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呪祝同源と杖の秘密

 ゴールデンウィークが終わり、五月も終わりに近づくころには、再び生物園は静けさを取り戻した。

 しかし、職員たちの気が休まるわけではない。


「今年の夏は暑いらしいな」

「だったら、動物たちの空調も強めにしてあげたほうが良いですかね?」

「それに、魚類のいる水の水温もこまめにチェックしておこうか」

 職員たちは、生物園に来る人たちに対応しながら、飼育している動物たちをどうしたら快適に過ごさせてあげられるかに腐心している。


 そんな生物園で、グンディのための会議が開かれていた。


***


 会議室には、いつものメンバーが揃っていた。


「まずは、この前のウシの件からだな」

 園長である林王(りんのう)が開口一番に言った。


「はい。先日、丑前(うしまえ)くんがグンディの展示ルームで、飼育生物に襲われたインシデントについて報告です」

 サナエは、一枚の報告書を取り上げて話した。


 王様グンディたちに飛びかかられた一件を、生物園はサトシが思っている以上に重く見ていた。

 あの後、グンディたちの展示ルームのガラスにはカーテンがかけられ、外から見れないようにしている。

 サトシ自身も、地域で一番大きい病院へ運ばれ、総合検査を受ける羽目になった。


『別に大きなケガもないんですし、ここまでしますか?』

 全身くまなく傷がないか調べられ、さらに採血をされ、おまけに特別なワクチンまで接種することになったサトシが、付き添いで来たサナエへ聞いた。

 治療代はすべて生物園から出ており費用面の心配はないとはいえ、大げさすぎないかとサトシは思った。

『当たり前だよ。業務中に動物に襲われたことって、大事故なんだよ』

 サナエは、いつになく真剣な目で言った。

『でも、ケガ一つしていないですよ』

『グンディについては、まだ研究や知見が足りないところがあるんだよ。だから、きちんと確認しなきゃ駄目だよ』

 結局、その日のうちに検査をすませ、目立った外傷はないが、ひと月くらいは体に異常がないかよくチェックするように指示された。


「丑前くんに確認したところ、展示ルームに入った途端、グンディたちがじゃれついてきた、とのことでした」

「その、じゃれついてきた、という話は、本当なんだろうな、ウシ?」

 園長に言われて、サトシは頷く。


「幸い、丑前くんにもグンディたちにも目立った傷はなく、その後の経過観察でも特に異常は見られないとのことでした。また、脱走等のインシデントについても確認されませんでした」

「そうか。で、原因のほうはわかったのか?」

「なんで、臆病なグンディたちが丑前くんに攻撃したのか、確実なことは言えません。しかし、丑前くんの行動に問題はなく、何か偶発的な事象があったのかと思います」

「なるほど。で、対策はどうするんだい?」


 すると、サナエが、報告書の一番下の段の内容を読み上げた。

「まず、丑前くん自身の希望で、グンディの広報担当は引き続きやってもらいます。ただし、今後は展示ルームには入らないで、外からの作業に徹底してもらいます」

「まあ、それがいいな」

「グンディの世話は、私がすべて行い、中に入る際は改めて二重扉の開閉に気を付けます。また、今週末からグンディの展示は再開します。さらに、グンディを不用意に興奮させないよう、ガラスの前にロープを張り、見にくる人が密着しないようにします」

「わかった。上と役所には俺が話しておく。後はしっかりやってくれよ、二人とも」

 園長から言われ、サトシとサナエは深々と頭を下げる。

 最悪、グンディの飼育展示の取りやめすらありえたので、これはかなり穏便に話が進んだともいえる。


「いくら小さいとはいえ、相手は野生動物みたいなもんだ。ウシも気を付けろよ」

「……気を付けます」

「ならいいんだ。で、次の話題だけど、グンディのグッズについてだっけ?」

「はい。では、次の資料を見てください」

 サナエが言った資料には、ぬいぐるみをはじめとした、グンディのグッズが数多く描かれていた。


「では、グンディグッズ第二弾について説明します」


***


「丑前くん、本当に体に問題はない?」

 お昼になり、お弁当のふたを開けながら、サナエが言った。

「はい。本当に、大丈夫ですって」

 サトシも、スーパー・ユウマの弁当を開きながら答える。


 最近、二人は一緒にお昼ご飯を食べることが多くなっていた。

 今日も、会議の後に『今からお昼食べない?』とサナエから声をかけられたのだ。

 無論、サトシに断る理由はなく、一緒にスーパーでお昼を選んだあと、ベンチに並んで座って、ランチをしていた。


 五月というのに、すでに気温は二十五度を超えていた。

 池で釣りをしている子供たちは、皆半袖の服を着て、湧き出る汗を定期的に拭っている。

 また、池ではカルガモやマガモが悠々と泳ぎ、時折水に潜っては涼を取っているようであった。


 しばらく、静かにご飯を食べていたサトシは、思わず聞いた。

「……やっぱり、グンディに触れるのはまずかったですよね」

 その質問に、サナエは食べる手を止める。そして、ゆっくり言葉を選ぶようにして答えた。

「グンディのほうからやってきたから、しょうがないよ。それに、今回丑前くんに中に入るように指示したのは私。私の責任でもあるよ」

 そう言って、サナエは頭を下げた。

「ごめんね、丑前くん。私がちゃんとしていたら、こんなことにはならなかったんだよ」

「謝らないでくださいよ。僕が多分原因なんですから」

 半分は言いがかりであるとはいえ、王様グンディによる制裁を受ける理由がないとは言えない。

 そういう意味で言ったことであったが、サナエは不思議そうな目をした。

「原因、ってなにかあったの?」


──余計なことを言ってしまった。

 サナエは、当然だが、王様グンディのことなど知らない。

 藪蛇(やぶへび)なことを言ってしまったことに、若干後悔しながら、何とかうまく言い訳しようと必死に頭を動かし、答えた。

「あっ、いえ、きっと何かグンディに嫌われるようなことを無意識にしちゃったのかなって」

「んー。何か心当たりがあるの?」

「特には。ただ最近なんか呪われているっていうか、嫌なことばかり起きるので……」


 思いつく中で最低の言い訳であったが、サナエは何かしらの冗談であると思ったのか、吹き出した。

「くっ、ふふっ。呪いって、丑前くん面白いね!」

「あっ、その、えっと……」

「確かに、呪いだったらしょうがないね。気を付けないと」


 いつの間にか食べ終わっていたお弁当を片付けながら、サナエは優し気な笑みを浮かべて続けた。

「そういえばさ。私の故郷ではね。こういう言葉があるの……『呪祝同源(じゅしゅくどうげん)』って」

「じゅ……じゅしゅきゅ……?」

 思わず噛んでしまったサトシに微笑むと、サナエは漢字を空中に書く。


(のろ)いと(いわ)いは同じ(みなもと)。これで呪祝同源」

「はあ……聞いたことがないんですけど、どういう意味なんですか?」

「うーん、簡単に言えば、(のろ)われているのと(いわ)われているのって、実は紙一重の差しかないっていうこと」

 サトシは、意味が分からず首をかしげる。それを、サナエは苦笑しながら見ていた。


「誰かからの呪いは、いつか祝福になるから、辛抱しなさいってことだよ。サトシ君が、今辛いのはきっとすぐに訪れる幸運の前触れかもしれないってね」

 そう言うと、サナエは立ち上がった。

「私は、この後グッズのデザイナーさんと会わないといけないから、行くね!きっと良いことあるよ!」

 サナエは、サトシへ微笑むと、生物園のほうへ向かった。


 あとに残されたサトシは、サナエの言葉を咀嚼していた。

「呪いと祝福は、紙一重、か……」

 そこまで考えた時、サナエが会話の中で自分の名前を呼んでいたことに、ようやく気付いた。

箱音(はこね)さん、僕のことを『サトシくん』って……」

 サトシの顔は熱くなったが、決して天気のせいだけではなかった。


***


『……そして、あのおぞましき、悪魔のごときスナネコの正面に余と父上で立ち向かったのだ』

 午後になって、売店の担当をしているサトシの頭の中に、王様グンディの自慢話が垂れ流されている。

 幸か不幸か、今日は来客が少なく、サトシに王様グンディは滔々(とうとう)と話をしていた。

『……で、スナネコと面と向かって、どうしたんですか?』

『そう、父上はこう仰ったのだ、『わが子よ、あれを仕留めてみせよ。お前ならできる』と。そう言われれば余とて本気を出さなくてはならない、そのため──』


 王様グンディが誇らし気にスナネコ退治の話を語る中、サトシは恍惚に浸っていた。

──家族以外の女性から、名前で呼ばれるなんて、おそらく小学校以来の出来事だろう。

 自分には縁がないと、半ばあきらめかけていたものが目の前にあることに気付き、サトシの口角はだらしなく弛んだ。


『そうして、余はスナネコを追い返すことに成功したのだ。その功績により、余は父上の正式な世継ぎとして認められたのである……って、余の話を無体(むたい)にするでない!』

 サトシが相づちすら打たないことに気付いた王様グンディは、それまでの倍以上の音量でどなった。不意に大声を出されたサトシは、思わず背筋を伸ばし、後ろの壁にしこたま頭をぶつけた。

『何するんですか!?びっくりしたじゃないですか!』

『貴様が、余のスナネコ退治の話を(ないがし)ろにするからである。主君の話を聞かない、下僕には当然である!』

『そんなこと言っても、その話二度目ですよ。前に、迎江(むかえ)さんにも話していたじゃないですか』

 現に、グンディの手前に展示されているスナネコを退治したという話を、彼は、春休み中にイロハと仲良く聞かされていた。

『ならば、この暗幕をどかせ!いくら猫どもの目線をさえぎるように言ったとはいえ、これでは退屈である』

 王様グンディの不機嫌な声が聞こえる。


 サトシを襲って以降、グンディの展示ルームの周囲をカーテンで覆っている。

 グンディが興奮しないようにするため、外から見られないようにするための措置であるが、それが気に食わないらしい。

『今週末には、カーテンを外すらしいですから、それまで辛抱してくださいよ』

『ええい!余と妃を座敷牢(ざしきろう)に放り込むのか!このような仕打ちをすること、余は許さぬぞ』

 そもそも、そうなったきっかけは王様グンディ自身にあるのだが、それを伝えると火に油ならぬガソリンを注ぎかねないので、黙っていた。


 まだ何か言おうとする王様グンディのいらだちを感じ、いい加減うんざりした時、売店によく見知ったミディアムヘアの少女がやってきた。

「こんにちは!丑前さん。お久しぶりです。すごい顔ですけど、どうされたんですか?」

 クリーム色のTシャツに、ひざ下まである黒いズボンを身に着けているイロハが開口一番に言った。

「ああ、久しぶり。ちょっと、王様からいろいろ言われてね……」

 イロハは、何かを察したかのようにあいまいに笑い、王様グンディの『いろいろ、とはなんだ!』という怒号が脳内に響いた。


「ところで、丑前さん体のほうは大丈夫なんですか?」

 イロハも、サトシの身になにがあったのか、聞いたらしい。心配そうに尋ねた彼女へ、サトシは笑いながら言った。

「うん、平気だよ。大事をとって、長めに療養していただけだから」

「ほっ、良かったです!」

 本気で心配してくれたらしいイロハのやさしさに心打たれ、再び胸が熱くなりかけたサトシに、王様グンディの声が割り込んできた。


『当たり前であろう。余は手加減してやったのだ。あの程度で済んだこと、感謝するがよい』

『いや、本当に勘弁してくださいよ。実は僕、昔ハムスターに噛まれて以来、ネズミを触るの苦手なんですよ』

『知らぬわ。余のような高貴な一族をほかの眷属(けんぞく)と同じに扱うでない』

『あのぉ!少しいいですか!』

 サトシと王様グンディの水掛け論に、今度はイロハが割り込んできて、両方とも黙り込んだ。


『今日、来たのは、私の実家のことでなんです』

「実家?迎江さんの?」

 唐突で予想外な話に思わず声が出てしまったサトシをわき目に、王様グンディが興味深そうに言った。


『ほう。侍女(じじょ)の生家の話とな?』

『はい。と言っても、私のお父さんの実家の話です』

 イロハの両親は半年ほど前に離婚し、現在彼女は母方の実家に暮らしている、とサトシは聞いている。

『お父さんの生まれた家は甲斐県(かいけん)にある小さな神社でした。名前を垈場(ぬたば)神社と言います』

『そういえば、迎江さんのもともとの名前って、ヌタバって言ってたね。関係があるの?』

『はい。漢字は違うんですが、そこからとっていると聞いています』

『それで、その(やしろ)でいったい何があったというのだ?』

 王様グンディの疑問に、イロハは答えた。


『実は、その神社に祀られている祭神(さいじん)というのがイノシシの神様らしいのですが、それにまつわるお話が、王様の持つ杖と関係あるんじゃないかな、と思いまして……』

『そのお話って、どんな話なの?』

 サトシが、気になってイロハに質問すると、イロハは神様と動物たちについての物語を語った。


──曰く、この世界には大昔、神様がいたこと

──曰く、神様はその力をもって、世界を安寧に導いていたこと

──曰く、その神様がいなくなる前に、持っていた杖を細かく割って十二の動物へと渡したこと

──曰く、十二の動物とその子孫がその杖の力を使い、世界を神様の代わりに守っていること


 イロハが語り終わったとき、サトシも王様グンディも黙り込んでいた。

 確かに、世界を守る杖を持つ動物という部分は一致しているように見える。


『なんだか、干支の動物決めのお話みたいだね』

『確かに、言われてみれば、そうですね』

『その、話してくれたおばあさん、っていうのが迎江さんの父方の祖母っていうことなの?』

『はい。神社に遊びに行ったときに、なんどかこの話を聞いていたことを思い出しまして。よく考えると、何か似ていませんか?』

『うーん。一致している部分は多いけど、どう思いますか王様?』

 サトシが尋ねると、王様はゆっくりと答えた。


『余の一族に伝わる話も、細部は異なれど大まかには変わらぬ。おそらく、侍女の生家で祀られていたものは、余と同じ杖を持つ生き物の末裔であろう』

『じゃあ、その祀られているイノシシとやらに頼めば、何か手助けしてくれるんじゃないですか!?』

 事情を知る相手であればなにか手を貸してくれるのかと期待したサトシに、しかし王様は冷や水をかけるように言った。


『おそらくではあるが、難しいであろう』

『えっ!?なんでですか?』

『かつては、十二の杖を持つ種族がいたことは確かであるが、彼らの末裔のほとんどがすでにこの世界にはいないからである。おそらく、そのイノシシもいるまい』

『どうして、そんなことがわかるんですか?』

『この杖を持つもの同士はその存在を確認しあうことができる。しかし、余の祖先がこの国に来て、彩国県(さいこくけん)に定住した時にはすでにその周辺には杖の持ち主はいないと聞いておる』

 甲斐県も彩国県も、この生物園のある東都(とうと)に隣接する県である。

 また、この二県もまた隣接しており、彩国県の周辺にいないとなると、確かに今いる可能性は薄いだろう。


『もう一つ、以前余の祖先が杖の力を使いそびれたという話があろう』

『そうですね。確かその時、パンデミックが起きたと言ってましたね』

『もし、ほかの一族が杖の力を行使していれば、防げた可能性が高いはずであるが、実際は防ぐことはかなわなかった。逆説的ではあるが、すでにほかの杖の持ち主はいないか役割を放棄しているのであろう』

 何か言おうとして、でも言えないサトシの横で、イロハがおずおずと言った。

『あの。杖を持った動物は、どこに行ったのですか?まさか、その……』

 不安げなイロハへ、王様グンディが落ち着いた様子で言った。


『死ぬわけではない。この世に()み飽きたとき、杖を引き換えに昇天(アセンション)の儀を行うのだ』

『アセ……、なんですかそれ?』

『余も詳しいことは分からぬ。だが、これこそ杖の持ち主の最大の特権と言われるものである』


 サトシはもう話に付いていけずに頭がこんがらがっている。

 イロハもしきりに首をかしげており、おそらく同じ思いであろう。

『そなたらが、一度ですべてを理解するのは無理であろう。いずれにせよ、侍女の社で祀るイノシシはすでにいないと思われる』

『そう、なんですね……』

『だが、この話は参考となった。褒めて遣わすぞ』

 優しく褒められたイロハは、えへへとほほ笑む。それにつられて、サトシも口角をあげた時、王様からいつもの調子の声が響いた。


『侍女がここまでやっているのだ。貴様も早く宝玉探しを行え』

『いきなり、言わないでくださいよ。ていうか、やっているじゃないですか』

『そういう言い訳は、まがりなりにも成果を出してから言うのだ。あと半年くらいしか猶予はないぞ』

『分かっていますって。今度は、爬虫類と昆虫類のケージも調べますから、王様も手伝ってくださいね』

『貴様、随分と偉くなったようだな。もう一度、制裁を受けたいと見えるぞ』

『あ、あの。私も手伝いますので。みんなでやりましょう!』


 そうして、五月の温かい陽気の中で、二人と一匹は静かに、しかしにぎやかに会話をするのであった。

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