王様グッズと新学期の嵐
はじめにお読みください
この話には、いじめを連想させる描写が含まれています。こうした内容が苦手な方は、閲覧をお控えいただくか、ご自身の体調と相談しながらお読みください。
また、本作における聴覚障害・補聴器の表現は、作者が調査・取材した範囲をもとに書いておりますが、不正確な描写が含まれている可能性があります。フィクションとしてお楽しみいただき、医学的・専門的な情報として受け取ることはお控えください。
聴覚障害についてより正確な情報を知りたい方は、全日本難聴者・中途失聴者団体連合会や各都道府県の聴覚障害者情報提供施設など、信頼できる機関が発行している資料をご参照ください。
また、聴覚障害の症状や聞こえ方は、個人によって大きく異なります。もしご自身や身近な方のことで気になることがあれば、耳鼻科や聴覚支援に関わる専門機関にご相談されることをおすすめします。
──瞬く間に三月が過ぎ、四月となった。
手伏区生物園を囲む公園では、桜が満開を過ぎてすでに散り始めていた。
そんな春の日に、サトシは一学年進級し、イロハは隣町の小学校へと編入することになった。
あれから、イロハは毎日のように生物園に来て入り浸っていたこともあり、すっかりと常連となっていた。
「そういえばさ、迎江さんは入園料は大丈夫なの?親御さんからもらってたりするの?」
売店のレジ番をしているサトシが、ぬいぐるみの品定めをしているイロハへと聞いた。
小学生は大人の半額とはいえ、毎日来ていたら子どもにとってはバカにはならない金額になるだろう。
「私、実はこれがあって……」
すると、レジ前に来た彼女はスマートフォンの画面をサトシへと差し出した。
そこには、イロハの顔写真と『障害等級 六級』という文字が画面に表示されていた。
「……嫌なこと聞いちゃってごめんね」
「気にしないでください。よく聞かれるので」
『いいや、下僕は気にせよ。たまには、その蚤のように軽い頭を働かせるがよい』
イロハからはかえって気遣われ、王様グンディからは叱責の声を受けたサトシは、すっかりと小さくなってしまった。
「そ、そうだ。迎江さんは、いつから学校なの?」
何とか話題を変えようと、サトシは苦し紛れに言った。
「ええと、来週の月曜日からです」
「となると、明日からだね。楽しみ?」
その言葉に、イロハが困ったように笑いながら、答える。
「正直、わからないです。初めてのことですし」
「そう、だよね……」
湾岸区の実家住まいのまま、ほぼ同じ学区内で過ごしてきたサトシには、転校することがどういうことなのかまるで分からない。
何年も一緒にいた友人たちと分かれて、新たな場所で過ごすことがイロハへどれほどのストレスになるのだろうか──
『イロハよ。そなたは妃たちの侍女である。何を恐れる必要がある』
王様グンディの声が、再び響いてくる。その力強い声色は、イロハを励ますようにも、発破をかけるようにも感じた。
『余のように、威風堂々と振舞うがよい。さすれば、困難に立ち向かうことなど容易いことである』
『ありがとうございます、王様』
『良い心がけだ。後で、余のもとへ来るがよい。また新たな法術を伝授しよう』
心の声で話すことに苦労したサトシとは対照的に、イロハはいともたやすく習得した。才能の差もあるかもしれないが、サトシはどこか複雑な思いを感じていた。
『それと、下僕よ。万一、イロハを悲しませる不逞の輩がいるのであれば、貴様が先陣を張りイロハを守るのだ』
『いや僕にそんなことできないですって。もちろん迎江さんのことは心配ですけど……』
『貴様!それでも男か!』
王様グンディの雷が脳裏に響き渡り、サトシとイロハは一緒に顔をしかめる。そんなこと知らずの王様グンディは、続けて言った。
『いざという時に、その身を挺して同輩と主君を守る。それこそが、貴様の役割であるぞ!』
『……わかりました。何かあったら、いつでも相談してね。迎江さん』
『王様、ありがとうございます。丑前さんも、ありがとうございます!』
こんな時でも、イロハはきちんとサトシへ頭を下げるのであった。
「迎江さんは、優しいね」
「そんなことないですよ!あっ、このカメさんパン一つください」
「はい、承知しました」
『そのパンを、余にも献上せよ!』
『はいはい、おやつタイムの時にでも持っていきますね』
王様グンディからの無茶ぶりを軽く受け流しながら、サトシは商品の会計をするのであった。
***
──月曜が閉園日の生物園でも、動物のお世話のために飼育員は勤務している。
しかし、来園者の対応がないためか、必然的に重要な会議などはこの日に行うことが多い。
大会議室には、サトシとサナエ、園長に卯月が座っている。
モニターには、『グンディグッズの提案について』というスライドが表示されていた。
「それで、今回はどのような提案をするの?箱音さん」
卯月が、老眼鏡をかけて、資料を眺めていた。
「はい。この前はいろいろとありましたが、何とか仕入れた分を売り切ることに成功しました」
園長が勝手に仕入れた五平餅は、貼ってあるイラストが好評だったことと、サトシがSNSで宣伝したことが功を奏して、何とか在庫を捌き切ることができた。
「だろ、やっぱり俺の勘はまちが……はい、なんでもないです」
「この人の戯言に、耳を傾ける必要はありません。続けて」
園長の自画自賛を、卯月が氷のまなざしで静止すると、何事もなかったかのようにサナエに言った。
サナエも、何もなかったかのようにスライドを進めた。
「初週こそ来園者数の増加はありませんでしたが、その後は例年の同時期を超える来園者数を毎週更新しております」
スライドにはグラフが表示され、確かに来園者数が増えていることがそこには映し出されていた。
「このため、この機を逃すことなくグンディのグッズを用意しようと思います」
「で、どういうグッズを出すつもりなんだ、サナ?」
園長の質問に答えるように、サナエは次のスライドを表示する。そこにはいくつかのグッズの案が書かれていた。
「まずは、第一弾として、すぐに用意できるグッズを置いて注目度を高めます。具体的には、このすぐ近くにある菓子店とコラボしたきな粉餅、ガラスマグネットを出そうと思います」
「あら、またお菓子を出すのかしら?」
「はい、今回は保存がきき、日持ちもするお菓子を用意することで、急いで売らなくてもよいようにするつもりです」
その言葉に、卯月が納得したようにうなずく。
「悪くないわね」
「また、現在モルモットのイラストを印刷して売っているガラスマグネットの会社に頼んで、グンディでも同じようなグッズを作ってもらうように調整します。これで納期や予算を早められるかと思います」
「イラストはどうするのかしら?」
「そうですね。デザイナーに発注すると時間がかかると思われます。このため、恥ずかしながら私の書いたイラストでいったん急場はしのごうかと思います」
確かに、サナエの絵はSNSにそのままアップしたとしても人気が出ると思うくらい、上手である。
何度か、サナエの絵を見ているサトシが心の中で頷く。
「わかったわ。イラストについて、きちんと謝礼は支払うわ」
「いえ。暇なときに描いているようなものですので、大丈夫です」
「そんなこと言うなよ、サナ。せっかく、おタエさんがこう言っているんだしよ」
「それに、手弁当の作業は決して良くありません。この人の役員報酬をなくしてでも出させていただきます」
そりゃないよ、とでも言いたげな園長を、一睨みで黙らせた卯月が軽く微笑む。
珍しい、卯月の笑顔に若干驚くサトシを知ってか知らずか、サナエが続けた。
「第二弾として、カレンダー、ぬいぐるみ、マスキングテープなど売れ筋商品を用意します。これらは三から四か月かかる見通しです」
一からイラストやデザインを考える場合、イラストレーターに発注したり、サンプルを作ってもらう必要がある。
そのため、すぐにできる商品とは違って、準備期間をかける必要があるのだ。
「こうした商品は、食品以外はオンラインショッピングでも販売し、SNSでの広報を行うことで周知します。その役割は引き続き丑前くんにお願いすることになります」
そう言うと、サナエはサトシに軽く目を向けて笑った。
少しだけ、ドキッとするのを抑えていると、サナエはプレゼンを再開した。
「予算につきましては、次の通りとなります」
「かなり、必要なのね」
そこには一千万円を超える、金額が描かれていた。
「中途半端なものを作るよりも、ここで勝負するべきかと思います」
「威勢が良いのは結構だけど、失敗する可能性はないのかしら?」
「それについては、同じようにグンディを飼育している、動物園のデータをご覧ください」
そう言って、出した表は、王様グンディがかつて飼われていた動物園のお土産の売り上げ金額が載っていた。
「この通り、グンディグッズはかなりの人気商品です。ゆえにここでも同じように勝機はあると思います」
「そのくらいの見込みでよいのかしら?条件が違うことはないの?」
「それは、確かにそうかもしれませんが……」
そういわれて、サナエは、口をつぐんでしまった。
『下僕よ、助け舟を出してやれ』
キツい沈黙の中で、唐突に王様グンディの声が響いた。
『僕が!?どうやって?』
『その蚤の脳みそでよく考えよ』
──どうとでもなれ。
そう思ったサトシは、手を上げる。
園長が目配せして、話すように促すと、サトシはつっかえながらも言った。
「た、例えばですけど、今タレグラでも、結構フォロワー増えていますよね?良いものを作れば、フォロワーが来てくれる可能性は十分あると思います」
「そうかもしれないけど、それでどうにかなると思うのかしら?」
「ですので、いったん第一弾の商品で様子を見てはいかがですか?その売れ行きで第二弾のグッズの売り上げも推し測れると思います」
うーんと、悩むように顔をしかめる卯月へ、園長が言った。
「ウシの言う通りかもしれねえな。一度、様子を見てからでも遅くないか?」
「でも、この規模の予算アップは、上の人たちの承認もいるわよ。どうするの?」
「まあ、それは俺が何とかしてやるよ」
その一言で、ため息をつきながら卯月が言った。
「……わかったわ。ただし、第一弾の商品の売り上げが良くなかったらこの話はなしよ」
「ありがとうございます!丑前くんも、林王さんもありがとうございます!」
そう言って、サナエはサトシへ嬉しそうに微笑む。
さっき以上に顔に喜びが出そうになるのを、サトシはどうにか抑えることができた。
***
『貴様、この建物の外に侍女がいるぞ』
会議が終わり、シフトが終わったため帰ろうとするサトシに、王様グンディの声が響いた。
『迎江さんが?今日は閉園日ですよ?』
『分からぬ。だが、穏やかではない様子だ。手助けしてやれ』
『なんですかね?今日は確か初登校の日だったと思いますけど』
急いで着替えを終えて、サトシは公園に出た。
月曜の昼下がりには、公園に人はあまりいない。昼下がりの散歩をしている親子や外回りの途中のような会社員くらいしかいない公園を歩き回ると、彼女はすぐに見つかった。
イロハは、ブランドのロゴがプリントされたTシャツにジーンズの格好でベンチに座っており、その服は、手でギュッと握ったかのようにわき腹の部分に皺が寄っていた。
浮かない顔をしている彼女は、しかし、サトシに気付くと強張った顔を無理やり笑顔にした。
「丑前さん……」
「……ごめんね。でも、王様から聞いて、心配になって」
イロハは、ベンチに置いてあるランドセルをずらしてくれた。サトシは、一礼するとイロハの横に座る。
「……今日、学校で何かあったの?」
イロハが補聴器を付けたのを見たサトシが、尋ねた。
「あ、大丈夫、です」
「もし、何かあれば内緒にするから。なんでも聞くよ」
「いいえ。本当に大丈夫、です」
イロハとの会話は、そこで途切れてしまった。
サトシは、何も言えない。どう見ても大丈夫ではないのは一目瞭然であるが、聞き出すのも違うように感じる。
教師でも、カウンセラーでもないサトシに何ができるのか、頭の中で必死に思案していた時、王様グンディの声が脳裏に響いた。
『おい、下僕。そんなふうに貴様が黙り込んでは、侍女が話しづらいであろう。何か、飲み物くらい持って来るのだ』
「ごめん、迎江さん!ちょっとだけ待ってて」
王様にそう言われて、サトシは急いで公園の販売機に向かう。
とりあえず、温かいカフェオレを二つ買うとキョトンとしているイロハに一つ手渡した。
「この飲み物、結構おいしいからさ。飲んでみてよ」
その時、キョトンとしていたイロハが、急にプッ、と噴きだした。
驚きの表情を浮かべるサトシへ、イロハがまだ笑いながら言った。
「ごめんなさい。でも、丑前さんのそのお顔で慌てているところを見たら、なんだかおかしくなっちゃって」
サトシの顔の呪いは解けてない。順調にネズミ人間になっているサトシが、脱兎のごとく駆けていった姿はイロハのツボに入ったようだった。
ひとしきり笑ったイロハが、やっと落ち着くとサトシに向かった。
「本当にごめんなさい。お顔のことで笑ってしまって」
「いいや。何とかいつも通りになってきたみたいでよかった。それで、何か学校であったの?」
『イロハよ。以前教えたやり方で伝えるがよい』
しばらく、目をつむって考え事をしていたようなイロハが、ようやく目を開けると静かに言った。
「わかりました。それじゃあ、やってみますね」
次の瞬間、サトシの脳内に落雷が落ちたような衝撃が走った。
周波数の合わないラジオとテレビに囲まれたかのような、雑音とノイズが脳内を駆け巡る。
(な、なんなんだよ……この感覚は!?)
あまりの強烈な感覚を遮断するため、視覚情報をシャットダウンしたサトシの脳裏に、とある光景が浮かんできた。
***
──気が付くと、そこは見たこともない空間であった。
どこかの学校の職員室のようなその部屋には、一人の男性が立っていた。
「それじゃあ、迎江さん。行こうか」
急に、聞いたことのない、大きな声が響く。
その身長は見上げるほど高かった。
だが、巨大な男性が唐突に目の前にいることに戸惑う間もなく、サトシの意思に反して体が動いた。
(いや、違う)
サトシは、周囲の違和感に気付いた。
机も、椅子も、何もかもすこし大きいのだ。
どこにでもありそうなオフィスチェアの背は目線と同じくらいの高さで、地面の位置もより少し近く見えている。
まるで、サトシ自身が小さくなってしまったかのように──
『貴様の思っている通りだ。余と貴様は、今、侍女の回想の中にいる』
王様グンディの声が聞こえたため、あたりを見回そうとするが目線すら思うようには動かせない。
『あくまで、侍女が見て聞いて感じ取ったことのみ、貴様は感じることができる。何があったのか、よく見ることだ』
職員室をでると、男の先生は一階下の教室に着くなり、教室の扉を引いて開けた。
「みんな、久しぶり!元気にしていたか!」
先生は気さくに、新年度らしい挨拶をかける。
だが、クラスの中の子ども達の目線は、先生の後ろの、イロハのほうを向いていた。
「今日は、新しいクラスメイトをまず紹介するぞ!じゃあ、迎江さん。自己紹介を」
黒板に、イロハの名前を書いた先生が、彼女に教壇に乗るように促す。
「迎江イロハです。あの、みなさん、よろしくお願いします」
促され、黒板の前に立ったイロハが、なるべく明るく言ったのを、サトシは"感じた"。
「迎江さんは、耳に障害があって大変なんだ。みんな、手伝ってあげるように」
先生の一言で、教室はざわついた。
生徒たちの目線が、針のように刺さるのを、サトシは不快に思うものの、体は微動だに動かない。
「あ、あの!補聴器を付けていれば普通に会話できます!あまり、気にしないでください!」
イロハは訂正するように慌てて言うが、一人の男の子が手を上げて言った。
「ねえ!補聴器ってどんなのか見せてよ!」
「えっ、えっと……」
子供特有のキンキンとした声が補聴器で拡張されて、サトシの耳に突き刺さる。平静を保ち、返事をしようとするイロハだが、生徒たちは矢継ぎ早に声をかけてくる。
「うちのジーちゃんも、補聴器付けてるぜー!こいつも同じように耳わりーの?」
「耳聞こえないのに、普通の学校来てもいいんですか?シエンガッキュー、ってとこじゃなくていいんですか?」
「ちょっと!迎江さんがびっくりしているじゃない!みんな、静かにしなさいよ!」
イロハの耳に、音が奔流のように飛び込む。
生徒たちの声、反射音、机をずらす音、椅子を引く音、そのほか様々な雑音。
すべてが同じ大きさの音で、ガンガンとイロハの耳を打ち付けてくる。
(もう嫌だ!やめてくれ!)
『愚か者。最後までイロハがどのような仕打ちを受けたのか、見届けよ』
目線に、音に、嘲笑に耐えられずに目を背けようとするサトシを、王様グンディが叱責する。その言葉で、サトシはかろうじて目を向け続けることができた。
「静かに!静かに!」
先生の制止する声も加わり、音の嵐の中で、イロハはただ茫然と晒し者のように教卓の前で立ち尽くすしかなかった。
気が付くと、両手が痛くなるほどギュッとシャツの裾を握っていた。
***
「はあっ……はあっ……」
気が付くと、サトシは公園のベンチに座っていた。まるで、何時間も運動したかのように、彼の息は荒い。
ふと、右手に温かみを感じて、そちらを見ると、サトシの手をイロハがぎゅっと握っていた。
「ごめんなさい。丑前さん、すごく震えていて」
慌てて、手を離したイロハへ、サトシは何とか、笑顔を浮かべると言った。
「ありがとう。心強かったよ」
サトシは、両手を顔の前へもっていく。先ほどまでは指一本動かせなかったのが、当たり前のように手は意識に従い握って開くことができた。
ふと、春の風が吹くと、先ほどまでは感じなかった寒気が身を貫く。よく見ると、脂汗が全身から噴き出していた。
「ごめんなさい。こんなことになるとは思わなくて」
『侍女が気にするでない。そなたは心象の伝達をよくこなした。初めてにしては上出来である』
王様グンディがいつになく優しい声で、ねぎらった。
「あの、クラスで起こったことは本当なの?」
耐えきれず、サトシはイロハへ聞く。イロハは力なく頷いた。
「いつも、ああなの?」
サトシは、なるべく言葉を選ぶように、慎重に言った。
今まで、彼は大きなケガも病気もしたことがない。もちろん、補聴器など今まで全く縁がなかった。
あの音の嵐がイロハの日常であると思うと、サトシは背筋がひんやりとする。
「慣れ、です。古いタイプの補聴器なので、たくさんの人から同時に話しかけられたり、騒音が大きい場所にいると、あのようになるんです」
「でも、それって、何とかならないの?」
「いつもだったら、技師の人に頼んで定期的にメンテナンスしてもらうんですが、最近は行けてなくて……」
「そんなに、大変なんだね」
「最新のものですと、ノイズキャンセリングや指向性マイクを付けたものがあるのですが、そっちは補助があっても高くて」
サトシは、それ以上何も言えなかった。
慰めるのも、同情するのも、安易に寄り添うことさえも、何か違うと思えるのだ。
『それで、侍女はどのようにするのだ?』
不意に王様グンディが聞いてきた。
「……明日から、また学校へ行きます」
「それで、迎江さんは大丈夫なの?」
「はい。地道にみんなと話をしていけば、きっとわかってくれると思います。前の学校ではそうしてきました」
本当に、それが正しいのか。いや、正しい方法などというのがあるのだろうか?
それすら、今のサトシには分からないのだ。
「迎江さんのご家族に、話してみたら?」
「お母さん、今、いろいろと忙しくて。これ以上辛いのは見ていられないんです……」
イロハの両親は、昨年離婚していると聞いた。
この優しい少女がどれほどの重荷を背負っているのか、少しでも想像するとサトシの目頭が熱くなってきた。
「……何もできなくて、ごめんね」
「大丈夫です。今日話せただけでも、心が軽くなりました。ただ……」
そこで、一呼吸置いたイロハが、ポツンと吐き出すように言った。
「でも、明日は、ちょっと怖いです。本当に話して何とかなるのかなって……」
サトシは、何も答えられなかった。
イロハもそれ以上、言葉を発せず、二人はただぼんやりと前を見ていた。
『侍女よ、よくぞ言った。その勇気だけでも、今は充分である』
その時、唐突に王様グンディの声が響く。
『泣くことしか能のない、隣に座る下僕も少しは見習え。余の宮廷に、無能も臆病者もいらぬぞ』
ついでのようにディスを入れられたサトシが鼻白むが、構わず王様グンディの声が響いた。
『今の余には何もしてやれぬ。だが、身辺が落ち着いた時、改めて余の元に来るがよい』
『……はい』
イロハは、弱弱しく、しかしはっきりと答える。
堂々と何もできないことを伝える王様グンディに突っ込みを入れたくはなるが、サトシは何とかこらえ、黙って聞いていた。
『だが、今は、ここで共に時の流れるままに過ごそうではないか』
『ありがとう、ございます』
『余も、下僕も、イロハの横におる。恐れるでないぞ』
日が落ち始めた公園で、二人と一匹はただ静かに心が凪ぐのを待ち、座り続けた。




