第23話 傷跡の接吻(くちづけ)
「……ナオミ。動くなと言っているだろう。傷に障る」
「……あの、レオン様。これ、ただの『かすり傷』なんですけど」
王宮の私室。私は豪華な天蓋付きのベッドに、まるでお姫様のように座らされていた。
原因は、昨日の「世紀末モフモフヒャッハー集団」との乱闘……いや、一方的な在庫整理の際、鉄パイプを振り回しすぎて小指の皮を数ミリ擦りむいたことだ。
事務職にとって、指先は万年筆を握る命。だが、消毒液の一滴で済むようなこの小傷に対し、目の前の銀狼王は、まるで私が「死の呪い」にでもかかったかのような絶望的な表情を浮かべている。
「……私の失態だ。あの穴の外で、お前を一人で行かせたばかりに……。この白く、尊い指に……無骨な山賊の穢れた記憶を刻ませてしまった……っ」
「いや、鉄パイプの角にぶつけただけなんだけど」
しかしレオン様は私の言葉など耳に入っていない様子で、私の右手を両手で包み込み、宝物を扱うような手つきで引き寄せた。
そして、その傷跡がある小指の指先に、熱い、吐息が漏れるほどの深い接吻を落とす。
「ちょっと……レ、レオン様っ!?」
「……一晩だ。一晩、こうしていれば私の魔力で細胞の一つまで再生する。……離さん。一分一秒、お前の痛みを俺が吸い上げてやる」
そのまま、彼は私の指先を離そうとしなかった。
椅子を引き寄せ、私のベッドサイドに陣取ると、私の手を自分の頬に寄せ、狂おしいほど愛おしげに目を潤ませている。
(……重い。このワンコ、やっぱり愛が重すぎるわ……!)
最初は「キモいわー!」と蹴り飛ばそうとした私だったが、彼の瞳に宿る、本気で私を失うことを恐れているような「切実な光景」を見てしまったら、鉄パイプを握る手も緩んでしまう。
結局、その夜。
レオン様は宣言通り、一晩中私の手を離さなかった。
私がうとうとと眠りに落ちる間も、指先に伝わるのは、規則正しい彼の鼓動と、時折、祈るように繰り返される柔らかな唇の感触。
*
翌朝。
目が覚めると、小指の傷は跡形もなく消えていた。
……代わりに、私の右手には、一晩中握られていたせいで「レオン様のイヌ科特有の匂い」がこれでもかと染み付いていて。
「……おはよう、ナオミ。……ふふ、やはり貴様の手は、俺の宝物だな」
満足げに微笑む陛下を見て、私はチベスナ顔で、赤くなった耳を隠すように顔を背けた。
ナオミ、十四度目の大ピンチ。
事務職のスケジュール帳に、また一つ【ワンコ(王様)の過剰メンテナンス(精神攻撃)】という、処理不可能な残業記録が刻まれた瞬間だった。
(つづく)




