もうひとつの寝物語
──これはのう……さっき話したお話の、もう少しだけ続きなんじゃ。
この村の猫たちそして人間たちが、代々そう信じてきた、もうひとつのお話さ。
──むかし、むかし、かみさまがまだ世界におはしたころのお話じゃよ。
そのころ、かみさまのそばには、いつも一匹の猫がおりました。
白と黒のまじった、小さな猫でのう。昼はかみさまの足元をちょろちょろと歩き回り、夜になると、その膝の上で丸くなって眠る、そんな猫じゃった。
その猫は、かみさまのことが大好きでな。
かみさまが呼べば、どこへでも駆けていき、落としものがあれば探し、泣いている子がいれば先に見つけて知らせる。
自分にできることは、どんな小さなことでも、どんな大変なことでも、手伝っておったそうな。
そんな猫だから、かみさまの体の具合がしだいに悪くなっていることも、知っていたのじゃ。
だから、少しでも楽になるようにと、東へ走り、西へ走り、冷たい水を運び、薬になる草を集め、疲れたかみさまの代わりに、人やいきものの様子を見て回っておったんじゃ。
そして、ある日のこと。
とうとう、かみさまは自分の足で動けなくなったのよ。
猫は、胸がきゅっと締め付けられるのを感じた。
けれど、泣いているひまはなかった。世界にはまだまだ心配事が山のように残っているからの。
「わたしが代わりに巡ってくる」
そう心に決めた猫は、かみさまの看病を、一緒にかみさまに仕えていたネズミに頼んだそうな。
──そう、このころはネズミと猫はまだ友達だったんじゃ。
猫は、親友のネズミへ頼んだ。
水を飲ませること。風が当たらぬようにすること。なにか変わったことがあれば、すぐ知らせること。
猫は何度も何度も言い聞かせ、そして世界へ走り出した。
山を越え、川を渡り、森を抜けて。
猫は休まず歩き、世界でおこった悪いことに立ち向かった。小さな体をふるわせながら、ただ、かみさまのために。
けれど……。
長い旅を終えて戻ってきたとき、そこにいたのは、静かに横たわるかみさまの姿でした。
その顔はとても穏やかで、まるで深い夢の中にいるようでした。
かみさまは、もう眠りについておられたのです。
猫は何度も呼びました。
小さな声で、そして大きな声で。
けれど、かみさまは二度と目を覚ましませんでした。
そのとき猫は知ったのです。
もう、永遠に、かみさまと会えないのだと。
しかし、猫は一つ疑問に思いました。
かみさまが眠りについたとき、ネズミはどこにいたのか。
なぜ、看病を怠ったのか。
なぜ、猫に何も告げずに去ってしまったのか。
なぜ、かみさまが大切にしていた杖がなくなっているのか。
でも、猫にはもう確かめる術がなかったのじゃ。
ただただ、猫の胸には深い悲しみと恨みだけが残っていたそうな。
こうして猫は、今でもネズミを追いかけ続けているそうな。
恨みは消えず、失ったものへの悲しみは、どれだけ年が経っても消えないということなのじゃろ。
難しいことは、まだわからなくていい。
ただ、覚えておおき。
わたしたちは、その悲しみを受け継いでいるじゃ。
さあ……もう目がとろんとしてきたね。
今夜はここまで。続きは、また大きくなってから。
おやすみ。
いい夢を見るんじゃよ。
***
幼い頃の『私』に、この話を聞かせてくれたのは祖母だった。
それから何年もたった。大人になった『私』は、時折この話を思い返すことがある。
本当に、ネズミは裏切ったのだろうか。
本当に、杖は奪われたものなのだろうか。
グンディたちを見ていると、どうしても疑問が湧いてくる。
この子たちの祖先は、本当に「悪いこと」をしたのだろうか。
でも、伝わる話を信じないわけにもいかない。
猫神さまへの忠誠は、『私』の誇りなのだから。
『私』は、答えの出ない問いを抱えたまま、今日もあの場所へ向かう。
第三部の始まりです。
とある人物が幼少期に聞いた、もうひとつの寝物語です。
イロハが聞いた物語と見比べてみると、何かが少し違うようで……?




