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第31話 侯爵邸への潜入、受付嬢(スパイ)ナオミ

「……ナオミ、やはり考え直せ。なぜ公爵令嬢(元だが)のお前が、あんなクズの屋敷で雑用をしなければならない」


侯爵領の境界近く、夜の森。

隠密用の黒いローブを羽織ったレオン様が、今にも私のメイド服を剥ぎ取って王宮へ連れ戻しそうな勢いで詰め寄ってくる。その足元では、ライオンの姿になったウルフ様が「俺が門を食い破れば済む話だろ」と不満げに地面を掘っていた。


「お二人とも、何度言えば分かりますか。これは『潜入調査』という名の事務作業です。……それに、このメイド服は最新の隠密魔導繊維でできています。機能性は抜群ですよ」

私はフリルのついたエプロンを整え、凛として言い放つ。

ゲオルグ侯爵邸が急募していた「臨時の増員メイド」に紛れ込む。これが、内部から証拠の裏帳簿(デッド在庫)を全件抽出するための最短ルートだ。


「いいですか、お二人はここで『待て』です。もし目立ったらリジェクトですからね」

「……っ、分かった。だが、何かあればすぐに叫べ。一秒で屋敷ごと消し飛ばしてやる」

レオン様の過保護すぎる言葉を背に、私は音もなく侯爵邸の裏口へと向かった。



「おい、新入り! さっさとその銀食器を磨け! ぼさっとしている暇はないぞ!」

屋敷の中は、差し押さえた聖獣たちの「オークション準備」で戦場のような忙しさだった。

私は「はい、ただいま」と事務的な笑みを貼り付け、完璧な所作で食器を磨きながら、視線だけで屋敷の構造をスキャンしていく。


(……一階の警備兵は十名。地下へ続く階段の鍵は、執事の腰にある。……そして、ゲオルグ侯爵の書斎は三階奥)

私は誰にも気づかれぬよう、磨き上げたスプーンの反射を利用して背後の影を確認した。


(…………。……えっ、何。何あれ?)

スプーンに映り込んだ光景に、思わず手が止まる。

庭の植え込みの陰に、見覚えのある銀髪を麦わら帽子で強引に押し隠した、「巨大すぎる不審人物」が蹲っていた。

レオン様だ。

あろうことか彼は、カモフラージュのために「近所の男の子」に変装したつもりらしい。だが、成人男性(しかも軍神)のガタイで無理やり着込んだ子供用のTシャツは、筋肉のハイスペックさに耐えきれずパツンパツン。逞しすぎる腹筋のせいで、おへそがこんにちはと元気に挨拶してしまっている。

さらに、短すぎる半ズボンからは丸太のような太ももが主張し、全体的に「サイズ感の概念を物理で破壊した、怪しさしかない麦わら帽子の巨人」と化していた。

周囲の警備兵が「なんだ、あのヘソ出しの怪物は……新種の刺客か?」と震え上がり、警備兵に扮したレオン様の家臣が必死に「あれは……あれはきっと成長期が早すぎただけの至って普通の少年です」と目を泳がせながら嘘をついている。


(……王様。少年を名乗るには肩幅が国境門並みに広すぎるわよ! 発光も『見た目の破壊力と溺愛』の二色刷り(バイカラー)だし。……あとで【なでなで】抜き確定リジェクトね)

心の中で毒づきながら、私は隙を見て地下への階段へと滑り込んだ。


暗く湿った地下通路を進むと、鉄格子の奥から、聞き覚えのある弱々しい唸り声が聞こえてくる。


「……クロ? みんな、いるの?」

檻の奥、魔力を封じる鎖に繋がれた黒豹のクロが、私を見て驚いたように目を見開いた。その体には、新しい鞭の跡が刻まれている。


「あ、姐さん! あいつら……あいつら、狂気のナタ(沙汰)じゃないですよ!」


「……ナタ? それ、危険度も殺傷能力も爆上がりしてない? ……まあ、今はいいわ。大変だったわね。必ず作戦通りに動くから、もう少しだけ我慢してて」 


「はいっ、姐さんが言うなら我慢します!」


「…………。……在庫の取り扱い不備、および商品への著しい毀損きそん

私の瞳から、温度が消える。

檻の影で、私を追ってきた「ヘソ出し巨神」が低い唸り声を上げ、今にも飛び出そうとするのを、私は指先一つで制した。


「……レオン様、まだです。……証拠の帳簿を確保するまで、この『不当在庫』は動かせません。……もう少しだけ、私の事務作業に付き合ってください」

私は冷徹な手つきで、ミスリル製のペンを取り出した。

これで、この屋敷のすべての「罪」を、一文字残らず確定コミットさせてやる。 


ナオミ、潜入開始。

受付嬢スパイの冷徹なペン先が、侯爵親子の破滅へのカウントダウンを刻み始めた。


(つづく)


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