表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

29/49

第29話 侯爵再び、聖獣たちの失踪

「……お疲れ様でした、レオン様。隣国との社交会、無事に終わりましたね」


王立異世界動物園の正門を潜った瞬間、私は言葉を失った。

心地よい疲労感は、一瞬で「どす黒い違和感」に塗り替えられる。


静かすぎる。

いつもなら、私が戻ればクロが甘えた咆哮を上げ、聖獣たちが檻を揺らして出迎えるはずの園内が、まるで墓場のように静まり返っていた。


「……ナオミ、下がれ。血の匂いがする」


レオン様の声が、かつてないほど鋭く響く。

視線の先、飼育員たちの詰め所の前には、荒らされた檻の残骸と、地面に転がる血塗れの給餌用バケツ。

そして、その中央で、これ見よがしにふんぞり返る男――ゲオルグ侯爵がいた。


「……ひっひっひ。ようやくお帰りかな、元・令嬢の受付嬢さん」

その隣には、鼻に大きなギプスをあてた息子のフィリップが、蛇のような目で私を睨みつけている。


「ゲオルグ侯爵……。うちの子(聖獣)たちは、どこですか」

私の声は、自分でも驚くほど低く、平坦だった。

だが、侯爵は嘲笑いながら一通の書類をひらつかせた。


「差し押さえだよ。王宮の予算に『横領』の疑いがあってな。証拠物件として、獣どもは我が領地の地下へ運ばせてもらった。……ああ、一頭、黒い豹が少しばかり暴れたのでな。少々『教育』してやったが……」

侯爵が指差した先。地面には、クロの黒い毛が、血に塗れて一房落ちていた。


「……っ、クロを……傷つけたの?」


「傷つけた? 違うな、ナオミ。これは『在庫処分』の準備だ。お前の父親と同じだよ。無能な公爵が泥にまみれて消えたように、この獣たちもお前の目の前で、一人ずつオークションにかけてやる」


フィリップが、ギプスの下から下品な笑い声を漏らす。

「いい気味だ! 泥水を啜りながら、せいぜい泣いて後悔するがいい。……今すぐ跪いて僕の靴を舐めるなら、一頭くらいは残してやっても――」


「……黙れ、クズ」

私の口から漏れたのは、言葉ではなく、極低温の殺気だった。


レオン様が狼に変身しようとするよりも早く、私は一歩、前へ踏み出した。

私の周囲の空気が、パキパキと音を立てて凍りついていく。

怒りが頂点を超えた時、人は叫ばない。ただ、すべての感情が「処理すべきゴミ」へと収束していくのだ。


「……ゲオルグ侯爵。貴方は今、三つの決定的な『ミス』を犯しました」

私は、仕事用の手袋をミシミシと音を立てて締め直す。

「一つ。私の父親の名誉を、その汚い口で汚したこと。

二つ。国家資産である聖獣を、私的な恨みで傷つけたこと。

そして三つ目……」

私は顔を上げ、侯爵親子を真っ直ぐに見据えた。

その瞳には、黄金色のレオン様さえ一瞬気圧されるほどの、深淵のような黒い炎が宿っていた。

「……この私を、ただの『受付嬢』だと思い込んだこと。……いいですか。受付嬢は、来る者は拒みませんが……【帰るべき場所を荒らす害獣は、一匹残らず駆除する】のが仕事なんです」


「な、なんだ、その目は! 衛兵! この女を――」


「ナオミには俺が指一本触れさせん!」

「……レオン様。手出しは無用です」

私は背後の王を制し、剥き出しの拳を握りしめた。

指の間で、ミスリル製のペン先が凶器のように冷たく光る。

「……ゲオルグ侯爵。貴方の人生、これより『全件リジェクト』です。……徹底的に、根こそぎ、その腐った一族ごと【強制終了】させてあげます。……歯を食いしばる時間さえ、与えませんから」


ナオミの瞳に、本気の「殺意おしごと」が灯る。

それは、かつて公爵令嬢として育てられたプライドと、受付嬢として培った分析力が融合した、最も残酷な復讐の始まりだった。


(つづく)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ