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17/21

グンディ繁殖プロジェクト

──六月も終わりになると、空調が効いているにもかかわらず、生物園の中にいても汗ばむ陽気となっていた。

 雨が毎日のように降っているが、涼しさを感じるより、湿度が上がることによる不快さが増す、そんな時期でもある。


 そんな蒸し暑い館内に、王様グンディの怒号が響いていた。

『出せ!余をこのように虜囚(りょしゅう)扱いするなど、無礼にもほどがあるぞ!』

 だが、王様グンディの声はサトシにしか届いていないため、怒りの矛先は当然サトシへ向かっていた。


『下僕!この仕打ちはいったいなんなのだ!余とアンドレを閉じ込めていったい何をしようというのだ!』

 王様グンディの怒りが静まる気配はない。夜、グンディたちが寝ているうちに、サナエがそっと王様グンディとアンドレをケージに入れた。王様たちからしたら、朝起きたら突然ケージの中に放り込まれたようなものであり、たまったものではないのだろう。

『落ち着いてください。これは、グンディ繁殖プロジェクトの一環で、王様たちにも大切なことなんですよ。あっ、このケージの中に宝玉はありますか?』

 同じ展示室の奥側にある、黄色と黒のまだら模様のトカゲ──ミンダナオミズオオトカゲ──の飼育ケージを掃除しながら、サトシは言った。

 ジャングルの水辺をイメージしたケージは、三分の一を乾燥防止のための水で占めている。そのほとりでオオトカゲは、胡散臭そうにサトシを見ていた。

 ミンダナオミズオオトカゲは、恐竜のような顔をした八十センチほどの大きさの爬虫類だ。縦横無尽に動き回る上に、鋭い爪と鋭い歯を持つこのトカゲに噛まれたり引っかかれないように注意しながら、宝玉がないかを確認しようとすると、王様グンディの怒りのこもった声が再び聞こえた。


『ええい!そのようなことは今はよい!それより、なんなのだ『グンディ繫殖プロジェクト』とは!内容いかんでは、貴様をチモシーの肥料としてくれるぞ』

 そろそろ、王様グンディの怒りには慣れてきたサトシは、いたって冷静に言った。

『名前の通り、グンディを増やそうって計画ですよ。この前、新たに計画したんです』


***


──ことの発端は、先日の会議にあった。


「では、グンディに関する報告を行います」

 サナエがいつものように、司会進行を務め、サトシたちがそれを囲むように座っていた。


「まずは、グンディグッズの売れ行きですが、先月に引き続き、非常に好評です」

 映されたスライドには、各商品の名前と売上高が表示されている。

「オンラインショップでも、売れ行きは好調であり、今後も期待が持てるものになっています」

「やるじゃねえか、サナ。で、新商品のほうはどうなっているんだ?」

「新商品として、ぬいぐるみと来年のカレンダーを用意します。昨日、サンプルができましたのでご覧ください」

 そう言って、サナエは机の上にあるサンプル品を持ち上げた。


 グンディのぬいぐるみは、まるで本物かと思うような大きさとかたちをしていた。

 丸っこくも筋肉質なグンディを再現したフォルムを、きな粉色の毛がふんわりと覆っている。

 尻尾もグンディの綿毛のようなちっこさがしっかり表現され、扁平な耳もデフォルメされつつ特徴をしっかりとらえている。

 サナエが、休日を返上してまでデザイナーと作り上げたそのぬいぐるみは、主力商品としてふさわしい出来栄えとなっていた。


 次に、卯月(うづき)とサナエはぬいぐるみの価格と発注数について会話をした。

 ぬいぐるみの価格と原価について卯月とひとしきりやり取りがあった末、千個発注することになった。


「確かに千個注文すれば原価はかなり抑えられますが、大丈夫ですか?」

「オンラインショップでも売るのですし、構わないわ。在庫は、この人の部屋に置けばいいし」

「ちょっと待てよ!?俺の部屋は倉庫じゃないぞ」

「どうせ、ロクに使わない部屋でしょ。いつぞやに持ち込んだゴルフグッズと筋トレグッズを片付ければ何とか入るでしょう」

 園長の抗議にピシャリと言った卯月は、再びサナエのほうを向いた。


「頼んだわよ、箱音(はこね)さん」

「承知しました。そうしましたら、この件は以上です。次の議題ですが、グンディの繫殖プロジェクトについてです」

 その言葉に、三人が真顔になった。


「現在、オス一匹にメス三匹の組み合わせで飼育しておりますが、妊娠の気配はありません」

 動物園は、必ずしも動物たちの展示だけの施設ではない。

 動物園の使命の一つに、動物の生態を研究し、その種の保存をする役割が与えられている。


「ほかの動物園でのノウハウを参考に、工夫をしておりますが、今のところ試行錯誤中です。申し訳ありません」

「こればかりは、仕方ねえ。動物さま頼みってもんだ」

 グンディを飼育している動物園や研究施設は世界的に見ても少なく、繁殖方法はいまだ確立中といったところである。

 それがわかっているためか、園長や卯月がこのことをことさら責めたり、急かすことはない。


「モルモットのほうでやっているやり方じゃだめなのか?」

「それについてですが、今回一つ試したいことがあります。しかし、グンディの群れに手を加えることになるため、群れが崩壊するリスクがあります」

 その言葉に、サトシは胸がズキンとする感覚を覚えた。


 メスのグンディたちはもちろん、王様グンディともサトシはうまく付き合えている、はずである。

 また、四匹の仲もすこぶるよい。彼らが重なり合って寝る姿は、今や来園者たちの癒しの存在となっているのだ。


 サトシの読んだ資料に、グンディは侵入者と判断すると、たとえ同種でも容赦なく攻撃すると書かれており、グンディたちがそんなふうになったのを想像するのも嫌であった。


「ほう、それはどういった方法だ?」

 そんなサトシの胸中を知る由もなく、園長が聞いた。

「はい、モルモットの飼育でよく利用する方法を利用します」

 そう言って、サナエが続けて話した内容を聞いた園長と卯月は納得したように頷く。

 彼らが納得していく半面、サトシは内心嫌な予感がよぎっていたが、説明のしようがなく、黙って聞いていた。


***


『というわけで、現在、グンディ繁殖プロジェクト第二弾、ドキドキ二匹だけの空間作戦、を実施しているんですよ』

『なんなのだ、その下品で破廉恥(はれんち)極まりない名前は!下僕の品性は(さか)りのついたケダモノ並みであるぞ!』

 一通り説明したサトシに、王様グンディの雷が落ちる。

 今回ばかりは、王様グンディの怒りはもっともだ、とサトシは思った。


 園長のセクハラギリギリのネーミングは、女性陣二人からの冷たい目線を浴びつつ半ば強引に採択された。

 代わりに、このプロジェクトに関する白紙委任状を得たサナエとサトシは、繁殖のためいろいろ試すことにしたのだ。


『箱音さん曰く、モルモットでは交配したいペアをこうやって二匹だけで隔離して、繁殖させるらしくて。それをグンディでも流用できるんじゃないかとのことです』

『余の高貴なる一族を、モルモットと同一視するでない!このようなことをしても無駄であり、すぐに出すようにあの女へ伝えよ』

『そんなこと言っても、しばらく様子を見るって話になったので、難しいですよ。数日したら、別の案にするように言いますから、ね』

 グンディが出せと言った、と伝えても、梅雨で頭が茹で上がったと思われるのがオチだろう。


『余はまだよい。アンドレを見よ!哀れにも不安で気が狂いそうになっているではないか!』

 一応、このケージはグンディたちが生物園へ来るときに使ったものである。

 そういう意味では、決して狭いわけではなく二匹しか使っていないのでむしろ広々しているはずなのだが、確かにアンドレは挙動不審になっている、ように見える。


『わたし、飽きたわよ。王様、ここから出て、あの暖かい岩に行きたいわ』

『アンドレよ、しばしの辛抱である。今から余がそちを解放してやる。下僕よ、早うこの檻を開けるのだ!』

 アンドレの不安げな声に応えるように、王様グンディが言うとミンダナオミズオオトカゲのケージの掃除を終えたばかりのサトシのほうに向かい叫んだ。


『分かりましたよ。箱音さんへ声かけてみますね。あっそうだ、こんなの作りましたよ』

 サトシが、バックヤードから戻ってきて、グンディたちの展示ルームに近づくと、腰のポーチから、グンディのぬいぐるみを取り出した。

『見てくださいよ。すごく、王様たちによく似ていると思いませんか?』

『おお!?それをよく見せよ』

 怒り狂っていたのが嘘のように、思った以上に食いついてきた王様グンディによく見えるように、グンディたちを隔てるガラスの目の前に持っていくと、ミルフィとメウェが興味深そうに近寄ってきた。

『下僕、これなんなのよ!?』

 ミルフィが、立ち上がりガラスに顔を押し付けながら言った。

『そうだね、グンディたちをモチーフにしたらしいよ』

『とっても、かわいいですね。私たちですか?』

 今度は、メウェが首をかしげながら語りかけてくる。

『今度、販売するぬいぐるみだよ。サンプルでもらったんだ』

 すごーい、と喜ぶ二匹にサトシが微笑むと、ケージの中の王様グンディが言った。


『ふむ、良いことを思いついた。おい、下僕。それをもって余のもとへ参れ』

『えっ!?わかりましたけど、この前みたいに飛びかからないでくださいよ』

 サトシはそう言うと、グンディの展示ルームの中に入るため、鍵を取り出した。


 ゴールデンウイークでの事件以来、サトシがグンディの世話をすることはなかった。最初こそ、ガラス越しに写真を撮っていたサトシであったが、それでは満足いく写真を撮ることができず、しまいには中に入れるように交渉したのだった。


『ええっ、でも、丑前くん、あんな目にあったのに、大丈夫なの!?』

 当然のことながら、サナエは難色を示したが、サトシも折れることなく食いついた。

『まあ、これからはなるべく近づかないようにしますし、そこを何とか!』

『でも、それで写真は撮れるの?』

『今使っているこの最新機種なら大丈夫です!今後何があっても、文句言いませんので、なにとぞ!』

『まあ、そこまで言うなら。でも、これからは気を付けてね』

 とうとう、サナエのほうが折れ、グンディに近づかないことと、直接世話はしないことを条件に中にはいれるようになったのだ。


 生物園内も蒸し暑いが、グンディの展示室もまた砂漠のように熱い空気に包まれていた。

 ミルフィとメウェは、そそくさと隠れてしまい、残ったのはケージの中のアンドレと王様グンディ、それにサトシだけとなった。


『ふむ、よくできておる。余の偉大さを示すにはやや物足りぬが、及第点である』

『かわいいぬいぐるみさんね。この前、イロハに見せてもらった動画の子より可愛いわ』

 王様グンディが感心する横で、アンドレがチチチと鳴いた。


『それで、入ってきましたけど、どうするんですか?』

『そうしたら、このケージの戸を開けよ』

『ちょっと待ってくださいよ。勝手に開けたら、僕が怒られますよ』

『安心せよ。余がそれを使ってバレないようにしてやる。だから早く開けよ』

 半信半疑ではあるが、サトシはケージの扉を上げた。すると、開けた出口から、アンドレと王様グンディが飛び出す。


『誉めてやろう、下僕』

『どうも。で、どうするんですか?』

『ふむ。そのぬいぐるみに余とアンドレの毛を入れるのだ』

 そう言うと、王様グンディは後ろ足で体を掻き始める。すると、体からきな粉色の毛が数本抜け落ちた。

 同じように毛を落としたアンドレからも拾い上げて、ぬいぐるみの縫い目にサトシは拾った体毛を差し込んだ。


『これで、どうするんですか?』

『そうしたら、それをケージの中に入れよ』

 言われた通りにしたサトシの横で、王様グンディがいつの間にか杖を取り出していた。

 集中するように、ムムムと目をつむっている王様を横で見ていると、杖から緑色の閃光が飛び出す。閃光が、ケージ内のぬいぐるみに当たると、ぬいぐるみが痙攣(けいれん)したかのように震えだした。


「うわ!?何が起きているんですか?」

 思わず、声に出してしまったサトシの目の前で、ぬいぐるみは周りの砂やご飯の残骸を取り込み、不定形なものになっていく。

 次第にぬいぐるみだったものは粘土のようにこねくり回され、やがて二つのグンディの像に変わった。


『おおっ!?すごいですね!?』

『これは、身代わりの術である。今の余の力では、一日ほどしか持たぬが、まあよい』

 飼育ケージは展示ルームの奥まったところにあり、周りからは見えにくくなっている。確かに、見慣れているサトシであっても、見間違うリアルさであった。

 本物そっくりの身代わりはややぎこちないながらもケージの中で動き出し、ダミーとしての役割を果たしていた。


『アンドレよ、思うまま過ごすがよい。ミルフィにメウェよ、すまぬが三匹一緒には目立つところにいるではないぞ』

 その王様の声に、三匹がチュルルと鳴いた。それを満足げに聞いた王様グンディがサトシのほうを見ると、言った。

『余は逍遥(しょうよう)する。しばし付き合え』


***


 外は雨が降っていたので、サトシたちは展示室の隣に建てられている大温室をぶらつくことにした。

 二階分の高さのあるガラス張りの大温室では、常時、蝶を放し飼いにしている。


 現に、サトシたちの周りには色とりどりの蝶が舞っており、ぶつかったり踏んだりしないように気を付けなければならなかった。


『おお、なかなかに壮大な魚であるな』

 大温室の真ん中にある、巨大な水槽には二メートルを超える大きさのピラルクが二匹泳いでいた。

『良き姿である。実にあっぱれだ』

 その堂々とした姿に、王様が感銘を受けているのを、サトシはクスリとしながら見ていた。


 王様グンディは、サトシの頭の上に乗っかっていた。

 堂々と姿を現しているが、曰く周りには王様はぬいぐるみに見えているから問題ないそうだ。


「あの、そのぬいぐるみ、どこで売っていますか?」

 現に、ピラルクを見ていると、来園客が遠慮がちに聞いてきた。

 五歳くらいの子供を連れた母親と思しき女性は、サトシの頭上を興味深そうに眺めていた。


「ああ、このぬいぐるみはサンプルで、来月発売なんですよ」

「そ、そうなんですね。可愛いですね」

「そうですよね!ぜひまた来て買ってください」

 そう言うと、サトシたちは、親子から離れ、二階部分に上がるための階段へ向かった。


『ほう、少し湿気が強いが、愉快な場所であるな。余の別荘としては最適である』

 勝手に、王様の別荘になった大温室は、確かに広く、きれいな植物も多く植わっている。南国の木々や、珍しい木も含め、蝶の止まり木も多く、王様グンディが気晴らしに来るにはもってこいなのだそうだ。


 数段上った先には、ハイビスカスが植えられている。近くの水盤には造花が浮かべられ、その横で蝶が止まって水を吸っていた。

 この場所は、イロハと初めて会った日に一緒に歩き、イロハが気に入った場所の一つであった。

『ところで、迎江(むかえ)さんは、大丈夫ですかね?』

 サトシは、ポツンとつぶやく。


『どうした?侍女(じじょ)のことが気になるか?』

『そりゃあ、気になりますよ。あれ以来全然来ないですし』

 イロハが学校でひどい目にあい、それを何とかするために一緒に図書館で調べた日以来、イロハは生物園に来ていない。

 なにが起こっているのかわからないため、サトシは他人事ながら不安でいっぱいであった。


『ふんっ。貴様は少し、過保護すぎるぞ』

『でも、迎江さんはまだ小学生ですよ』

『もう、侍女は、齢十になろうとしている。グンディであればすでに大人を超え、老年である。それに』

『それに?』

『侍女は貴様が思っているより、ずっと賢く強い。信じ、待ち続けるのだ。そして迎えるための支度を整えておくのだ』

 そう言われてしまえば、サトシには何も言えない。せめて、いつでも来れる場所を用意し続ける、それくらいしかできないのだ。

 二人は何も言わずに、雨を見続けていた。その時、再びサトシに声をかけてくる人がいた。


「あっ、丑前(うしまえ)くん。ここになんでいるの?」

 巡回中のサナエに話しかけられて、サトシは振り返った。

「箱音さん!?僕はちょっと、気晴らしに」

 サトシが返事しようとした時、サナエが少し目を細めた。

「あれっ?丑前くん、どうしてグンディを頭にのっけているの?」

 サトシの心臓が、ドキッとした。今のグンディは普通の人には、ぬいぐるみに見えているはずである。

 一瞬、正体を見抜かれたかと内心慌てながらも、何とか言い訳を考える。


「いやー。これ、例のサンプルですよ。箱音さんでも見間違えるんですねー」

「えっ?あっ、本当だ。あははー、確かに」

 サナエが細めた目を見開くと、サトシと同じように笑った。


「頭に乗っけると、みんな振り向くんですよ。本物みたいですね、とか、欲しいです、って」

「ワオ!だったら早く販売しないとね。丑前くんも宣伝ありがとうね」

 そう言うと、サナエは一階へ向かうため、階段を降りようとした。


 ふと、頭の上で髪を引っ張る感触がした。王様グンディが何か言いたげなのを察し、サトシはサナエの後ろ姿に声をかけた。

「箱音さん、あのケージにグンディを入れる作戦やめませんか?なんだか、見ていてもかわいそうな感じがしまして」

 サナエが再び振り返り、考え込むように顎に手を当てた。

「やっぱりだめかな?モルモットのようにはいかないかー」

「中の二匹が、不安げに動いていたので、ちょっと心配ですね」

「うーん、わかった。この案は、いったん検討しなおそうか」

「ありがとうございます」

「丑前くんも、良くチェックしてくれてありがとう!じゃあ、またあとで!」

 そう言うと、今度こそサナエは下へと降りていった。


『でかした、下僕』

 サトシの頭の上で、王様グンディが満足げに言った。

『でも、繁殖がうまくいかなければ、またこのプランに戻ると思いますけど、どうするんですか?』

『貴様らはせっかちすぎる。睦み事には、時間をかける必要がある。男女のやり取りに疎そうな下僕にはわかるまいがな』

 まさか、グンディから恋愛経験のなさを揶揄されるとは思わなかった。すこし、ムッとなったサトシが反論する。

『そんな、王様はどうなんですか?あと、自分にだってそういった経験くらいありますよ』

 嘘ではない。小学生の時には、そこそこモテていた、というのがサトシの自認だ。


『フフッ。そうやってムキになると、足元を見られるぞ。貴様は本当にわかりやすいな』

 王様グンディが、軽く笑う。そのせいで、グンディの体毛がサワサワとくすぐったく感じた。

『そういうことを言うと、次は手助けしませんよ』

『おうおう、よく言うではないか。少しは成長したな』


 これ以上話してもはぐらかされそうなので、サトシはムスッと口を閉ざす。

 すると、一羽の蝶がサトシの頭に止まった。その姿は、見ようによってはグンディに向き合っているようにも見えた。


『アサギマダラですね。青い羽根が特徴的な蝶ですね』

『蝶にしては殊勝な心掛けである。励むがよい』

 その言葉で、アサギマダラは透き通るような浅葱色の(はね)を揺らして飛んでいった。


『あの蝶は、知り合いか何かで?』

 仲間と合流した蝶を見ながら、サトシが聞いた。

 見ると、王様グンディの周りに多くの蝶が集まっている。

『いいや。初めて会う輩である。だが、ここは気の流れが良い故、物わかりの良いものたちが多いのだろう』

 いきなり、オカルトじみたことを言われ困惑するサトシに、王様グンディが呆れながら続けた。

『この辺りは質の高い水脈の上に立っておることは、わかるか?』

『すいみゃく……?ああ、確か湧き水が出るとは聞いていますが』

 この土地には、もともと豊富に水が湧き出る井戸があり、それを利用してホタルの飼育展示をするようになったのがこの生物園の始まりである、とサトシは聞いている。この水は今でも生物園の用水や、公園の池に利用されており、これが生き物をはぐくむための(いしづえ)なのだと、園長が飲み会で話していた。


『水脈とともに流れる力は弱くない。それゆえ、ここでは生き物が(すこ)やかに育つのであろう』

『はあ。そうなんですね』

『もし、余の杖が万全であれば、この力を十全に使えるのだがな』

『はいはい。あっそろそろ、売店のシフトの時間なので、戻りましょう』

 そう言うと、サトシと王様グンディは、蝶に囲まれながら、来た道を戻るのだった。

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