第27話 ウルフの誘惑「俺こそが真のレオンだ」
「……おい、事務官。少しこっちへ来い」
レオン様がダリアさんの鼻血の後始末……もとい、緊急避難の誘導で席を外した隙だった。
獅子王ウルフ様が、音もなく私の背後に立ち、逃げ場を塞ぐように壁に手をついた。いわゆる【壁ドン】というやつだが、相手が黄金の鬣を持つ巨漢なだけに、檻に追い詰められたような圧がある。
「……ウルフ様。パーソナルスペースの侵害です。あと、そのポーズ、腕の筋肉に無駄な負荷がかかっていますよ」
「ふん、相変わらず可愛げのない女だ。……だが、さっきの話、納得がいかねぇ」
ウルフ様は顔を近づけ、わざとらしく低く掠れた声で囁いた。
「名前なんて飾りだ。俺は狼の群れで育ち、狼の厳しい規律の中で生きてきた。……レオンのような、【狼の皮を被った『協調性ゼロのイタい狛犬野郎』】とは違う。……どうだ? 俺の方が、お前が求める【真の狼】らしいと思わないか?」
……。
静寂が流れる。
ウルフ様はキメ顔のまま、なぜかチラリと背後を振り返った。そこには、壁際で控えていたライオン顔の家臣が一人。
「……おい、今のセリフ、噛まなかったか? 『狛犬』のイントネーション、今の感じで合ってたか?」
「……ウルフ様、バッチリです。最高に野性味溢れておられましたよ」
「……そうか、よかった。よし、次は手の角度を……」
小声でヒソヒソと家臣に確認作業を行う獅子王。
……。
私は、ミスリル製鉄パイプをトントンと肩に当て、チベスナ顔でその「公開リハーサル」を見守った。
「……ウルフ様。一つよろしいですか?」
「な、なんだ! 驚いたか? 俺の野性に……」
「いちいち家臣に『今の合ってた?』って確認するの、やめてもらえますか。誘惑の鮮度が、在庫の売れ残りレベルまで落ちてます。そもそも、事前に鏡の前で三回くらいリハーサルしましたよね?」
「なっ……!? し、してねぇよッ!!」
(……おい、何でバレた!? 鏡、角度が悪かったのか!?)
「……ウルフ様、お静かに!」
私は深いため息をつき、ウルフ様の瞳を正面から見据えた。
「『俺の方が狼らしい』なんて、わざわざ家臣の顔色を窺いながら言っている時点で、ご自身のアイデンティティが迷子だって宣伝しているようなものです。本当に野性的な方は、そんな『プレゼン資料の最終確認』みたいな真似はしません」
「……最終確認……っ!?」
「いいですか。貴方は獅子の血筋を持ちながら、狼の規律を愛してしまった。その矛盾に怯えているから、そうやっていちいち正解を他人に求めるんです。……今の貴方は、狼でも獅子でもない。ただの【自分の立ち位置が見つからなくて、とりあえず格好をつけてみただけのイタいおじさん】です」
ウルフ様は、弾かれたように後退りした。
その顔は真っ赤になり、黄金の鬣がショックで心なしか萎れているように見える。
「ウルフ様。中身が迷子なら、まずはご自身の『内面在庫』を棚卸ししてから出直してください」
「なっ……! ウルフ様は耳まで真っ赤にして私から顔を背けた。
しかし──
ナオミ、十九度目の大ピンチ。
誘惑してきた猛獣を「要再教育の新人」として処理してしまったが、なぜかその家臣の方(いい歳したオッさん)が「うちの王をよろしくお願いします……!」という潤んだ瞳で上目遣いに私を見ているのが、一番納得がいかなかった。
(つづく)




