幕間~ささやかな進展とともに
本作における耳の疾患に関する表現は、作者が調査した範囲をもとに書いておりますが、不正確な描写が含まれている可能性があります。フィクションとしてお楽しみいただき、医学的・専門的な情報として受け取ることはお控えください。
──七月も終わりに近づいてきた。
梅雨はすっかりと去り、ギラギラと輝く太陽が頭上から容赦のない光線を貫く季節となっていた。
これほどまでに暑いと、外で遊ぶ子供もほとんどいない。せいぜい、釣り池で糸を垂らしている釣り人か、ペットの散歩に来ている人がちらほら灼熱の公園を歩いているのみであった。
そんな公園に、迎江イロハが久しぶりにやってきた。彼女は、青地に白のストライプのシャツドレスに麦わら帽子をかぶっており、いかにも夏らしい恰好をしている。だが、ブランド物のその服は少し成長したイロハにはややキツく、時折伸ばすように袖を引っ張っていた。
(うーん、やっぱり新しい服を買ってもらおうかな)
四年生となり、小柄だったイロハも身体の成長が自覚できるほどになっていた。
今年に入ってから、彼女の母は引っ越しや離婚調停でてんてこ舞いで、とても新たな服が欲しいと言い出す勇気はなかった。なら、祖母に言おうかとも思ったのだが、不運なことに先月腰を痛めて以来、祖母が家から出るのは最低限となってしまい、こちらに頼むこともはばかられた。幸い、今月に入ってからは回復も順調で、お手伝いするのにも余裕ができた。そのため、今日は久しぶりに王様グンディに顔を見せるのもかねてイロハは公園にやってきたのだった。
麦わら帽子をかぶっているものの、灼熱のアスファルトの照り返しがイロハを痛めつける。イロハは額に浮かぶ汗を拭うが、補聴器でふさがれている耳の中も熱がたまり汗が溜まって来るような錯覚を覚える。こればかりは、いつまで経っても慣れるということはなく、できることなら外したい。だが、外ではなるべくつけているようにという母との約束を守って、イロハは不快に耐えながら、生物園へと向かった。
しばらく、生物園へ続く並木道を歩き、かき氷を売るフードトラックを横切り、イロハはようやく生物園にたどり着いた。
生物園に入ると、幸いなことに中は空調が良く効いていた。
「イロハちゃん、久しぶりだねー。もう夏休みかな?」
イロハがスマートフォンに表示された障害者アプリを表示すると、受付の女性職員が微笑みながら言った。
「そうです。久しぶりに来ちゃいました」
イロハが笑い返して中に入った。
エントランスの正面には、たくさんの金魚が泳ぐ大水槽がある。夏をイメージした装飾がされている水槽の正面には、優雅に泳ぐ金魚を追いかける幼児が四人ほどいた。その涼し気な水槽を横切り、展示室に入るとそこには、グンディたちを展示しているスペースがあった。
『あっ、イロハだ!』
正面ガラス前の擬岩の上で平べったくなっていたアンドレが、イロハへ顔を向け言った。言った、といってもイロハの頭の中に声が響くだけであるので、周りの人が不審に思うことはない。
『アンドレ!お久しぶり』
『お久しぶりね。今まで大過なかったかしら?』
『はい、おかげさまで』
『イロハじゃない!』『侍女さん、お久しぶりなのです』
気が付くと、ミルフィとメウェもやってきていた。三匹が重なり合いながらも近づくのを見て、イロハもまたガラスの前にしゃがみ、なるべく目線が合うようにする。
『アンタ、大変だったみたいじゃない。大丈夫だったのかしら?』
『私も聞いています。学校で大変だったそうですね』
ミルフィとメウェがそれぞれ心配そうに、尋ねてくるので、イロハは笑いながら答えた。
『はい、今は何とかなっています』
『ほんとうなの!?イロハは自分のことを表に出さないから心配なのよ!』
ミルフィがなお気遣うように言った。目立つのが大好きで、強気なところがあるミルフィであるが、実際には他人想いであることをイロハは良く知っていた。
『ありがとう、ミルフィ。いったん、クラスのことは落ち着きました』
『そうなの?ならよかった!』
『あの、侍女さん。クラスの皆さんとは、仲良くなれたのですか?』
こう言ってくるのは、一番小柄なメウェである。彼女は、謙虚で物静かなのだが、気になったことがあるとずっと聞き続けてくる性格だ。
『メウェも、心配してくれてありがとう。実は、クラスの子たちとは話が進むようになりました』
『本当ですか?この前、強く言ってきた子がいると聞きましたが、その子とも上手く付き合えていますか?』
『はい!大里さんは、あの後よくしてくれているので、助かっています』
イロハにとっても意外なことであったのだが、イロハのことを一番知りたがってきたのは、一番厳しく当たってきた大里アリナであった。
雨降って地固まるかのように仲良くなる、なんてことではなく、お互いに会話は最低限である。それでも班分けの時に一緒になってくれたり、聞き漏らしが多く、勉強が遅れがちなイロハのアシストをしてくれるのは、隣の席の石沼カズキを除けば彼女が最多であった。
『別に。でも、あなたが本当に大変なことはわかったから』
ある時、校外学習で一緒に回ってくれたアリナに聞いてみたが、このようにそっけなく言われた。彼女の真意はよくわからないが、それでも一緒に回ってくれているのは本当にありがたいことであった。
そうした記憶と経験を、メウェたちに伝える。自分の中の記憶やイメージを直接相手に伝える術も、かなり上手になってきた気がしていた。
『なるほど、この子が侍女さんにきつく言っていたのですね。でも、この様子でしたら、安心しました』
『メウェも、心配してくれてありがとう。私、なんだかうまくやっていける気がします』
『良かったのです。私も、侍女さんが元気になったようで本当にうれしいのです』
まるで自分のことのように喜ぶメウェに、イロハも笑う。
ここまで、三匹と話していて、イロハはふと気が付いた。
いつもであれば、真っ先に来るであろう王様が、今日はまるで来ないのだ。中央にある擬岩のてっぺんで、目をつむって休んでいる王様へ、イロハはそっと声をかけてみた。
『王様は、最近お変わりないですか』
だが、岩の上で丸まっている王様は答えない。聞こえなかったのか、と思ったイロハがもう一度言おうとした時、アンドレが言った。
『今はそっとしておいてあげて。昨日から、お疲れのようなの』
『何があったのですか?』
『最近、元気が出ないことが多いみたいなの。杖に残っている魔法の力が少なくなってきたと言っていたわ』
イロハは、心配そうに眉を顰めた。
王様の力の源泉たる宝玉がなくなって、半年以上たっている。宝玉の探索や、イロハたちとのコミュニケーションで魔法を使っていることは知ってはいたが、それほどまで負担となっていたことは初耳であった。
『心配ですね』
『そうなの。私たちも王様を少しでも楽にしてあげたいと思っているのだけど、できることはほとんどないの。せいぜい、夜一緒に休んで上げることくらい』
アンドレの言葉に、ミルフィとメウェも同意した。何やら不穏な雰囲気がするが、いまのイロハにできることはほとんどない。
『あの、そうしたら、一つだけ、王様へ伝えてもらえますか?』
『いいわよ。なに?』
『八月は、しばらく来れないかもしれません』
『どうしてなの?』
『実は、手術をすることになりました』
その言葉に、三匹はえっ、と驚く。
先月、補聴器屋の飯田に言われた通り、かかりつけ病院の主治医に見てもらったところ、懸念の通り、真珠腫が再発していた。
真珠腫とは、耳に固くなった皮膚の塊ができる病気である。鼓膜の付近にできて、中耳へ侵入していくこの腫れ物は、ひどくなると耳の骨を溶かし神経を壊していく。
精密検査をした時には、薬物療法では対処できないくらいに真珠腫が大きくなっており、夏休みを利用して摘出してしまおう、ということになったのだ。
『手術自体は、前にも行ったことがありますし、一週間くらいの入院で済みます。でも、術前の診察や術後の経過観察もあるので、来月はこれなくなると思います』
『わかったわ。どんな病気なのかよく分からないけど、がんばりなさい』
『アタシも応援しているわ!イロハも早く元気になって顔を見せに来なさい!』
『侍女さん、お大事にしてください。』
三匹の妃グンディが、思い思いにエールを送る。その時、良く透った聞き慣れた声が響いた。
『侍女よ、余に伝えることがあるのなら、直接話すがよい』
『あっ、ごめんなさい。ご体調がすぐれないって聞いてましたので』
『その配慮、褒めてしんぜよう。ただ、気遣いすぎれば、却って礼を失すことになることも覚えておくがよい』
いつもの調子で堅苦しく話す王様であったが、確かにその話し方は気だるげそうであった。
『そなたの病が早く治るように、余も祈ろう。今はこのようなことしかできず、すまぬ』
『えっ!?いえ、これは私のことなので、気にしないでください。王様こそ、気遣ってくれてありがとうございます』
あのワガママでプライドの塊である王様からの予想外の謝罪に、イロハは却って慌てた。
『ふっ、そなたと話していたら、精気が戻ってきたわ。少し動くとしよう』
そう言うと、王様グンディは、岩の横に備えてある、縦に伸びた流木の上へひょいっと飛び乗った。
イロハの周りで、見ていた人たちは、木の上のグンディの姿を写真で撮るが、王様は気にすることはない。そのまま、地面へ飛び降りると、妃グンディ達へ言った。
『しばし、駆けようぞ。ついてまいれ』
その言葉を合図に、四匹は展示ルーム中を飛び回った。
イロハは、ようやく元気になったグンディを楽し気に見るのだった。
***
一通り、楽しんだイロハが、売店横の休憩スペースで休んでいると、ふと一人の大柄な女性が近づいてきた。
彼女は、イロハもよく知っている人物であり、イロハは笑顔で挨拶した。
「こんにちは、箱音さん」
「あっ、ちょうどよかった!イロハちゃん、今ちょっと良いかな?」
「はい、大丈夫です」
サナエがニッコリと笑うと、イロハの前に座った。
「最近、全く来なかったから心配していたんだよ、イロハちゃん」
「あははー、すみません。学校が忙しくて」
「そうなんだ。クラスのみんなとはうまく付き合えている?」
「はい!みんな優しくて、助かっています!」
「よかったぁ!学校でクラスメートから大変なことがあった話だったから、心配していたんだよ」
「すみません、ありがとうございます!」
イロハはサナエへ心配してくれたことを感謝した。そんな、彼女をサナエは優し気な目つきで眺め、唐突に言った。
「ねえ、イロハちゃん。来週の日曜日、何か用事があったりしないかしら?」
「えっ!?どうしてですか?」
「実はね。その日にグンディについてのインタビューを受けることになったの」
寝耳に水な内容に、イロハは思わず聞き返した。
「インタビューですか?」
「そうなの、地方局なんだけどね。林王さんが良い広告になるって引き受けたの」
「それは、すごいです!で、どうして私を誘ったのですか?」
一緒にインタビューを受けてほしいであれば、申し訳ないけど断ろう、そう内心思いながら聞くと、サナエがそれを見透かしたかのように言った。
「イロハちゃんに答えてもらおうというわけじゃないの。イロハちゃんには、グンディを見に来た来園客をやってほしいの」
「えっ!?何か話したりはしなくてもいいんですか?」
「それは大丈夫!数秒、テレビに映るだけだから。」
それでも若干逡巡するイロハに、サナエが頭を下げた。
「お願い!イロハちゃんが一番よく来るから、ぜひ出てほしいんだ!もし、親御さんに説明が必要なら、私がいつでもするから!」
「わ、わかりました!やらせてもらいます!」
「ありがとう!助かるわぁ!そしたらさ、念のため、連絡先を交換しようよ」
そう言われて断る理由はない。イロハが自分の連絡先を表示すると、サナエが自分のスマートフォンに登録した。
「ちなみに、丑前さんも、インタビューを受けるんですか?」
「丑前くんはしないよ。今、大学のテスト期間だからね」
大人にも、テストというものがあるのは初耳であったが、とりあえず一緒には来ないことはわかった。
「わかりました。ただ、一つお願いしたいことがあるんですが、良いですか?」
「ん?なにかな?」
「友達も一緒に連れてきてよいですか?」
サナエは意外なことを聞いたかのようにキョトンとして、すぐに笑いながら首を縦に振った。
***
──その翌日、イロハはアリナの家に来ていた。
彼女の家はイロハの住まいから歩いて十分ほどの距離の一軒家である。
淡いパステルブルーの壁紙の部屋で、アリナといつも一緒にいる二人と合わせて、四人で宿題を進めていた。
「あの、大里さん。この問題ってこの解き方であっている?」
イロハは、正面のポニーテールの少女に遠慮がちに声をかけた。アリナは顔をあげ、イロハのタブレットに入力された回答を一瞥して首を横に振った。
「全然違う。四角の面積を求めるのに、縦と横を足し合わせているんじゃない?」
イロハが自分の計算式をのぞき込むと、アリナの言った通り、面積を求める計算が間違っていた。
「ご、ごめんなさい」
顔を赤らめるイロハに、アリナはため息をつきながら言った。
「謝らなくてもいいじゃない。公式を覚えていないだけなんだから」
「でも、大里さんにはいつも迷惑かけているし」
「はあ。塾の先生から、人に教えることもよい勉強になるって言われたから教えているだけだし。迷惑なんて、思ってないわよ」
そう言うと、アリナは再び自分のタブレットに目を戻した。
三十分ほど、全員黙って勉強していると、扉をノックする音がした。
アリナが返事をすると、彼女とよく似た顔の女性が入ってきた。
「みんな、おやつを持ってきたわよ」
彼女──アリナの母親──がケーキと麦茶の入ったグラスを配る。
「ケーキに麦茶ぁ?変じゃない?」
「そう言うなら、アリナちゃんは飲まなくていいわよ。さあ、みんなどうぞ!」
親子が軽口を言い合い、そして母親が三人に微笑みかけると部屋を出ていった。
しばらく、たわいもない話をするアリナら三人を見ていた、イロハが意を決したように言った。
「ねえ、一つお願いがあるんだけど、良いかな?」
イロハに注目する三人の目線を受けながら、イロハは生物園でのインタビューの話をした。
「ふうん。要はテレビの取材のガヤで出てほしい、ってわけね」
アリナの右側に座る巻き髪の少女が言った。
「そ、そうなの。もし、三人が良ければ、一緒に出てほしいな、って思って」
「ふーん。悪くはないかなー」
腰まで伸ばした髪のもう一人の子も頷きながら言った。
「でも、その日は無理。塾のテストがあるんだから」
そんな二人にバッサリとアリナが言った。
「ま、今度一緒に、行くのは構わないけど。その日以外ね」
「ど、どうしても、無理?」
「無理ね。どうして?」
珍しく食い下がるイロハの態度を不審に思ったのか、アリナが首をかしげて言った。
「私、来月に耳の手術を受けることが決まったの」
その言葉に、アリナたちは目を見開いた。
「そこまで大変な手術じゃないけど、どうなるか分からないのは確かなの。だから、その前にみんなと遊びたいなって」
アリナは何も答えない。沈黙の時間が続き、心臓の音が少しずつ大きくなるのをイロハは感じた。
「あなたのことはわかった。ただ、こっちも全国テストがあるの」
やがて、口を開いたアリナの答えは、イロハの期待に沿えないものであった。
「そ、そっか……ごめんね」
だが、その後に続く言葉は意外なものだった。
「ただ、もしその撮影が午後四時まで続くのだったら、行ってもいいわ」
「えっ?ほ、本当に!?」
「ただし、ちゃんとテレビの撮影を続けさせなさい!もし無駄足踏ませたら、許さないわよ!」
アリナのその言葉で、イロハの目に熱いものがこみ上げてきた。
「あ、ありがとう。大里さん……」
「ちょ、ちょっと……泣く必要ないじゃない!ああ、早くティッシュで拭いて!」
そうして、ティッシュを受け取ったイロハは赤い目のまま、笑った。それにつられて、三人も笑った。
「そうしたら、宿題を続けるよ。テレビのせいで、成績が悪くなるなんて、言い訳にもならないんだから」
そうして、四人は再び勉強を再開した。でも、イロハは先ほどよりは気が軽くなった気がした。
***
──インタビューの日、イロハは生物園のエントランスにいた。
テレビが来る、ということで生物園は普段とは違うそわそわとした雰囲気に包まれている。
カメラや機材を設置している横で、イロハはサナエの横に立っていた。彼女はラベンダーを基調としたレースポロシャツにリボンのついたショートパンツを身に着けている。
これらは、かつて両親がまだ仲が良かった時に買ってくれた、イロハのお気に入りであった。
イロハはサナエに事情を伝えて、先にインタビューや宣伝をやってもらうことにした。
そうして、撮影は順調に行えていたのだが、ここで問題が起きた。
「うーん。お友達は四時には来るんだよね?」
サナエが腕時計をちらちらと眺めながら言った。すでに、四時を十分ほど過ぎていた。
「はい。そう言っていました」
イロハもスマートフォンを見ながら答える。先ほど、アリナへはメッセージを送ったのだが、既読にもならなかった。
「あのぉ。そろそろ時間が押していますので、撮影をしたいんですがよろしいでしょうか?」
撮影クルーの一人が、サナエのところに来て遠慮がちに言った。既に、頼み込んでスケジュールを組み替えてもらっているので、これ以上の遅延は許されない。
「も、もう少しだけ。待ってもらえませんか!?きっと、今向かっているさなかだと思いますので」
「ごめんね、お嬢ちゃん。でも、これは決まっていることだから」
「どうしても、難しいですか?」
サナエが助け舟を出すが、クルーは黙って首を振った。
イロハも諦めて、グンディの展示ケースの横に向かおうとした時、生物園の入り口に少女が駆け込んできた。
全身から汗を流し、息も絶え絶えのポニーテールの少女は、それでもイロハへ顔を向け、言った。
「待たせたわね、迎江さん!テスト終わった後に、急に解きなおしをしようって塾長先生に言われて、遅れたの!」
「お、大里さん……」
クルーも若干困惑している中で、何かを察したようにサナエがアリナへ近づくと言った。
「あなたが、イロハちゃんのお友達かしら?」
「そうです。ああ、私一人だけです」
「そうなんだ。三人来るって聞いていたけど」
「あの二人が、塾に残ってくれました。私だけでも、迎江さんのところに行ってほしいって」
息を整えながら、アリナはしっかりと言った。
「そう、分かったわ。だけど、いったん汗を拭いたほうがいいかな」
そう言いながら、サナエは持っていたハンカチを手渡した。そして、撮影クルーに向かって言った。
「すいません。この子の身だしなみを整えるのを手伝います。少しだけ待ってもらえませんか?」
有無を言わせない口調と雰囲気に、責任者と思しき中年の男性は首を小刻みにふった。
「ありがとうございます。じゃあ、いこうか。こっちに従業員用の手洗いがあるから」
そう言って、受付の裏へ向かうサナエについていくアリナは、振り向くとイロハへ微笑んだ。イロハも、それに返すように微笑んだ。
──その後、撮影が順調に進んだのは、言うまでもない。
***
『そんなことがあったんですね』
その翌日、サトシは王様から話を聞いた。テストが先週終わり、晴れてアルバイトに復帰したのだ。
『いろいろと、解決したみたいでよかったです』
イロハの学校の件は、サトシもずっと気になっていたことであり、それが円満に解決したのであればそれほど嬉しいことはない。
王様も同じ気持ちであるのか、今日はやけに元気が良い。
『ふむ。懸案が一つ減ったのはめでたきことだ。これから、あの子にも手伝ってもらわねばならぬことができたのでな』
『ん?何の話ですか?宝玉探し?』
王様の話が引っ掛かったサトシが、聞いた。
『それもそうであるが、それ以上のことである。妃が懐妊した。侍女たるイロハにも一層奮起してもらわんとな』
このあとは、再び土曜更新に戻ります。




