爽夏島の暗澹な青年
「丑前くん、楽しんできてね」
ハーウィへ行く前日、サトシの業務が終わり、帰り支度をしていたとき、サナエがそう言ってくれた。
「お姉さんとも会えるって言っていたし、少し、気晴らしになるとよいね」
サトシは、何も言えずに、軽く作り笑いを浮かべると、うなずいた。
帰り際に、もう一度展示ルームを見てみる。そこには、表面上は何も変わらない、きな粉色のグンディたちがいた。すでに消灯しているが、夕暮れ時に活発に動くグンディたちは、餌を探したり追っかけっこをして楽しそうにしている。
『行ってきますね。お土産、楽しみにしていてくださいよ』
サトシは、心の声で語り掛けるが、グンディたちは何も返さない。このひと月ほど、語り掛けても何も返事はなく、ただ空しくサトシの思いが虚空に消えている。
崩壊した王国を見捨てるようで、やるせない気持ちがあると同時に、それでもハーウィ旅行を楽しみにしている自分がいることがサトシの心を重く沈ませていた。
***
──きょうはいいてんきだ
ぼくは、なかまと一緒に外に出た。
はいいろのおそらにそれより低いたいようが三つ。この前、大きな生き物が一つ増やしてくれたんだ。きっと、あの大きな生き物はかみさまなんだろう。
おうちの中でなかまといるのもいいけど、たいようの下でかさなるのはだいすき!
このふしぎな岩にねそべると、せなかだけじゃなくておなかもぽかぽかになるんだ。
このせかいには、いいことだらけだ。ぼくたちを守ってくれるかみさまとにおいしいご飯にたくさんの隠れ家、それに素敵ななかまたち。
このまえ、ひとりなかまが増えた。ぼくと同じ匂いのするおちびちゃんだ。いつもは別の子のそばでちゅるちゅると鳴いている。ときどき、ぼくのそばに来て、そっと小さな頭を寄せて甘えてくるのがすごく気持ちよいんだ。
でも、時々、ほんとうに時々さみしくなる。大きなまるのようなすてきななかまたちとの世界になにかたりないきがする。忘れてはいけないようななにかなのに、考えてもなにもわからない。
ぼくのちっちゃなあたまのなかのモヤモヤを払うように、脚の指にある櫛のような毛でからだを掻いていると、だれか来た。
ぼくたちがおきるころ、大きな生き物がやってくる。きょうはぼくたちとよく似たにおいの大きな生き物が来た!
別の大きな生き物と似た見た目なのに、ぼくたちとにおいがおなじで、とってもあんしんできるんだ!
その生き物がぼくを見ながらなにか鳴いている。とてもかなしそうで、なにかをいいたそうで。でも、ぼくらにはわからない。
わからないのに、なんかかなしくなってきた。わからない。
わからない、わからない、わからない……
ぼくは、わからないことだらけだから、もういちどからだを搔いた。
***
『当機はあと一時間ほどで、目的地のハーウィ、ホノル国際空港に着きます。なお、およそ三十分ほどいたしますと、着陸態勢に入ります……』
そのアナウンスで、周りの人たちは目的地が近いことを知り、顔を明るくさせた。慌てて、最後の手洗いを済ませようと立ち上がる女性、ハーウィのガイドブックを確認する家族、ブライダル会社のロゴの入ったボストンバッグから入国書類を出そうとするカップルなど様々だ。
だが、その中でサトシは浮かない顔をしていた。おいしくもない機内食や、狭いエコノミークラスが気に食わなかっただけではない。
先月起きたことが、一切解決しないまま、流されるままここに来たことがいまだに脳裏に重くのしかかっていた。
***
サトシがメウェの死産を知ったのは、事件のあった一週間後であった。その日、久しぶりに生物園に来たサトシは、入った途端妙な違和感を感じた。
あえて例えるなら、自分の知らない間に改築した実家へ足を踏み入れたような、そんな疎外感と不安に入り口から入ったサトシの心をサッと舐められたような気がした。
『あれ?おはようございます、王様!聞こえていますか?』
逆立つような不安から目をそらすようにサトシは王様グンディへ挨拶をする。だが、それに返ってくる返事はなかった。今までのような、嫌味交じりの、あるいは鬱陶し気な声すらないことに疑問が少しずつ膨らみながらも、サトシは四階の職員専用の休憩室へ向かう。
──そこでサナエから、グンディたちの身に起きた悲劇について聞かされたのだった。
「嘘……ですよね……」
話を聞いたサトシは、自分の体から血潮が引く音が聞こえた。何かの悪い冗談だといっそのこと言ってほしかったのだが、サナエの重い顔が真実であることを証明していた。サトシは、着替えさえせず休憩室を飛び出し、グンディたちのいる展示ルームへ駆けつけた。
『メウェ!王様!』
サトシは必死に呼びかけるが、それに答える声はなかった。
『なんで、何も話してくれないんですか!ふざけたことはやめてくださいよ!?』
ガラスに近づき心の声を荒げるが、グンディたちは何の反応もしない。後ろ足で体を掻いたり、軽くあくびをしたり、平時のように振舞っている。
『僕が何もしなかったからですか!ねえ!聞こえているんだろ!』
サトシは、本当に声を張り上げる寸前まで内心絶叫するが、グンディたちはまるで何も聞こえていないように重なり合い和んでいた。
「丑前くん、悲しいのはわかるけどそんなことするとグンディたちが驚いちゃうよ」
ガラスを叩く寸前までなっているサトシを、後ろからサナエがたしなめるように声をかける。どうして急にグンディたちが話さなくなったのか、まるで見当がつかないが、サトシは別のことに気付いた。
(あれ?……メウェは?)
展示ルームには、王様グンディとアンドレとミルフィがいるが、一番小柄なメウェの姿はなかった。サトシは、振り返ってサナエに聞いた。
「あの、メ……一番小柄で、この前流産したグンディはどこですか?」
「……こっちに来て」
そう言って、サナエは展示ルームにつながる控室のドアを開けた。サトシが中に入るのを見たサナエは、さらに奥にある棚を指さした。そこには、ケージに入った小さなグンディがいた。
グンディは、不安そうに、ケージをうろついている。時おり、悲しそうにチュルと低く短い鳴き声を出している。
「そんな……」
あれほど、優しく気の利いたメウェは、子供と王様グンディたちに囲まれるどころか、一匹だけケージの中でさみしそうに過ごしている衝撃に打ちのめされていると、サナエが驚かせないようにそっと言った。
「この子ね、土岐坂先生の治療を受けて何とか回復したの。でも、そのせいで群れから出すことになったの」
「戻せないんですか?」
「難しいね。一度群れからでたグンディは他人になっちゃうから」
グンディは群れをつくる生物であるが、非常に神経質である。もし、群れに見知らぬ同種が入ってきたら、追い出そうと容赦なく攻撃をする習性があるのだ。
「そんな、でもあんなに仲良しだったんですよ。入れたらきっと元に戻りますよ」
「言いたいことはわかるよ。でもね、無理に入れようとして、群れが崩壊することもあるの。そうしたら、グンディの展示は終わりになる。だから、それはできないの」
あの、王様グンディたちのことを知っているサトシはそれでも何とか言おうとするが、サトシに王様たちのことを言わずに伝えることはできなかった。
「この子も、時間をかけて群れに戻せるようにはするから。わかってほしいな、サトシくん」
がっくりと肩を落とすサトシを労わるように、サナエはその肩をポンポンとたたく。その様子を、ケージの中のグンディが、首をかしげてみていた。
その午後、イロハが生物園にやってきた。
「丑前さんも、ですか……」
サトシがグンディたちと会話できなくなったことを話すと、イロハも顔を曇らせた。彼女もまた、あれ以来、王様グンディたちの声が聞こえなくなっていたのだ。
「なんで、なのだろうね」
「分からないです……」
休憩と称して、サトシとイロハは庭園の池のほとりにある四阿で話していた。
「でも、ごめんね。迎江さんにばかりいろいろとやらせて」
「いいんです。丑前さんも忙しいってサナエさんから聞きましたから」
落ち込むサトシへ慰めるようにイロハが言った。
「でも、メウェが無事なのが分かってよかったです」
イロハが少しでも明るい話をしようと言った。メウェが今隔離されているケージは来園者からは見えない場所にあり、イロハはその所在が分からなかったのだ。
「そうだね。ほかの職員の人も、群れに戻す方法を考えてくれているみたいだけど、なかなか見つからなくて」
グンディは匂いでのコミュニケーションを大切にする。一度、群れの匂いがとれたグンディを再び群れに戻す方法がないか、論文をあさったり、グンディを展示している他の動物園に相談したりしているのだが、事態を好転させるようなアイデアはなかった。
重くのしかかるような空気を変えようと、サトシは別の話題を出した。
「迎江さんも、塾大変じゃないの?この前、大変なことがあったって聞いたんだけど」
「ありがとうございます。あれ以来、何事もなく、無事に通えています!」
王様グンディが何をしたのかはサトシにはわからなかったが、それが良いほうへ向かったのは間違いないようだ。あれほど、ワガママに振り回されていたのに、いまやどこか懐かしい気持ちさえ芽生えている。
「そう言えば、丑前さんのお顔はネズミさんのままなんですね」
そう、王様グンディは話せなくなり魔法も使えないが、サトシの呪いは良くなる兆しはない。日に日にグンディ化していく呪いは、王様の言うことが正しければ、あと数ヶ月でサトシは完全にグンディになってしまう。
「はあ、王様もせめて呪いを解いてからにしてほしかったな」
「そんなことないですよ。きっと、それが王様と丑前さんをつないでいると思いますよ」
「そうだといいんだけどね」
そう言って、二人は今日生物園に来て以来初めて笑いあった。すでに日が傾きかけている九月の庭園は少しだけ黄色く輝いていた。
それ以来、サトシは仕事のたび王様グンディに話しかけた。十月になって学校が始まって、仕事がない日でも頻繁に来園しては話しかける。だが、グンディが返事をすることはなかった。
そんな中で、良いこともあった。九月の末にアンドレが子供を出産したのだ。メウェのことがあったためか、土岐坂先生がマメに診に来てくれたおかげで今度は無事に生まれ、母子とも健やかに過ごしている。
展示ルームと生物園に少しにぎやかさが戻ったが、王様がサトシに語り掛ける様子は全くない。そうして問題は何も解決しないまま、サトシがハーウィ旅行する日になったのだ。
***
飛行機を降りると、現地は朝の十時前だった。乗る前の肌寒い空気はどこにもない。わずかに蒸した夏の空気と、ハイビスカスを連想させる華やかな香りが島に来た客を包み、ここが異国であると悟らせる。
「サトちゃん、着いたわね!」
キャリーケースを引くサトシの横で、すでに南国用のシャツに着替えた母がはしゃぐ。何度も来ているとはいえ、このボーディングブリッジに降りる瞬間は特別なのだろう。
「母さん、はしゃぎすぎだよ。」
サトシが少し恥ずかしげに言うが、母親は笑顔を崩すことはない。
「だってぇ、久しぶりのハーウィじゃない!私、このためにアルバイトをしているのよ!」
丑前家のハーウィ好きはすさまじいものがあった。収入も多くない中、決して安くないハーウィへの家族旅行を、数年に一度は必ずするのだ。特に父親などは、そのために生きていると言ってもよいくらいだ。それに、今回のハーウィ旅行は、丑前家の人たちにとっては、さらに特別な意味があった。
「それに、アキちゃんの婚約者とも会えるのよ!ああ、楽しみね」
入国審査を受ける建物まで行くウィキ・ウィキ・バスに乗りながら、母親が言う。ひと月くらい前にアキコから婚約の連絡を受けた母親は、最初こそ不安そうにしていたものの、一緒に写っていた婚約者の姿を見て、そのカッコよさにすっかり舞い上がっていた。
「何が楽しみ、だ。まったく、どうやってあのアキコをたぶらかしたのか」
こちらも、機内でポロシャツに着替えた父親が、ぶぜんとした顔で言う。四捨五入すれば六十になる彼は、頭頂部が禿げた頭をパナマ帽で隠していた。近頃さらに大きくなった太鼓腹を立たせながら、勝手に婚約を決めたアキコへ、彼は飛行機に乗る前からずっとプリプリしていた。
「アキコにも一言言ってやらないとな。一体全体研究中に何しているんだ、と」
「あら、あなただって、昨日ギリギリまで着る服を悩んでいたじゃない」
「馬鹿を言うんじゃない。俺はただ、ハーウィにあう服を探していただけだ」
夫婦漫才を横で聞きながら、サトシはぼんやりとバスの窓の外を見ていた。
──グンディみたいな丸い雲が、一つ気持ちよさそうに浮かんでいる。
バスから降り、ずらりと並んだ入国審査も無事終わり、バゲージクレームを流れてきた荷物を受け取る。航空機が到着して一時間以上経ちようやく空港の外に出るためのドアを抜けると、そこは強烈な日差しが降り注ぐハーウィの地であった。異国の言葉が飛び交い、本邦とは違う香りのする風がサトシの鼻腔をくすぐる。その空気の先には、二年ぶりに会う姉の姿があった。
「ハロー!無事これたみたいだね!」
白地にブランドのロゴ入りのタンクトップに、デニム生地のホットパンツをはいたアキコがサングラスを外すと、目を細めて手を振ってきた。
「アキちゃん!久しぶりー!」
姉と母が、喜色満面でハグをする。数秒間そのまま固まった二人は、やがて顔を見合わせて微笑むと、もう一度ハグをした。
最後に見た時のアキコは、軽薄すぎないギリギリを攻めた小洒落たアクセサリーを身に着け、ケアを欠かしたことのない血色良い肌と、背中まで伸びた黒いストレートヘアをしていた。しかし、年単位のフィールドワークで随分と焼けたのか、今のアキコはうす小麦色の健康的な見た目となっている。やや波打つロングヘアを耳より高い位置でポニーテールとした彼女は、自国にいた時の明るくしかし真面目な雰囲気から、快活な南国の女性へと変わっていた。
「アキちゃん、ちゃんと日焼け止めクリーム塗っているの?そんなに日焼けするとお肌に悪いわよ!」
「ママってば、過保護なんだから。ケアしてますよー!」
そう言うと、今度は父親とサトシの方を向いた。
「二人とも久しぶり!元気!?」
「ふんっ。お前も元気そうじゃないか」
「もちろん!久しぶりにみんなに会えるんだから、サイコーだよ!サトくんも元気?」
「えっ?あっ、もち……ろん……」
歯切れの悪いサトシに一瞬首をかしげるが、すぐに笑い顔に戻ったアキコは、後ろに留まっているSUVを指さして言った。
「あそこに留まっているのが、ロパカの車だよ!彼がホテルまで運転してくれるってさ!」
「皆さん、初めまして!私、ロパカ・カラオロアといいます!」
SUVに近づくと、運転席からサングラスを付け、アロハシャツにショートパンツを着たココア色の肌をした男性が降りてきた。サトシより十センチは高い身長に肩まで伸びたボサボサな黒髪、そして筋骨隆々なその姿は、まるで歴戦のサーファーのようであった。
「あら、素敵!日本語がお上手ね」
「アニメで習いました!それと、このアキコ大先生からも!」
「あらら、アキちゃんが教えてくれたのね!すごいじゃない!」
ロパカと母親は握手しながら、楽し気に話す。サトシの母親はこういう時に、物おじせずグイグイと突っ込んでいくのだ。
「あなたが、アキコの父さんですね。初めまして!」
「……初めまして」
ロパカは、不機嫌そうな父親に手を向けた。父親も渋りながらも握手を交わした。
「で、君がサトシ君!確かに、アキコの言う通り、面白そうな人だ!」
「へっ?僕が!?」
サトシもロパカと握手を交わしながら、思わず聞いた。真面目そうと言われることは多いが、面白そうという評価を受けるのは、ほとんどなかった。
「そう。オッケー!荷物、載せますね!」
そうしてロパカは、車の後部へ向かった。
「サンキュー、ロパカ!そしたらサトくんも、手伝ってくれない?」
サトシは頷き、持っているトランクとキャリーケースを車の後ろに持っていく。ロパカは、リアゲートを開けてすでに待っている。サトシから荷物を受け取ろうとした時、彼は、周囲に聞こえないような声で囁くように言った。
「君、面白い呪いにかかっているね」
サトシは渡そうとしたトランクケースを思わず落とした。今までイロハにしか指摘されていなかったことを当たり前のように言われ、サトシは凍り付いた。
「えっ……ど、どうし……」
「見ればわかるよ、その顔」
落ちた荷物をキャッチして車内に積みながら、ロパカはサングラスを外した。彼のブラウンの目がサトシの顔面をマジマジと見ていた。
「そんなに悪い呪いじゃないように見えるね。多分、力のある動物か動物霊にやられたんじゃない?」
「な、なんで……わかるんですか!?」
震える声でサトシが聞くが、ロパカはなんてことないかのように言った。
「カフナ・プレ、あー、日本語だと、祈祷師!そのカフナなんだ、僕の家族。だから、呪いとかまじないはよくわかるんだ」
硬直するサトシを横に、荷物を載せ終わった彼が言った。そうして、ロパカはニッコリと笑った。
「やっぱり、アキコの家族、面白いね!色々と話を聞かせてほしいな!」
***
「それで、ロパカとは、ハーウィの王朝を調べていた時に出会ったの!」
ハイウェイを走る車の中で、助手席のアキコが話す。
「すっごい偶然で、スコールの時に一緒に雨宿りしていたロパカが、何と文献を借りに行った家の人で、本当にびっくりしたんだよ!」
「あら、すごいじゃない。本当にロマンチックな出会いじゃないの!」
母親は楽しそうに答える。まるで、小説かドラマのような話にすっかり夢中になっていた。
「あのときは、お告げがあったんだ。あの日雨の中で出会う人と、生涯を共にするって」
「お告げ!?なんだ、それは?」
父親は胡散臭そうに言う。それを気にするでもなく、ハンドルを握るロパカが言った。
「アウマクア、あー、家族を守る守護神です。私たちを見守り、導いてくれると言われています」
「その、あう、あうまくあ?とやらがそう言ったのか?」
「そうです。私の家の場合は、マノとイオレ・リイリイがアウマクアなんです」
「あー、ハワイ語でシュモクザメとハツカネズミ、だね」
「へえ、そんな動物が守護神なのかしら!?」
母親が驚いた声を出すと、アキコが笑いながら言った。
「ハワイの人たちは、守護神は動物や人、物はもちろん、場合によっては天気にまで変化して人々を守ってくれているって信じているの。だから、そんなに珍しい話じゃないよ!」
「なるほど、そのサメとネズミがそんなことを、知らせたんだな」
「ちょっと、お父さん!そんな言い方ないでしょ!ごめんなさいねロパカさん、この人少し疲れているみたいで」
「いえいえ。よく言われますので。でも、アウマクアのおかげで、こんなに素敵なアキコと皆さんに会えました」
そう言って、ロパカは嬉しそうに笑う。父親は、フンと鼻を鳴らし横を向いたが、まんざらでもない様子であった。
そうして、ハイウェイを降りた車は、しばらくワイキというリゾート地のさらに目抜き通りであるカラカウノ通りを走る。数分後、道路に面したタワー型ホテルのエントランスに止まった。ロパカは、バレーサービスのスタッフに英語で話しチップを渡すと、スタッフは車のリアゲートを開け、荷物を下ろし始めた。
「いいホテルですね」
「でしょ、パパたちがハーウィに泊まるときはいつもこのコンドなんだよ!」
ワイキ・オーシャン・タワーは、ホテルというよりはコンドミニアムと言ったほうが良い。部屋ごとに大きい台所があり、自分で調理ができる。ホテルよりサービスが少ない代わりに宿泊費は安く済むのだ。
トランクが下ろされ、サトシたちも下車すると、助手席のアキコが言った。
「じゃあ、夕方、ライオンズマフィアグリルバーでね!」
そう言って、車はエントランスから出ていった。残されたサトシたちは、ロビーへと向かった。チェックインには少し早い時間であったが、幸いなことに部屋が用意できているということで、部屋に入れてもらえることになった。スタッフにつれられたサトシたちは、三十六階にある部屋へと案内された。
「あらっ!いい部屋ね!」
部屋に入った母親が思わず声をあげる。声こそ出さなかったがサトシも同じ思いである。部屋に入るとすぐにあるリビングには、五人は並んだ座れそうなカウチがL字に置かれている。カウチの横のベランダに出るドアはガラスのスライドドアとなっており、目の前の海を満喫することができた。
その隣にはカウンター型のキッチンとダイニングがある。キッチンには調理器具と最低限の調味料、ウェルカムドリンクのトロピカルジュースが置かれ、食材さえあればここだけで生活できそうである。ここにも窓が設置されており、そこからはワイキのシンボルとも言える金剛峰が見えた。
リビングとキッチンの間にある通路の先には洗面所とベッドルームが二部屋ずつある。サトシは、小さいほうのベッドルームを使うことになった。ベッドに座って、自分の荷物をほどき、必要なものを取り出していく。だが、内心ではかなり動揺していた。
サトシが王様グンディの呪いにかかって以来、イロハ以外の人から指摘されたことはない。それをあっさりと見抜いたロパカの正体を掴みかね、サトシは不安でいっぱいであった。もし、彼がサトシの家族やアキコに何か言うのであれば、何が起こるかは分からないし、おそらく良いことにはならないだろう。
今にも、彼が姉に何か言っているのではないかそう言う思いで、モヤモヤしていると、こちらもハーウィ用の服装に完全に着替えた母親が声をかけてきた。
「今から、食材を買い出しに行くから、サトちゃんも来て」
一抹の不安を抱えながらも、サトシは立ち上がって、部屋を出た。




