第24話 王妃教育? 拳で解決!
「……ナオミ様。その歩き方は何事ですか。もっとこう、風に揺れる花のように……
(本当は、その地を這うような重心の低い歩き方、最高にシビれるけれど……ッ!)」
筆頭侍女のダリアさんは、扇子で口元を隠し、冷徹な瞳で私を射抜いた。
王宮待女一の美貌と謳われる彼女の教育は苛烈だ。昨日、レオン様に小指をベタベタに甘やかされた疲れが残る私に対し、一分の隙もないマナー指導が続く。
「……あの、ダリアさん。事務職にとって、効率的な移動は基本です。書類の提出期限に間に合いません」
「口答えですか! その手に持っている、薄汚れた鉄棒も没収ですッ!!」
私の相棒が取り上げられた。だが、その時だった。
「ひ、ひぃぃ……! 助けて、ダリアさん!!」
部屋に飛び込んできたのは、顔を真っ青にした若い侍女たち。背後から迫るのは、厨房から逃げ出した「魔力持ちの巨大猪(在庫漏れ)」だ。
「な、なんですって!? 衛兵を呼びなさいッ!!」
腰を抜かしたダリアさんの目の前に、猪の鋭い牙が迫ったその瞬間――。
「……チッ。損切りよッ!!」
私はダリアさんの手から鉄パイプを奪い返すと、ドレスの裾を捲り上げ、猪の眉間へと肉薄した。
ドグシャァッ!!!
私の「事務職フルスイング」が炸裂。猪の頭に巨大なタンコブが立ち上がり、魔獣は一瞬で「姐さん、一生ついていくっス!」と足元に擦り寄ってきた。
「……ダリアさん、怪我はありませんか?」
私は返り血(泥)を拭い、腰を抜かした彼女の肩をグイと抱き寄せた。
その瞬間。ダリア様の瞳に、見たこともない激しい火花が散った。
(……ッ!? な、何この胸の高鳴り……。猪を屠るその眼光、返り血を浴びても揺るがない鉄の意志……。あぁ、この方は『王妃』などではない。私を、この腐りきった世界から連れ去ってくれる【孤高の若獅子】だわ……ッ!!)
「……ダリアさん?」
「あ、あ、あ……認めません! 認めませんわよ、こんな野蛮な解決法……!
(……至近距離! 姐さんの至近距離! 汗の匂いが、戦う女の香りがする……ッ! 抱いて! 今すぐこのまま連れ去って!!)」
ダリアさんは顔を真っ赤にし、私の胸元を激しく押し返した。
「……不潔ですわ! さっさとその汚らしい鉄棒を捨てて、お風呂へ行きなさいッ! 私は、貴女の教育記録(薄い本)を書くので忙しいのですッ!!」
「……教育記録?」
「そうです! 貴女とレオン様が、執務室で、こう、あんなことやこんなことを……っ(※鼻血を抑えながら)」
*
翌日。
私の「王妃教育」の時間は、なぜかダリアさんが「これは王宮の歴史を綴る演習です!」と言い張り、一心不乱に羽根ペンを走らせる横で、私がお座りした猪と一緒に待機するという、異様な空間になっていた。
チラリと彼女の机を覗くと、そこには――。
【銀狼の王と、鉄の守護者 ~事務机の下の秘め事~】
という、あまりにも不穏なタイトルと、私を完全に「男」として描いた、レオン様との絡み(BL)原稿が積み上がっていた。
「……ダリアさん。これ、私とレオン様ですよね? なんで私がレオン様を壁ドンしてるんですか?」
「……っ!! な、ななな……話しかけないでください! 今、最高に『受(レオン様)』の顔が上手く描けたところなんです! 貴女はそこで、その……強引な『攻め』のオーラを出して立っていればいいのですッ!!」
「…………(何この人、怖い)」
*
一時間後。
「……ナオミ様。先ほどの執筆、もとい演習で、汗をかかれたのでしょう? 淑女が獣の匂いをさせて執務室に戻るなど、断じて認めません。さあ、今すぐあちらの浴室で身を清めてくださいいッ!」
ダリアさんは顔を背け、厳しい口調で言い放った。だが、その頬は微かに上気し、私の脱ぎ捨てた上着を凝視している。
「あ、はい。……すみません、これ、汚れてるから後で自分で洗いますね」
「……っ! い、いえ! 貴女の手を汚させるわけには参りませんわ! 私が責任を持って……処分(保管)しておきますから、さっさと行ってくださいッ!!」
私は不思議に思いながらも、言われるがまま浴室へと向かった。
だが、替えの着替えを取りに、数分後――足音を殺して部屋に戻った私の目に飛び込んできたのは、衝撃の光景だった。
「……はぁ、はぁ……ッ! 嗅げる……吸えるわ……ッ! これがナオミ姐さんの、戦う乙女の……『野生の事務職』の香り……ッ!!」
そこには、私が脱いだばかりの上着に顔をうずめ、深呼吸を繰り返すダリアさんの姿があった。凛とした美貌はどこへやら、その表情は完全に「禁断の果実」を貪る背徳者に成り果てている。
「……ダリアさん。何してるんですか」
「……っ!!? な、ななな……ナオミ様ッ!!? こ、これは、その……繊維の強度を、鼻腔で確認していただけで……っ!」
「……それ、洗濯に回すんですよね?」
「……い、いえ! これは、その……あまりに尊い汚れがついているので、私の自室の特等席(祭壇)で永久保存……いえ、徹底的に洗浄を……っ!」
ダリアさんが慌てて背後に隠した先には、すでに私の「過去の脱ぎ殻(靴下片方など)」が丁寧に額縁に入れられて並んでいるのが見えた。
「…………(チベスナ顔)」
「……ち、違いますの! 私はただ、推しの……いえ、貴女の『生きた証』をアーカイブしているだけで……抱いてッ!!(※本音爆発)」
「……キモいわーーーッ!!」
ナオミ、十六度目の大ピンチ。
筆頭侍女が「公式最大手(変態ストーカーの推し)」へとクラスチェンジし、私の洗濯物が王宮の秘宝(非売品)になっているのを、私はドン引きしながら見守るしかなかった。
(つづく)




