第32話 暴かれた真実、クズ親子の末路
「……見つけたよ、ナオミ。鼠のように潜り込んで、裏帳簿の『棚卸し』でもしていたのかい?」
地下牢の闇から、ねっとりとした声が響く。これ見よがしに豪華な毛皮を羽織ったフィリップが、松明の光に照らされて現れた。
私は咄嗟に背後へ飛び退こうとしたが、それよりも早く、闇に潜んでいた二人の巨漢警備兵が私の両腕を背後からガッチリと掴み、吊り上げた。
「くっ……!」
事務作業で鍛えたとはいえ、訓練を受けた兵士二人の力には抗えない。
私は完全に自由を奪われ、膝が地面につくほど強く押さえつけられた。
「無駄だよ。君の動きなんて、この屋敷の監視網がすべて捉えていたのだよ。……さて、不敬な元婚約者には、相応の報いが必要だね」
フィリップが指差したのは、鎖に繋がれたクロだ。魔法の槍が、弱り切ったクロの喉元に冷たく突きつけられている。
「……ナオミ。今ここで、僕との復縁を誓え。僕の愛人として一生を捧げると言うなら、この獣を解放してやってもいい。……どうだい? 命の選別をする気になったかい?」
私は、ふっと視線を落とした。
そして、檻の影で「ヘソ出し麦わら帽子」のまま、怒りで全身を小刻みに震わせているレオン様を、悲しげな瞳で一度だけ振り返る。
(ごめんなさい、レオン様。……)
「……分かりました。フィリップ様の元へ……戻ります」
私はフィリップにしおらしく俯き、消え入りそうな声で告げる。
フィリップの口角が、勝ち誇ったように吊り上がった瞬間——。
「……なんて言うわけねぇだろうがぁ! 耳鼻科で脳みその洗浄でも受けてきやがれ!」
私は凍りつくような嘲笑を浮かべると同時に、拘束されている両腕に一気に魔力を込めた。
「リジェクト(却下)。……失礼、少し肩が凝っていたもので」
規格外の魔力による衝撃波が、背後の警備兵二人を壁まで弾き飛ばした。
ナオミの「事務スキル:物理」が炸裂した瞬間だった。
「なっ……貴様、何を……!」
「ちっ、クソ野郎の分際で、私と対等な立場で交渉できるなんて思い上がんな。……クロはな、私の大切な家族じゃけぇ〜!」
驚愕で固まるフィリップの懐に一瞬で踏み込み、その鼻筋を、ミスリル製のペンを握る指で【ぎゅううううううっ!】と強く摘み上げる。
「痛っ! 痛い痛い! 離せ、この女!」
「『ごめんなさい』は? 保育園で習わなかった? 言うまで離さないわ。ついでに、これがあんた達の『汚職の全記録』。一円の誤差もなく抽出済みだから。きっちり地獄まで計上しなさい!」
フィリップの鼻を摘み上げたまま、反対の手で裏帳簿の束を彼の顔面に叩きつける。
顔面を紙の角で強打し、鼻を真っ赤にしたフィリップと侯爵が逃亡しようとするが、その行く手を、檻から解放された聖獣たちが静かに塞いだ。
「……フィリップ。それ以上逆らわないで。あんたが一歩歩こうとするたびに、脳内に直接【スキップ不可のアプリの広告動画を30秒見せる刑】に処すから」
「こ、広告……動画……?」
呆然とするフィリップの背後で、麦わら帽子を被ったレオン様と、赤いスカーフのウルフ様がヒソヒソと囁き合う。
「……広告動画? なんだそれは、レオン」
「俺もナオミに聞いたことがあるだけで詳しくは分からんが……。絶妙に興味のない内容が、絶妙に忙しい時にダラダラと流れてくる、地味にメンタルをゴリゴリ削ってくる最悪の呪いらしい。……想像しただけでイライラするな」
ナオミの冷徹な宣告に、クズ親子は膝から崩れ落ちた。
屋敷を破壊する聖獣たちの咆哮が、破滅の序曲として地下牢に響き渡っていた。
(つづく)




