさる。

その目の前には、喉元に突きつけられていた魔法の槍を噛み砕き、真の姿へと巨大化した黒豹――クロが立ち塞がっていた。


「助けてくれ、ナオミ! 金ならいくらでも出す! 僕の愛人になれば、一生遊んで暮らせるようにしてやるから!」

命乞いの中にまで不快な言葉を混ぜるクズ男を、私は冷ややかに見下ろした。


「お金? 残念ですが、貴方の資産はすべて『不正蓄財』として凍結申請済みです。……それに、貴方の隣という『汚物入れ』に一生を捧げるほど、私は自分を安売りしていません」

あえて敬語で言い放つ私の声は、我ながら冷徹で完璧だった。

けれど、潜入のために着替えたメイド服は埃にまみれ、髪は乱れ、クロを案じるあまり心臓の鼓動は自分でも制御できないほど速まっていた。


「……ナオミ」

背後から、静かに名前を呼ばれた。

振り返ると、そこには漆黒の魔力を纏ったレオン様が立っていた。

麦わら帽子はいつの間にか脱ぎ捨てられ、銀髪が夜風もないのに逆巻いている。

パツパツの子供用Tシャツ姿であるはずなのに、今の彼からは「王」としての、そして「一人の男」としての深い慈しみが溢れ出していた。


「レ、レオン様……。すみません、見苦しいところを。すぐに身なりを整え……」

事務官として「完璧」であろうとする私を制し、レオン様は大きな手で私の頬を包み込んだ。

そして、乱れた私の髪を優しく耳にかけ、汚れを拭うように指先でなぞる。


「……汚れたな。だが、家族のために泥を被れるお前は、王宮のどんな着飾った貴婦人よりも……美しくて、脆くて」

レオン様は、宝物を扱うかのような熱を帯びた瞳で私を見つめた。

「……今すぐ抱きしめて、守ってやりたくなる。ナオミ、お前はもう、独りで戦わなくていいんだ」


(……っ!?)

私が無理をして完璧に振る舞うことで隠したかった、女性としての気品の不器用さや、ずっと抱えてきた孤独。レオン様はそれらをすべて理解し、受け入れ、「美しい」と全肯定してくれた。

強がっていた私の鎧を、彼は指先一つで、けれど最高に優しく解いていく。

事務的に凍りついていた私の心臓が、耳元まで届くほどの音を立てて跳ねた。


(……ずるいわ。こんな格好をしているのに……今、この人の言葉が世界で一番甘くて、救われる。……もう、この人の前では素直になってもいいかも……)


私は知らず知らずのうちに、レオン様の(パツパツの)胸板に顔を押し付け、小さな子供のように縋り付いていた。


……だが。

「……ふっ。素直になったな、ナオミ。可愛い奴だ。……よし!」

レオン様は余裕たっぷりの微笑みを浮かべたまま、私の肩をガシッと掴んで引き離すと、なぜか達成感でキラキラと輝く瞳でフィリップを指差した。

「ナオミの心を救ったところで、次はこのクズの更生だ! ナオミ、俺とお揃いのパツパツTシャツを着ろ! 【家族の絆を深める『地獄のペアルック・連帯責任スクワット1万回』】の開始だ! これでお前も、内側から筋肉を爆発させて強くなれるぞ!」

レオン様は自慢げにパツパツの裾を引き上げ、逞しすぎる腹筋と、元気に主張するおへそを指差して「ハハハハ!」と豪快に笑い飛ばした。


「……あ、が……あ……」

恐怖と困惑でフィリップが白目を剥く。

私の胸に灯った熱い火は、冷たいバケツの水をぶっかけられたかのように、一瞬で鎮火した。


(……王様。せっかくの『守ってやりたい』発言が、そのおへそのインパクトと脳筋提案ですべてリジェクトされましたよ。……あとで【なでなで】抜き確定どころか、一生『寝室立ち入り禁止』ですね)



ナオミ、二十一度目の大ピンチ。

私は無言で、すんっ、と冷徹な受付嬢の顔に戻ると、クロを連れて地下牢を後にした。


背後で「ナオミ! なぜだ! 乳酸の向こう側にこそ真の救いがあるのだぞ!?」というレオン様の悲痛な叫びが空虚に響き渡っていた。


(つづく)


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