第28話 二頭の王を「なでなで」で鎮める
「……ウルフ。貴様、いつまで私の『妃』に張り付いている。その汚い手を離せと言っているのが聞こえんのか?」
鼻血の清掃を終えたダリアさんを引きずって戻ってきたレオン様が、氷点下の声で言い放った。
それに対し、ナオミに「イタいおじさん」と宣告され魂が抜けていたはずのウルフ様が、負けじと牙を剥く。
「あぁん? 誰が汚い手だ。俺はナオミさんに、ご自身の『内面在庫』を棚卸ししろと、愛の教育を受けていた最中だ。部外者はすっこんでろ、この負け犬野郎が!」
「……負け犬だと? 貴様、死にたいようだな」
「上等だ。獅子の生き方を履き違えた、わがままで自分勝手ななんちゃって負け犬狼に、真の牙ってやつを教えてやる!」
銀色の殺気と黄金の熱量が、狭い執務室で激突する。
王宮の床がミシミシと悲鳴を上げ、窓ガラスが震える。周囲の衛兵たちは「あわわ……世界大戦が始まる……!」と腰を抜かし、例の「上目遣いの家臣」は、もはや祈るように私を見ていた。
……。
……うるさい。
非常に、うるさい。
「……あの、お二人とも。私のデスクの上が、お二人の無駄な魔力放出のせいで書類が散乱しているのが見えませんか?」
「黙っていろ、ナオミ! これは男の誇りをかけた――」
「教育(物理)の時間だと言っているだろう、ウルフ――」
二人が同時に吠えた瞬間、私の堪忍袋の緒が、音を立てて千切れた。
「……いい加減に、しなさいッ!!」
私は手に持っていたミスリル製鉄パイプを床に叩きつけると、一歩で二人の間に割って入った。
そして、呆気に取られる二頭の猛獣の頭を、左右からガシッと鷲掴みにした。
「……っ!? ナ、ナオミ、何を――」
「な、離せ! 俺は獅子王――」
「黙れ! この迷子の坊主どもッ!!」
私は二人を力ずくで引き寄せ、その頭を強引に自分の膝元へと押し込んだ。
「いいですか、お二人とも。名前と中身が一致しないなら、せめて『お行儀』くらいは一致させなさい! 喧嘩をするのは、自分が迷子で不安だからでしょう? 寂しいなら寂しいと、素直に在庫申告しなさいッ!!」
「「…………!!」」
「はい、よしよし。まとめて【なでなで】されなさい!」
私は事務作業で鍛えた正確かつ力強い手つきで、二人の王の頭をガシガシと、しかし慈悲深く撫で回した。
レオン様の冷たい銀髪を、ウルフ様の荒々しい黄金の鬣を、遠慮なく、容赦なく、まるで近所の野良犬をしつけるように。
すると、どうだろう。
あれほど荒れ狂っていた魔力が一瞬で霧散し、二頭の猛獣は大人しいワンコのように静まり返った。
「…………。……ナオミ、その、もう、少しだけ……左の方も」
「…………。(……悪くねぇ。というか、これ、めちゃくちゃ落ち着くんだが……?)」
レオン様は頬を染めて目を逸らし、ウルフ様は先ほどまでの虚勢が嘘のように、だらしなく目尻を下げている。
「……ふぅ。……鎮圧、完了です。はい、二人とも『待て』。そのまま三十分、反省文を書きなさい。書けないなら、次の『なでなで』はリジェクトです」
「「……はい」」
二人の王が、同時にシュンと耳を垂らして(幻覚)頷いた。
その背後で、ダリアさんが「あぁ……『二頭のドM王の受け(オトコ)を飼い慣らすドS帝の攻め(漢)』……新刊のタイトル決まりましたわ……っ!」と新たな鼻血を噴き出し──、その一方で例の家臣が「ありがとうございます……! 王が、王が初めて女性に拒絶されませんでした……!」と涙を流して拝んでいた。
ナオミ、二十度目の大ピンチ。
どうやら私は、この国の「事務官」から、正式に「世界最強の飼育員」へとジョブチェンジしてしまったらしい。
(つづく)




