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ザ・ロイヤル・グンディ~王様ネズミはワガママかわいい~  作者: 三田春日
第三部:小さな砂の王国よ、永遠なれ
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幕間 知られていた寝物語

 はじめにお読みください

 この話には、自然災害および人の死を連想させる描写が含まれています。こうした内容が苦手な方は、閲覧をお控えいただくか、ご自身の体調と相談しながらお読みください。

──むかし、むかし、まだこの世界に、『かみさま』がほんとうにいたころのお話である。


 一匹の猫が、崩れたコンクリートの山の前にいた。不幸中の幸い、致命傷こそないものの、傷だらけで毛が抜け落ちている部分もある。数日前この家に引き取られた猫であるが、飼い主とその家族はかつて住宅だったコンクリート塊の下敷きとなり、出てくる様子はない。

 彼らといっしょに家の崩壊に巻き込まれた子猫が生き延びたのは、偶然だ。一階のリビングの太い柱のそばで寝ていたため、致命的な倒壊に巻き込まれなかった。小さな猫くらいなら通れる隙間からぬぐうようにはい出た子猫が見たのは、グシャグシャになった家の中のほうがマシともいえる光景であった。

 

 今は真冬であるはずなのに、吸うだけで肺の底まで焦げそうな空気で満ちていた。火の手があちこちで起こり、冬特有の乾いた風に煽られ炎の竜巻となる。火災は逃げ惑う人たちを容赦なく呑み込み、老若男女貴賤を問わず灰燼に帰していた。

 炎だけではない。地震、隕石の落下、津波、ありとあらゆる災害が世界中で同時に起きていた。宇宙が生物を拒絶しているかのような事態に、かつて万物の霊長と言われた人間も、なすすべなくその数を減らしていた。助けを呼ぼうと、子猫はみゃあみゃあ鳴いてみるものの、人が来る気配などない。迫る火の手の熱風に気付くこともなく、動くことなく鳴き続ける猫など、すぐに炎に巻かれてしまうはずであった。だが、非力な猫がこの日死ぬことはなかった。


『かみさま!ここです!』

 子猫の耳に、甲高い声が響く。物理的な声ではない。脳裏にじかに響く、不思議な声であった。

『さっきから、悲しそうに鳴いているんです』

 猫が、鳴くのをやめて声の響く方を向くと、そこには一匹のネズミがいた。普通のネズミとは違い、そのネズミは子猫とそれほど変わらない大きさをしており、リスのように長くふさふさな尻尾と砂色の体毛をしていた。そのネズミが、猫に近づくとクンクンと匂いを嗅ぎ、そして再び言った。


『君は、逃げないの?もうすぐここにも火が来るよ』

 この頃の猫は、言葉を理解できても発することはできない。困ったようににゃあと一声鳴いた子猫であるが、それでネズミには理解ができたようである。

『そうなんだ。君の家族がここにいるんだね……』

 その時、煙の向こうから、一人の青年がやってきた。中肉中背の身体に量販店のシャツとジーンズといういでたちで、とりわけ特徴がある外見はしていない。だが、その体には煤や灰は一切付着しておらず、熱風吹きすさぶ中であっても、まるで意に介していないようであった。


『かみさま!やっと来た。この子が、ここから動こうとしないんです』

 大きなネズミがその青年に言う。青年は軽くうなずくと、猫に向かい言った。

『こんにちは。……そうなんだね。君の家族がここにいたんだね』

 驚くべきことに、猫が何も話さなくても、彼は事情を悟ったようだ。家族のことを助けてほしく、にゃあん、と一声猫が懇願するかのように鳴いた。だが、『かみさま』と呼ばれた青年は、首を一振りする。

『君の家族は、もう生きていない。僕にはわかるんだ。……ごめんね』

 ほんの半日前まで、餌をくれ、一緒に遊んだはずの人たちが、もはやこの世にいないことを猫は信じることができなかった。悲し気に鳴く猫の横で青年がしゃがみ込むと、軽く猫の背をひと撫でする。

『そうなんだ。言葉で言い表せないよね。そうしたら、僕がここで一緒にいるよ』

『正気ですか!?避難させた動物たちのところに行かなくてもいいんですか!?』

 ネズミの驚く声に、彼は優し気な笑みを浮かべどこからともなく現れた杖を差し出した。一メートルほどの長さのシンプルな木の杖の先端には、人間の握りこぶしほどの大きさのキラキラ光る宝石がついている。火災で真っ赤に燃える空の下でもわかるほど、その石は虹色に輝いていた。


『アラビィ。この杖を持って、みんなのところに行ってほしい。君がしばらく守ってあげて』

『何を言っているんですか!?そうしたら、かみさまはどうするんですか!』

 杖を差し出す青年に、手を突き出して拒否をするネズミが叫ぶ。だが、彼は笑みを崩さず、再び答えた。

『僕は、大(・)丈(・)夫(・)。この子と一緒に隠れ家へ戻るから。だから頼むよ、アラビィ』

『……死んだら、承知しませんよ』

 そう言って、ネズミは杖を持つと、サッと去っていく。後には、子猫と青年だけが残された。彼は、そっと猫の横に腰を下ろして、優しく尋ねた。


『君は、何て呼ばれていたのかな?僕もその名前で呼んでいい?』

『……キジ』

『そっか。じゃあ、キジ。よろしくね』


 落乾(らくけん)亡坤(ぼうこん)の夜、と後に言われる日のことである。空(乾)が落ち、大地(坤)が滅ぶほどの大災害の起きた夜、この猫は、『かみさま』と一夜を過ごした。灼熱の風も、炎の竜巻も、この二人だけは滅ぼすことができず、過ぎ去るのみである。


***


 地獄のような一晩を過ごし、キジは『かみさま』についていくことにした。ほかに行き場などない。『かみさま』というにはほっそりとした腕に抱えられた子猫は、とある廃墟の中にある『隠れ家』へと招き入れられた。


『みんな!新しい子が来たよ』

 隠れ家に入るなり、彼が言った。中は、不思議と広く清潔であった。キジの足では何日あってもめぐり切れないほどの広さの室内には、滾々と清らかな水が湧く泉と、うっそうと生い茂る植物が生えているのだが、それすら中にいる生き物たちの様子に比べれば驚くには値しなかった。

 白い毛の馬が寝転ぶ側では、猛獣であるはずのライオンが同じ姿勢で休んでいた。目の前に草食動物がいるにもかかわらず、ライオンは襲うどころか、仲間であるかのように身を寄せようとしている。その横をゆっくりと逍遥する巨大な犬の背には、たくさんの鳥が止まっており気持ちよさそうに揺られていた。

 キジの見たことのない生き物も数多くおり、目を回していると、『かみさま』は不思議そうに首をかしげる。


『大丈夫?もしかして、いきなりでびっくりしたかな?』

『それは、そうですよ。ライオンやトラ、ドラゴンまでいるじゃないですか』

 最初に出会ったネズミが、近づいてくると『かみさま』にあきれたような声で答える。彼は、何やら得心したように頷くと、子猫をゆっくりと地面に降ろした。


『それも、そうだね、アラビィ。ところで、頼みがあるんだ』

『この子——キジ——にこの場所を教えてあげる、ですか?』

『あはは。ご名答。さすがアラビィだね!』

『それは、大丈夫ですけど。もしかして、また出かけるのですか?』

 軽々しくうなずく『かみさま』へ、アラビィがため息をつくかのように首を手前に振った。

『少しね。やらないといけないことも多くてね』

『止めても無駄でしょうし。どうか、お気をつけて』

『ありがとう、アラビィ。それじゃあ、キジ。またあとでね』

 キジの頭を軽くなでた『かみさま』は、踵を返して扉から出ていった。


『いっつも、かみさまはあっちこっちいって大変だねぇ』

 不意に一頭のイノシシが声をかけてきた。キジの何倍もある巨体とは裏腹の穏やかな声に、アラビィも相槌を打つ。

『もっと、私たちに頼ってくれてもいいのに』

『ほんとうにそうだねぇ。ところで、このちっちゃな子が新入りさんかい?』

 声を掛けられたキジは思わず、飛び上がる。その様子が面白いのか、イノシシがクツクツと笑った。

『おやおや。豆が弾けるような跳び方だねえ。そんなに驚かせちゃったのかい?ごめんねぇ』

 その声と共に、イノシシは軽く鼻から息を吐いた。大した勢いではないものの、キジは飛ばされないように地面に爪を必死に突き立てる。

『こんどは、引っ付き虫のようだね。本当にかわいい子猫ちゃんねぇ』

『エヴァ。キジをからかうのはやめてあげなさい』

『そうかい。本当にごめんねぇ』

 ネズミのアラビィとイノシシのエヴァが言い合っているうちに、キジたちの周りに動物が集まってきた。空を飛ぶ生き物から海の生き物、果ては空想上のはずの生き物まで、様々な生き物が近寄ってきては鳴き声や脳裏に直接響く声で歓迎している。

 アラビィが、キジのほうを向くと、この空間にいる生き物はすべて子猫のほうを眺めた。少し恥ずかしくなったキジに、アラビィがチュルルと鳴きながら言った。

『改めて、ようこそキジ!かみさまの隠れ家へ!』


***


 最初こそ、人見知り気味であった子猫のキジも、慣れるまでには一年もかからなかった。隠れ家の植物の実は、キジのような肉食の生き物でもおいしく食べられ、しかも無尽蔵に生えてくる。『かみさま』が作ってくれたというこの食べ物のおかげで、肉食動物でも、他の生き物を襲わなくてよいのである。

 ここにいる生き物たちは、みんな親切であった。後で聞いた話であるが隠れ家にいるのは、ほとんどが行き場をなくしていたときに招かれたり、落乾(らくけん)亡坤(ぼうこん)の夜逃げ惑っている時に『かみさま』に拾われた生き物であった。とりわけ、ネズミのアラビィはキジを良くしてくれた。


『なんで、アラビィはここに来たの?』

 泉のほとりでくつろいでいたキジは、アラビィへ聞いた。ここへ来た時よりふた回りは大きくなったキジの背中でくつろぐアラビィが、のほほんとした表情のまま、答えた。

『んー。私って、仲間たちの最後の一匹だったの』

 何気なく言ったアラビィの衝撃的な言葉に、キジは驚いたように目を見開く。だが、そんなの気にしていないように、アラビィが続けた。

『かみさまによるとね、私の種族はパラミスっていう動物の末裔らしいの。ずっとずっと昔からこっそりと生き延びてきたんだけど、十年くらい前にとうとう私の家族だけになっちゃってね』

『そ、そうだったの……』

 アラビィはキジの背中から降りて、泉のほとりに立った。それから、水に映る自分の姿をまじまじと見つめる。

『気が付いたら、親も兄弟もみんないなくなっちゃって。私一人でどうしようもなくなった時に、かみさまと出会ったの』

『ごめんね、辛いことだっただろうに』

『いいの!こうやって、今ではみんなで過ごせているから!』

 キジは、アラビィの体を包むように身を寄せた。しばらくそのまま、お互いのぬくもりを感じていると、唐突に泉の中から明るい青年の声が響いた。


『そうだよ!湿っぽい話はナシだ!アラビィにキジィ!』

 水面が波打ち、水中から一匹のイタチザメが顔を出した。ノコギリのような牙と青白い巨躯をもつ彼は、容貌こそ恐ろし気であるが実はこの隠れ家の中で一番陽気な生き物であった。

『マノ!出てくるときは、一声言ってよ!』

『わりいわりい!重たい話は苦手でな。つい、飛び出ちまったぜ!ほれ、詫びの海(・)く(・)だ(・)も(・)の(・)』

 そういって、マノと呼ばれたサメは、この泉の中にしか生えていない果実をいくつかアラビィとキジへ渡した。この果物は、陸に生えているものとはまた違う風味をしており、キジの好物でもある。

 キジとアラビィ、マノが海くだものを食べていると、他の生き物もやってきた。彼らにもくだものを渡すと、たわいもない話が咲き誇る。

 

——キジは、幸せであった。

 外から帰ってきた『かみさま』の顔色を見ると、依然として隠れ家の外が厳しい環境であることは容易に想像がつく。だが、優しい『かみさま』とその仲間たちに囲まれ、外の地獄など気にすることなく日々を過ごしていた。


***


 時はさらに流れる。数年かけて魔法を学習したキジも、『かみさま』の手伝いをすることになった。

 外は、キジの想像以上に悲惨な世界と化していた。どのようなことがあったのか、昼であるにもかかわらず空は赤黒く染まり、人類の黄昏とでもいうべき光景が夜以外は広がっていた。吸うべき空気にも毒が混ざっているのか、息をするたびに喉が焼けるようなヒリつきを覚える。

 人心の荒廃具合はそれ以上である。『かみさま』が言うには、人の数は最盛期の頃の一万分の一にも満たないらしい。がれきの撤去すらロクに行われていないのか、キジが隠れ家に来るまでに通った道は以前とほとんど変わらない荒れ具合であったため、数年越しに来たのにすぐ道順が分かったくらいであった。文明の維持は不可能となっており、がれきの中から有用なものを漁って何とか生活をしていた。


『かみさま、僕はわかりません』

 ある時、キジは『かみさま』に尋ねた。『かみさま』と動物たちは、食料や医薬品、それに様々な物資をもって付近で生き延びる人間のもとを訪ね歩いている。『かみさま』一行が襲われることはめったになく、彼の力で襲撃者は瞬く間に追い払われた。それでも、やはり隠れ家の外へ出るのは緊張する。

 そんな緊張をほぐすために、キジは横を歩く『かみさま』へ常日頃抱いている質問を投げかけた。


『どうして、かみさまは人間を助けるのですか?』

『ん?困っている相手を助けるのは大切なことだと思うよ』

『そんなことわかっています。ですが、彼らは感謝どころか、足りないと不満を漏らしたのですよ』


 『かみさま』はがれきの下で何とか生き延びている人間へ食料を支援し、ケガや病気を治しているのだが、一度も感謝されたことはない。今日訪れた集落もそうであった。やれ足りないだの、もっと早く来いだの罵声を浴びることすらあるのだが、『かみさま』は言い返すことなく黙って支援を行い、そそくさと去っていく。

 別に見返りが欲しいわけではない。隠れ家にあるもので十分こと足りており、原始人同然の生活をする人間たちからもらってうれしいと思えるものなかった。だが、罵声を浴びせかけた相手にさえ無償で手助けを行う『かみさま』の行いは、キジにとってはよくわからなかったのだ。


『彼らは、かみさまの厚意に甘えているだけです。せめて、感謝の言葉くらいあってもよいのではないのでしょうか?』

『キジは、感謝してほしいのかい?』

『そういうわけではありません。ですが、それくらいあっても然るべきことを僕たちはしています』

『あはは、キジは率直だね。でも、彼らは一日一日が生きるか死ぬかの瀬戸際なんだ。そんな彼らから、たとえ言の葉ひとつでももらおうとは思うべきではない、と僕は思うんだよ』

 キジも、それには頷く。汚れきった大地と時おり降る瘴気交じりの雨では真っ当な穀物は育たない。人間たちはわずかに生えてくる雑草とがれきの中に埋まるいつの物か分からないような缶詰を主食としていた。それですら、食べることができるのは二日に一度、死なない程度のささやかな量で命をつないでいる。隠れ家で満足いくまで食事ができるキジたち動物のほうが、よほど文明的な生活を送れている。


『それにね。僕はそれほど感謝されるべき人間ではないんだ』

『何を言っているのですか!かみさまがいなければ、僕たちはここにはいないんですよ』

『それもそうか。僕も、キジたちに会えてうれしいよ』

 何かはぐらかされた気持ちになるが、キジはそれ以上何も言わなかった。

『かみさま』の過去は、謎が多い。いつからいるのか、なぜ人間を助けるのか、なぜ動物たちだけ隠れ家で匿うのか。キジが聞いても一切教えてくれず、はぐらかされる。最も古参であるアラビィやドラゴンのワンルーでさえ、深くは知らないと言っていた。


『さあ、行こうか。次の場所は子供が多いらしい。さっき以上に忙しくなるよ』

 『かみさま』の言葉にキジとその仲間が鳴き声で応える。助けを求める人はひしめいているのだ。


***


 時はさらに、幾百年も流れた。

 隠れ家にいる生き物はみんな長生きになるのか、『かみさま』と一緒にいると寿命が延びるのか、あるいは別の理由かは分からない。

 普通の猫ならあり得ないくらいの、悠久の時を過ごしたキジのここ数百年の心配は、『かみさま』の具合であった。


 昔は多くの生き物でひしめいていた隠れ家も、今では、『かみさま』の直弟子といってもよい十三頭の生き物しかいなかった。そんな直弟子も、世界中を駆け巡っているため、一堂に会する機会はめったにない。そんな隠れ家で床に臥せている『かみさま』をキジとアラビィは甲斐甲斐しく介護していた。


『すまないね』

 青白い顔をした『かみさま』がやせ細った腕を上げる。その手を取ったアラビィが、そっと泉の水が入ったコップを手渡した。ひと口冷たい水を飲んだ『かみさま』は、顔の横でじっと見つめる猫へ質問をする。

『外の様子はどうだい?』

『みんなと、何よりかみさまのおかげで、随分と良くなりましたよ』

 落乾(らくけん)亡坤(ぼうこん)の夜から千年は経っているが、外の世界はいまだに混迷を極めている。それでも、人が普通に生きることができる程度には空気は浄化され、大地に播いた穀物は芽を吹くようになった。かつての文明を取り戻そうとする動きも、一部ではあるもののみられる。


『ふふっ。キジは嘘が下手だね。そんなに瘴気をプンプンさせて帰ってきて、そんなこと言っても説得力がないよ』

 そう言って、立ち上がろうとする『かみさま』をキジとアラビィが引き留めた。

『かみさまは休んでいてください。あなたがいなければ、この世界はまたあの日のようになってしまいます』

『そんなことはないよ。僕はそんな重要な存在ではない』

『お戯れを。この世界を良くしたのは、あなたです。どうかご自覚をお持ちになってください』

 押しとどめる二頭の力に根負けしたように、『かみさま』は再び横になる。不安でいっぱいになるキジは、彼が眠りにつくまでずっと横で見守っていた。


『かみさまが心配だよ、アラビィ』

 木の実を食べながら、キジが言った。この隠れ家には、休んでいる『かみさま』を除くとキジとアラビィしかいない。三人だけの空間には、どこからともなく吹くそよ風にざわめく音だけがする。

『分かっているよ。何とかしたいんだけどね』

 アラビィとキジが手を尽くしてみたが、『かみさま』が力を取り戻す様子は一向にない。二人の成長を『かみさま』は喜んでくれはするものの、肝心の効果については文字通り気持ち程度でしかないことは、二人が一番わかっていた。


『キジも、また行かないといけないんじゃないの?』

『大丈夫。猫たちはみんな、自由にやれているから。それに、僕が守っている場所の人たちはみんな賢いから僕がいなくても何とかなるんだ』

 かつては小さな子猫であったキジも、今では普通の猫の何倍もの大きさとなっていた。体の大半を覆う白い毛並みは上質な絹を連想させ、黒い模様は底知れぬ宇宙のような暗く滑らかに輝いている。魔法への造詣は弟子たちの中でも一二を争うほど深い。それでいて力を惜しみなく注ぎ大地を守るキジを、大猫さまと崇める人や動物もいるくらいである。

 

『ふふっ。キジも成長したね。ここへ来たときは、ミーミー鳴くことしかできなかったのに』

『そんなアラビィは、初めて会ってから、ずっと成長していないね』

『ふんだ!私はもう成長しきっているんだから!』

 アラビィが胸を張りながら反論するのを、キジはほほえましく眺める。小柄な見た目に反して強力な魔法を使いこなすこのネズミは、他の動物たちとは異なり特定の場所に拠点を置くことなく、『かみさま』の世話に励んでいたのだ。


『なら、ネズミたちのこともしっかりと見守ってあげないと。外の子たちが、アラビィのことを待っていたよ』

『あの子たちは、みんな適当に過ごしているから平気だよ。私たちはそういう暮らしをしているんだから』

 少し誇らしげに、語ったアラビィを、キジは優し気に見つめる。隠れ家には、心地よい風が吹いた。


——この会話が、二人での最後の憩いとなった。


***


『あれ以来。すっかり変わったねぇ、キジ』

 イロハが取り出した杖を、この場にいる生き物が注目していた。イロハの口を借りて話している、王様(クニギン・)猪(エバール)はどこ吹く風といった様子で、サナエの後ろに佇む黒い影へ語り掛けていた。

『五万年も経てば、仕方ないけどねえ。もうちょっと、どうにかならなかったかい?』

『ダマレ!カミサマヲミステタクセニ!オマエモアラビィモ!』

『見捨てたわけじゃないよぉ。この杖が何よりの証拠さ』

 イロハの手の中の宝玉が、生物園の常夜灯に照らされ赤く煌めく。原初の猫の影が、その輝きに押されたかのように震えた。


『その通りだ。原初の猫よ』

 王様グンディの声が、サトシの足元から響いた。

『その杖こそ、余が贖うべき祖先の宿業(しゅくごう)の証である。その杖を再び見つけ、そなたへ届けることこそ、余の一族の真なる使命であったのだ』

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