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第8話「初めてのアルバイトと、時給以上の価値」

「というわけで、今日からお前もここで働いてもらう」


「ここが、カイトの戦場(バイトさき)……!」


俺はルナを連れて、バイト先であるファミリーレストラン『サイデリア』の裏口に立っていた。


先日のネット通販事件により、俺の家計は壊滅的なダメージを受けた。


赤字を補填するため、そしてルナに「労働の尊さ」と「お金を稼ぐことの大変さ」を叩き込むため、店長に頭を下げて、短期の皿洗いとして雇ってもらったのだ。


「いいか、ルナ。仕事は戦争だ。一つのミスが命取りになる。特に、皿を割るのだけは絶対に許さんからな!一枚につき時給の半分が吹き飛ぶと思え!」


「はい、マスター!心得ました!」


俺はルナに真新しい制服を手渡し、厨房へと案内した。店長は人の良さそうなおじさんで、「海斗くんの紹介なら安心だ。まあ、無理せず頑張ってくれたまえ」と鷹揚に笑っている。


店長、その信頼は数時間後に裏切られますよ。


「ルナは、奥の洗い場で皿洗いを頼む。俺はホールだから、何かあったらインカムで呼べ。いいな?」


「インカム……!かっこいいです!」


ルナは目を輝かせている。まあ、最初は誰でもそう思うよな。すぐに「オーダー入りまーす!」「3番テーブル、お冷や!」という怒号が飛び交う戦場の通信機だと知ることになるが。


開店時間になり、俺はホールの業務に戻った。どうか、ルナが何もやらかしませんように。俺は神に祈るような気持ちで、客席へと向かった。


その頃、政府の秘密組織『JESUS』の地下司令室。


司令官の氷川は、苦々しい顔でモニターに映し出された『サイデリア』の店内見取り図を睨んでいた。


「――教団の『聖なる贈り物』作戦は、対象の逆鱗に触れ、大規模災害を誘発しかけた。実に愚かな連中だ」


「ですが司令、我々も『静かなる影』が天井裏で敗退して以来、有効な手を打てていません」


「わかっている。だからこそ、次の作戦は慎重を期す。作戦名『エンジェル・モニター』。我々のエージェントを店員として潜入させ、至近距離から天城海斗とセラフ・シグマの動向を監視する」


氷川の言葉に、部下の一人が「しかし、そんな急に店員として……」と懸念を口にする。


「問題ない。すでに手は打ってある。本日付で新人アルバイトとして採用されたはずだ。コードネームは『スマイル・クイーン』。どんな客でも笑顔で対応し、情報を引き出すプロフェッショナルだ」


スクリーンに、一人の女性エージェントの顔写真が映し出された。にこやかな笑顔が印象的な、ごく普通の女性に見える。だが、その目は笑っていなかった。


「いらっしゃいませー!お好きな席へどうぞー!」


俺が声を張り上げていると、一人の新人バイトが紹介された。


「今日から入った、白石さんだ。天城、お前がしっかり指導してやれよ」


「うす。よろしくな、白石さん」


「はい!よろしくお願いします、先輩!白石未来しらいし みくです!」


そこに立っていたのは、小柄で、少し緊張気味の女の子だった。健気な後輩、という感じで、悪い子ではなさそうだ。


「とりあえず、俺の動きを見て覚えてくれ」


「はい、先輩!」


俺は未来を連れて、ホールを回り始めた。

その間も、俺の意識は厨房のルナに向いていた。頼むから、静かに皿だけ洗っていてくれ……!


だが、俺の祈りは、無情にも打ち砕かれた。


ガッシャーーーーーン!!


厨房の奥から、盛大な、それこそ絶望のファンファーレのような音が響き渡った。

俺は血の気が引くのを感じた。


「……白石さん、ちょっと待ってろ。すぐに戻る」


「は、はい!」


俺は足早に厨房へ向かう。そこには、床に散らばった無数の皿の破片と、その中心で青ざめて立ち尽くすルナの姿があった。

「……ルナ。何があったか、説明してもらおうか」


「あ、あの、カイト……。お皿さんたちが、手から滑り落ちて、大ジャンプを……」


「皿はジャンプしねえんだよ!」


店長が駆けつけ、頭を抱えている。


「海斗くん……。これは、弁償ものだよ……」


「すみません!俺の給料から引いてください!」


俺が頭を下げた、その時だった。


「あの!私がやります!」


声を上げたのは、ルナだった。


「私が、お皿さんたちを綺麗にします!だから、カイトのお給料から引かないでください!」


ルナはそう言うと、震える手で、床の破片を拾い始めた。その指先が、鋭い破片で少し切れてしまう。


「いっ……」


「馬鹿野郎!素手で触るな!」


俺は慌ててルナの手を取り、水道で血を洗い流す。


「なんでお前が……」


「だって……カイトが、一生懸命働いたお金だから……。私のせいで、なくなるのは、嫌です……」


涙目で、ぽつりぽつりとルナは言った。

その言葉が、俺の胸に突き刺さった。


こいつ、何もわかってないようで、ちゃんとわかってるじゃないか。


「……店長。すみません、こいつの時給はいらないです。だから、今日のところは許してやってくれませんか」


「海斗くん……」


「こいつには、お金より大事なことを、俺が教えますから」


俺の真剣な目に、店長は深いため息をつき、そして、ふっと笑った。


「……わかったよ。今回は大目に見てやる。だが、次はないぞ。二人で協力して、ちゃんと片付けておくんだよ」


「っ!、ありがとうございます!」


俺とルナは、二人で協力して、床の破片を片付けた。

その日のバイト代は、皿の弁償代でほとんど消えた。

でも、なぜか俺の心は、いつもよりずっと温かかった。


その様子を、物陰から監視していた白石未来――『スマイル・クイーン』は、耳元の小型インカムに報告を入れていた。


「……こちらスマイル・クイーン。報告します。セラフ・シグマ、店内の備品を多数破損。しかし、天城海斗の介入により、事態は沈静化」


『それで?何か情報は得られたか?』


「……情報、ですか」


未来の脳裏に、ルナを庇う海斗の姿と、それを見て少しだけ胸がチクリと痛んだ、自分の感情が蘇る。


「……天城海斗は、対象にとって、ただの保護者ではないようです。それ以上の、強い繋がりが……。報告は以上です」


彼女はそう言うと、インカムのスイッチを切った。

プロフェッショナルであるはずの彼女の声は、ほんの少しだけ、揺れていた。


この任務が、ただの監視では終わらないことを、彼女は予感し始めていた。

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