第33話:「作戦会議と、それぞれの覚悟」
ラーメン屋『むさし屋』の二階。そこは、桜庭さんが物置として使っている、六畳ほどの、雑然とした和室だった。
埃っぽい畳の上には、古い段ボールが山積みになり、壁には色褪せたポスターが貼られている。窓からは、夜の街のネオンが漏れ込んでいるが、眼下からは、食欲をそそる醤油の香ばしい匂いが、絶え間なく漂ってくる。
ここが、俺たちの、新しい秘密基地だ。
俺たちは、その部屋の真ん中に、車座になって座っていた。全員、着の身着のままで、ルナと俺は、ボロボロになった服のまま。未来とレイジ、アカネも、どこかで着替えてきたらしいが、それでも、どこか落ち着かない様子だった。
最初に口火を切ったのは、意外にもレイジだった。彼は、いつものキザな態度は鳴りを潜め、真剣な表情で、桜庭さんがどこからか出してきてくれたホワイトボードに、状況を書き出していく。
「まず、現状を整理しよう」
レイジが書いた文字は、普段のふざけたポエムとは全く違う、鋭く、的確なものだった。
「僕たちは今、JESUSと教団、両方の組織から追われる身だ。そして、JESUS本部の戦いで、司令官の高城と、教団幹部のクロウは、相打ちに近い形で、共に大きなダメージを負ったらしい。双方とも、トップが動けない今、一時的に、大きな動きは取れないはずだ」
レイジは、どこからそんな情報を手に入れたのか、俺は知らなかった。でも、彼の真剣な横顔を見て、無条件に信じようと思えた。
「だが、それも時間の問題だろう。奴らが体勢を立て直す前に、僕たちは、次の手を打たなければならない」
「次の手って言っても、どうすんだよ。あんな、でかい組織相手に」
俺は、思わず弱音を吐いてしまった。こんな状況で、どうやって、世界と戦えばいいんだ。
すると、今まで黙って聞いていたアカネが、不意に、俺の頭をパシン、と叩いた。
「馬鹿ね、カイト。いつまでそうやって、弱気になってるつもり?」
「いって!何すんだよ!」
「こういう時は、敵の敵は味方、って言うでしょ。JESUSと教団、両方が、今、喉から手が出るほど欲しがっているもの……それは、何だと思う?」
アカネの、挑発的な瞳。俺は、少し考えてから、ルナを見た。
「……ルナ、か」
「その通りよ。つまり、ルナの存在そのものが、私たちの、最強の『交渉カード』になるってこと。この世の終わりを告げる『滅びの鍵』を、私たちが持っている限り、奴らは、私たちに手を出せない。……いや、手を出せなくなるように、こっちから仕向けるのよ」
アカネの言葉に、俺はハッとした。ただ逃げ回るだけじゃない。ルナという、切り札を持っている。
「でも、どうやって交渉するんですか?私たちには、組織と渡り合えるような力も、コネも……」
未来が、不安そうな顔で、ルナの手をぎゅっと握った。その震える手から、未来の不安が、ひしひしと伝わってくる。
その時、今まで部屋の隅で黙って、何か古いものを拭いていた桜庭さんが、ぼそり、と呟いた。
「……コネなら、あるかもしれねえぞ」
俺たちは、一斉に、桜庭さんを見た。
「え?」
桜庭さんは、埃を被った古い木箱の中から、一台の、旧式な無線機を取り出した。
「俺の、古い知り合いだ。JESUSでも、教団でもない、第三の勢力……いや、ただの、物好きな情報屋、とでも言っておくか。そいつなら、あんたたちの、助けになるかもしれん」
桜庭さん、一体、何者なんだ……。俺たちの、最後の希望の光が、思わぬところから、差し込んできた。
よし、方針は決まった。桜庭さんの情報屋と接触し、JESUSと教団、両組織と交渉する。そして、ルナを、世界の道具としてではなく、一人の人間として、自由に生きられるように、認めさせる。
無謀な作戦だ。だが、もう、これしか道はない。
「……決まりだな」
俺が言うと、みんな、こくりと頷いた。
そして、俺たちは、改めて、それぞれの覚悟を、口にした。
「俺は、ルナとの、くだらないけど、幸せな日常を守る。そのために、戦う」
俺はルナの手を握り、自分の覚悟を、言葉にした。ルナの瞳が、潤んでいる。
「私は、カイトと一緒にいます。もう、ただ守られるだけじゃなく、私も、みんなを守りたいです」
ルナが、震える声で、しかし、力強く言った。
「私は、先輩とルナさんが、笑って過ごせる未来を守ります。それが、私の、償いであり、私の想い、ですから」
未来は、両手で、俺とルナの手を包み込む。その瞳は、まっすぐで、迷いがなかった。
「ふっ、僕は、プリンセスの笑顔を守る、白馬の騎士だからな。それに、君たちとの友情も、悪くない」
レイジが、いつものようにキザな台詞を口にする。だが、その声は、どこか照れくさそうで、耳の先が、ほんのり赤くなっているのが見えた。
「ふん。私は、愛のない、力だけの支配を、許さないだけよ。勘違いしないでよね」
アカネが、腕を組んで、そっぽを向く。でも、その言葉に、嘘がないことを、俺は知っていた。
そして、最後に、桜庭さんが、言った。
「……俺は、腹を空かせた若い奴らに、ラーメンを食わせてやるだけだ。お前らが、いつでも、腹一杯ラーメンを食える、そんな平和な世界を、守ってやるよ」
桜庭さんは、それだけ言うと、ふっと、笑った。その笑顔は、今まで見た中で、一番温かかった。
それぞれの、想い。それぞれの、覚悟。
目的は違えど、俺たちは、今、確かに、一つのチームになった。
「よし、行こうぜ、みんな!」
俺の掛け声に、全員が、力強く、頷いた。
ラーメン屋の二階で始まった、俺たちの、最後の戦い。
世界の運命を賭けた、無謀な反撃が始まろうとしていた。




