第36話:「その後の世界と、司令官の初恋」
ルナのメッセージは、世界を変えた。
争いの連鎖は、まるで魔法が解けたかのように、ぴたりと止まった。JESUSと教団、長きにわたり世界の裏側で暗躍し、その均衡を保ってきた二大組織は、ルナの純粋な願いによって、解体と再編を余儀なくされた。
それは、あまりにも劇的で、あまりにもあっけない幕切れだった。
俺たちのラーメン屋『むさし屋』は、世界の中心となった。
いや、正確には、ルナが世界の中心になった、と言うべきか。連日、世界中から、ルナに会いに来る人々でごった返した。国の要人、科学者、宗教家、果ては有名芸能人まで。
皆、ルナの笑顔を見るだけで、心が洗われるような、不思議な感覚に包まれるのだという。
桜庭さんは、そんな喧騒をよそに、黙々とラーメンを作り続けていた。親父は、相変わらず自由気ままに、ルナの護衛(という名の、ただの付き添い)をしながら、世界各地を飛び回っていた。
未来は、JESUSの再編組織で、ルナのサポート役として、その辣腕を振るっていた。かつての「光の戦士」としての力は、今や、ルナのスケジュール管理や、世界平和のための会議の調整に使われている。
レイジは、教団の再編組織で、広報担当として活躍していた。彼のキザな言動は、世界平和のメッセージを伝える上で、意外なほど効果を発揮した。
アカネは、相変わらずツンデレ全開で、ルナのファッションアドバイザーとして、世界中のメディアに露出していた。彼女の「愛のない世界なんて、つまらないわ」という言葉は、新たな世界の標語になりつつあった。
そして、俺はというと、相変わらず『サイデリア』でバイトを続けていた。
ルナは、俺がバイトをしている間、カウンター席に座って、俺が運んでくるドリンクバーのメロンソーダを、幸せそうに飲んでいる。
世界を救った巫女が、ファミレスでメロンソーダを飲んでいる。そんな光景が、日常になった。俺は、この「くだらないけど、幸せな日常」を守るために、戦ったのだ。
だから、これでいい。これで、最高なんだ。
そんなある日のことだった。いつものように、俺がドリンクバーの補充をしていると、一人の男が、俺の前に現れた。
清潔感のあるスーツに身を包み、神経質そうな眼鏡をかけた、見慣れた顔。しかし、その顔には、かつての威圧感は微塵もなく、どこか疲れたような、それでいて、穏やかな表情を浮かべていた。
「……高城司令官、さん?」
俺が思わず呟くと、男は、はにかむように笑った。
「やあ、天城くん。いや、もう『司令官』ではないから、ただの『高城』でいい」
高城は、全ての職を解かれ、ただの一般人になっていた。JESUSの解体に伴い、彼もまた、その職を失ったのだ。俺は、彼をカウンター席に案内し、アイスコーヒーを差し出した。
「まさか、あんたが俺のところに、来るとはな」
「君に、話しておきたいことがあったんだ。あのポエムのことだ」
高城は、アイスコーヒーを一口飲むと、静かに語り始めた。彼の瞳は、遠い昔を懐かしむように、優しく細められていた。
「あれは、私が中学二年生の時のことだった。私は、クラスの委員長を務める、真面目一辺倒の少年だった。そんな私の心を奪ったのは、転校生としてやってきた、一人の少女だった…」
(これ長くなりそうだな…)
カイトはとりあえず黙っておくことにする。
「彼女は、まるで夜空に輝くシリウスのように、私の心を強く惹きつけた。彼女の瞳は、吸い込まれるような深い青色で、私は、その瞳を見るたびに、まるでブラックホールに吸い込まれていくような感覚に陥ったんだ」
高城は、そこで一度言葉を切ると、少し照れたように、付け加えた。
「……今思えば、かなり厨二病的な表現だったがね」
俺は、思わず吹き出しそうになったが、なんとかこらえた。あの高城司令官が、そんな甘酸っぱい過去を持っていたとは。想像するだけで、面白い。
「彼女は、いつも私の隣の席に座っていた。休み時間になると、彼女は窓の外を眺めながら、いつも楽しそうに歌を口ずさんでいた。その歌声は、まるで天使の歌声のようで、私の心を癒してくれた。」
(こいつ、筋金いりのポエマーだな…)
だが不思議と嫌な気持ちにはならなかった。彼が語る言葉が本音で純粋なものだったからかも知れない…。
「私は、彼女に、どうにかして自分の気持ちを伝えたいと、毎日、そればかり考えていた。そして、ある日、私は意を決して、彼女に手紙を書いた。それが、あのポエムだったんだ」
高城は、遠い目をして、当時のことを思い出しているようだった。彼の表情は、まるで少年のように、純粋な輝きを放っていた。
「手紙を渡した日、私は、心臓が破裂しそうなくらい緊張していた。彼女は、手紙を受け取ると、少し驚いたような顔をして、それから、ゆっくりと読み始めた。私は、彼女の表情から、一喜一憂していた。そして、彼女が読み終えた時、彼女は、私に向かって、にっこりと笑ってくれたんだ」
高城の顔に、満面の笑みが浮かんだ。それは、俺が今まで見たことのない、本当に幸せそうな笑顔だった。
「彼女は、こう言ってくれた。『高城くんのポエム、とっても素敵。まるで、宇宙旅行をしているみたいだったわ』と。そして、彼女は、私の手を握って、『ありがとう』と言ってくれたんだ。」
「その時、私は、この手紙を書いてよかった、と心から思った。そして、彼女の笑顔を守るために、私は、どんなことでもできる、と誓ったんだ」
高城は、そこで言葉を区切ると、俺の顔をまっすぐに見つめた。
「……私は、その誓いを、JESUSの司令官として、ルナくんを守るという形で果たそうとした。だが、私のやり方は、間違っていた。」
「君とルナくんのやり方こそが、本当に世界を救う道だったんだ。君たちの純粋な想いが、世界を変えた。私は、君たちに、心から感謝している」
高城は、深々と頭を下げた。俺は、慌てて彼を制した。
「頭を上げてくださいよ。あんたも、あんたなりに、世界を救おうとしてたんだ。それに、俺たちだって、あんたのポエムがなかったら、あんな作戦、思いつかなかったんだからな」
俺がそう言うと、高城は、少し驚いたような顔をして、それから、ふっと笑った。
「……そうか。私のポエムが、役に立ったのなら、こんなに嬉しいことはない」
高城は、アイスコーヒーを飲み干すと、立ち上がった。
「私は、これから、彼女に会いに行く。あの時の感謝と、そして、今だから言える、私の本当の気持ちを伝えに」
「……頑張ってください」
俺は、心の中で、高城の恋の成就を願った。
世界を救った男の、甘酸っぱい初恋の結末。それは、きっと、世界で一番、素敵な物語になるだろう。
高城は、俺に背を向け、ファミレスの出口へと向かって歩き出した。その背中は、かつての威圧感とは違う、どこか軽やかで、希望に満ちたものに見えた。
俺は、彼が去っていくのを見送りながら、ルナの頭を優しく撫でた。
「なあ、ルナ。俺たちも、いつか、あんな風に、昔の思い出を語り合える日が来るのかな?」
ルナは、俺の顔を見上げると、にっこりと笑った。
「はい!きっと、来ます!カイトと一緒なら、どんな未来も、幸せです!」
彼女の言葉に、俺は、胸が温かくなるのを感じた。世界の運命なんて、もう、どうでもいい。俺の隣に、ルナがいて、そして、俺たちが、こうして笑っていられる。
今はそれだけで十分だ。




