第9話「ライバル(?)登場と、嵐を呼ぶパフェ」
白石未来には、忘れられない記憶がある。
それは、まだ彼女が『JESUS』の訓練生だった頃のこと。模擬戦で失敗し、教官に厳しく叱責され、一人で泣いていた夜。そこに、一人の先輩エージェントが通りかかった。
彼は、落ち込む未来に缶コーヒーを差し出し、ぶっきらぼうにこう言ったのだ。
『失敗は誰にでもある。大事なのは、次どうするかだろ』
その先輩こそ、若くして組織のエースと呼ばれていた男。未来が密かに憧れ、目標としていた存在だった。
しかし、彼はある任務を最後に、組織から姿を消した。表向きは「殉職」とされているが、未来は信じていなかった。
そして今、未来の目の前にいる男――天城海斗は、その先輩とどこか雰囲気が似ていた。
ぶっきらぼうで、口は悪い。でも、その奥にある優しさが、未来の心をざわつかせるのだ。
「――だから、このハンディの操作は、まずテーブル番号を押してから……」
「は、はい!先輩!」
ファミリーレストラン『サイデリア』。
俺は新人バイトの未来に、仕事のイロハを教えていた。彼女は真面目で、覚えも早い。正直、ルナの百倍は戦力になる。
「よし、じゃあ次はあそこのテーブルの注文、一人で取ってみろ。大丈夫、俺が後ろで見ててやるから」
「はい!やってみます!」
未来は緊張した面持ちで、客席へと向かっていった。
健気で、一生懸命な子だ。俺はそんな彼女の姿を、少しだけ眩しい気持ちで見守っていた。
だが、その時ー
俺は背中に、突き刺すような視線を感じた。
振り返ると、厨房の入り口から、ルナが般若のような顔でこちらを睨みつけていた。
その手には、なぜかお玉とフライ返しが握られており、まるで決闘前の剣士のようだ。
(や、やべえ……!)
ルナの嫉妬だ。俺が未来と親しげに話しているのが、気に入らないらしい。
まずいぞ、これは非常にまずい。ルナの機嫌は世界の機嫌に直結しているのだから。
俺の予感は、すぐに現実のものとなった。
ゴオオオオオオッ!
「きゃっ!?」
「な、なんだ!?」
突然、店内の空調がフルパワーで稼働し始めた。それも、冷房が。
真夏でもないのに、店内は一瞬にして極寒の地へと変貌した。客たちは悲鳴を上げ、自分の腕をさすっている。
「さ、寒い……!どうなってるの!?」
「店長!空調が暴走してます!」
俺がインカムで叫んだ直後、今度は灼熱の熱風が吹き荒れた。
ブオオオオオオッ!
「あ、熱い!今度は暖房かよ!」
「サウナかここは!」
冷房と暖房が数秒おきに切り替わり、店内は阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。客たちはパニックになり、出口へと殺到し始めている。
原因は、言うまでもなくルナだ。
俺が厨房を覗くと、ルナは「カイトのばか……うわきもの……」とブツブ-ツ呟きながら、鬼の形相で皿を洗っていた。
その周りだけ、なぜか冷気と熱気が渦を巻いている。
このままでは店が潰れる!いや、世界が危ない!
「白石さん!悪い、あとは頼んだ!」
「え、先輩!?」
俺は未来に後を託し、厨房へと駆け込んだ。
「ルナ!お前、ちょっと来い!」
「……なんですか。私はお皿洗いで忙しいです」
「いいから!」
俺はルナの手を引き、休憩室へと連れ込んだ。
「お前、何拗ねてんだ。お前のせいで店が大変なことになってんだぞ!」
「……別に、拗ねてません」
「嘘つけ!顔に『不機嫌です』って書いてあんだよ!」
「……だって」
ルナは俯いたまま、小さな声で言った。
「カイトが、あの人とばっかり話してるから……。私より、あの子の方が、大事なんですか……?」
その潤んだ瞳と、か細い声。
ああ、もう!こんな顔されたら、怒れるわけないだろうが!
俺はガシガシと頭をかき、そして、深いため息をついた。
「……んなわけねえだろ、馬鹿」
「え……」
「あいつはただの新人。お前は……お前は、俺の大事な同居人だ。それ以上でも、それ以下でもねえよ」
俺がそう言うと、ルナの顔がパッと明るくなった。
その瞬間、今まで暴れ狂っていた店内の空調が、ピタリと正常に戻った。
「ほんと……ですか?」
「ああ、本当だ。だから、もう拗ねるな。お詫びに、後で特製のパフェ、作ってやるから」
「とくせいパフェ!」
ルナはすっかり機嫌を直し、満面の笑みを浮かべていた。
単純なヤツめ。でも、そこがいい。
その日の営業後。
俺は約束通り、ルナのために特製のパフェを作っていた。
グラスの底にコーンフレークを敷き、アイスクリーム、フルーツ、生クリームをたっぷりと盛り付ける。
仕上げに、チョコレートソースとポッキーを飾って完成だ。
「うわあ……!お店で売ってるのよりすごいです!」
「だろ?俺にかかればこんなもんよ」
ルナが嬉しそうにパフェを頬張る。その幸せそうな顔を見ているだけで、俺も満たされた気分になる。
その様子を、少し離れた場所から、白石未来が静かに見ていた。
彼女の胸には、チクリとした痛みが走っていた。それは、嫉妬と、そして、諦めに似た感情だった。
(やっぱり、私じゃダメなのかな……)
彼女は、天城海斗という人間に惹かれ始めている自分を、はっきりと自覚していた。
憧れの先輩に似ているから?それだけじゃない。
彼の不器用な優しさ、ルナに向ける真っ直ぐな眼差し。その全てが、未来の心を揺さぶる。
(でも、あの二人の間には、誰も入れない……)
未来は、自分の任務と、芽生え始めた恋心との間で、激しく揺れ動いていた。
エージェントとして、天城海斗を監視し、セラフ・シグマを確保しなければならない。
でも、一人の女の子として、彼の幸せを願ってしまっている自分もいる。
「……私も、手伝います」
未来は意を決したように、二人の元へ歩み寄った。
「白石さん?」
「はい。洗い物、たまってるでしょう?私も、このお店の仲間ですから」
未来はそう言って、にこりと笑った。
その笑顔は、プロフェッショナルな『スマイル・クイーン』のものではなく、ただの健気な後輩、白石未来としての、少しだけ切ない笑顔だった。
この時から、三人の奇妙な三角関係(?)と、世界の運命を賭けたドタバタな日常は、さらに加速していくことになる。




