第35話:「世界への発信と、最後の賭け」
親父が残した、一本のメモリーチップ。俺たちは、ラーメン屋の二階にある、旧式のノートパソコン(これも桜庭さんの私物だ)に、そのチップを恐る恐る差し込んだ。
ファイルを開くと、そこには、俺たちの想像を絶する、お宝(?)データが眠っていた。
『極秘:JESUS司令官・高城、中学時代のポエム集』
『マル秘:教団幹部クロウ、猫カフェでデレデレ写真流出』
『衝撃:氷堂レイジ、オーディション番組で熱唱し、一次審査で落選した過去』
などなど、組織の存亡に関わる重大な秘密から、どうでもいい個人の黒歴史まで、多種多様なスキャンダルが、これでもかと詰め込まれていた。
「……高城司令官の、初恋の相手へのポエム……。『君の瞳は、シリウスの輝き。僕の心は、ブラックホールに吸い込まれていく……』。だ、そうです……」
未来が、顔を真っ赤にしながら、震える声で読み上げる。その声は、笑いをこらえるのに必死で震えていた。
「ぷっ……!あははは!だっせえ!」
俺は、思わず腹を抱えて笑ってしまった。涙が出てくるほどだ。
「こら、カイト!笑いごとじゃないわよ!……でも、ちょっと面白いわね」
アカネも、最初は眉をひそめていたが、ぷっと吹き出して、俺たちと一緒になって笑いだした。
レイジは「僕の黒歴史まで……!父さん、なんてことを!」と、恥ずかしさで頭を抱えている。
ともかく、武器は揃った。作戦はこうだ。
まず、レイジが、JESUS内部の協力者(ハッキングの達人らしい)と連携し、世界中のテレビ、ラジオ、インターネット回線を、同時にジャックする。
そして、アカネが、教団のポンコツな秘密を暴露し、組織の権威を失墜させる。未来は、Gシステムを使い、物理的な妨害に備える。桜庭さんと親父は、それぞれの裏ルートを使い、両組織の内部に「もう争いはやめよう」という空気を作る。
そして、その混乱の極みで、俺とルナが、全世界に向けて、メッセージを発信する。
ルナが、その力で、「争いはやめて、みんな仲良く」という想いを、世界中に届ける。
これが、俺たちの、最後の賭けだ。
「……よし、準備はいいな。作戦開始だ!」
俺の号令で、全員が、それぞれの持ち場についた。
ラーメン屋の二階が、一夜漬けの作戦司令室と化す。キーボードを叩く音、無線機のノイズ、そして、張り詰めた空気。
「ハッキング、第一段階、完了した!いつでも、回線をジャックできる!」
レイジが、真剣な表情で、親指を立てた。
「教団内部のゴシップまとめサイト、アップロード準備、完了よ!」
アカネも、ノートパソコンの画面を見ながら、不敵に笑う。
このまま、うまくいくか――!
そう思った、その時だった。
ドガアアアアン!
ラーメン屋の階下から、凄まじい爆発音と、ガラスが砕ける音が伝わってきた。床が、激しく揺れる。
「な、なんだ!?」
「先輩!店の外を見てください!」
未来の叫びに、俺は窓から恐る恐る外を覗いた。そこには、信じられない光景が広がっていた。
店の周りを、JESUSの武装部隊と、教団の戦闘員たちが、完全に包囲していたのだ。そして、その先頭に立っていたのは……。
「高城……!それに、クロウまで!」
頭に包帯を巻いた高城と、腕を吊ったクロウ。相打ちになって、再起不能かと思われた二人が、満身創痍の体で、自ら現場に乗り込んできたのだ。
「天城海斗!小賢しい真似は、そこまでだ!」
「我々の秘密を、白日の下に晒そうなど、万死に値するぞ!」
二人の怒号が、夜空に響き渡る。どうやら、俺たちの計画は、完全に、筒抜けだったらしい。
「くそっ、どうする!?」
「もう、やるしかありません!レイジさん!」
「わかっている!回線ジャック、強制執行!」
レイジが、血走った目で、エンターキーを強く叩きつける。その瞬間、店の外で、隊員たちが持っていた通信機器や、街頭のビジョンが、一斉に、砂嵐の画面に切り替わった。
「なっ!?回線を乗っ取られただと!?」
「アカネ!やれ!」
「言われなくても!」
アカネが、不敵な笑みを浮かべ、ノートパソコンのボタンを押す。すると、砂嵐の画面に、でかでかと、こう表示された。
【悲報】教団幹部クロウ氏、猫アレルギーなのに猫カフェ通いがやめられない
【衝撃】JESUS司令官・高城、初恋の相手へのポエム公開
「「「な、なんだとーーーーっ!?」」」
クロウと高城の絶叫が、夜空に響き渡った。
部下の教団員たちが、「え……幹部、猫アレルギーだったの……?」「だから、いつも黒マスクを……」と、ざわめき始める。JESUSの隊員たちも、司令官のポエムにざわついている。組織の統率が、見る見るうちに、乱れていく。
「おのれ、アカネ!余計なことを!」
「高城!お前のポエム、最高傑作だぜ!『ブラックホールに吸い込まれていく』だってよ!くはははは!」
俺は、叫びながら、高城を挑発する。
「なっ!?貴様、よくも!」
高城が、明らかに狼狽している。よし、作戦は、うまくいっている!
「未来!援護を頼む!」
「はい!Gシステム、起動!」
未来が、光の戦士へと変身し、窓から飛び降りて、隊員たちの足止めをする。
「カイト!ルナ!今のうちだ!」
レイジが、叫ぶ。俺は、ルナの手を強く握りしめた。
「ルナ、準備はいいか?」
「はい!」
俺たちは、マイク(桜庭さんのカラオケ用)の前に立つ。カメラ(レイジのスマホ)が、俺たちを映し出す。
「……全世界の皆さん、こんばんは。俺は、ただのフリーター、天城海斗です」
俺は、意を決して、語り始めた。JESUSや教団のこと。ルナの正体のこと。そして、俺たちが、ただ、平和な日常を送りたいだけだということ。
そして、最後に、マイクを、ルナに渡した。ルナは、深呼吸を一つすると、カメラの向こう側にいる、全世界の人々に向けて、語りかけた。
「……私は、ルナ、です。私が、幸せだと、世界は、平和になります。私が、悲しいと、世界は、壊れてしまいます」
彼女の言葉は、拙い。でも、その一言一言に、温かい光が宿っていた。
「だから、お願いです。もう、争うのは、やめてください。JESUSの皆さんも、教団の皆さんも、そして、世界中の皆さんも……みんな、仲良くしてください。そして……」
ルナは、カメラの隣に立つ俺を見て、にっこりと、世界で一番、幸せそうに、笑った。
「そして、私の大好きな人が、安心して、ラーメンを食べられる世界に、してください」
その笑顔が、電波に乗って、全世界に発信された、その瞬間。
彼女の体から、金色の、温かい光が、奔流となって、溢れ出した。その光は、ラーメン屋を包み込み、街を包み込み、そして、空へと昇っていき、地球全体を、優しく、照らし出した。
店の外で、武器を構えていたJESUSの隊員も、教団の戦闘員も、その光に包まれ、戦う力を、失っていた。高城も、クロウも、ただ、呆然と、その光景を、見上げている。
俺たちの、最後の賭け。
その声は、確かに、世界に、届いたのだ。




