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第32話:逃亡生活と、ラーメン屋の温もり

 JESUS本部からの、命がけの脱出。あれから、俺とルナは、ひたすらに逃げ続けた。


未来やレイジ、アカネとは、あの混乱の中ではぐれてしまい、連絡も取れない。高城司令官とクロウの戦いがどうなったのかも、分からない。


わかっているのは、俺たちが、JESUSと教団、両方の組織から追われる身になった、ということだけだ。


 昼は、人目を避けて裏路地を歩き、夜は、工事現場の片隅や、公園のベンチで仮眠を取る。所持金は、あっという間に底をつき、まともな食事も、もう何日もしていない。体も心も、ボロボロだった。


「……カイト、ごめんなさい。私のせいで……」


隣を歩くルナが、消え入りそうな声で謝った。彼女の顔は、疲れと、空腹で青白くなっている。俺は、そんな彼女の頭を、優しく撫でた。


「お前が、謝ることじゃねえよ。俺が、お前を守るって、決めたんだから」


 強がってはみたものの、俺の心も、折れかけていた。これから、どうすればいいのか。どこへ行けばいいのか。もう、いっそ、どこかに出頭して、すべてを終わらせてしまおうか。そんな弱気な考えが、頭をよぎった、その時。


俺の目に、見慣れた古びた看板が、飛び込んできた。


『ラーメン むさし屋』


まるで吸い寄せられるように、俺たちは、その店の前に立っていた。


(ここなら、もしかしたら……)


俺は、最後の望みをかけて、店の引き戸に手をかけた。ガラリ、と戸を開ける。


 カウンターの中では、店主の桜庭さんが、いつものように、黙々と仕込みをしていた。


「……いらっしゃい」


桜庭さんは、俺たちの、みすぼらしい姿を一瞥したが、特に何も聞かなかった。ただ、その鋭い目が、ほんの少しだけ、和らいだように見えた。


「……腹、減ってんだろ。座れ」


俺とルナは、言われるがまま、カウンターの隅に並んで座った。桜庭さんは、手際よく麺を茹で、二つのどんぶりを、俺たちの前に置いてくれた。


湯気の立つ、醤油ラーメン。その匂いを嗅いだだけで、涙がこぼれそうになった。俺たちは、夢中で、ラーメンをすすった。温かいスープが、空っぽの胃袋に、そして凍えた心に、じんわりと染み渡っていく。


「……っ、美味しい」


ルナが、震える声で呟いた。その言葉に、俺も無言で頷く。美味い。今まで食べた、どんなご馳走よりも、ずっと、ずっと、美味かった。


あっという間に、スープまで飲み干してしまった俺たちに、桜庭さんは、黙って、水の入ったコップを差し出してくれた。


「……追われてる、みてえだな」


「……!」


俺は、びくりと肩を震わせた。桜庭さんは、全てを、お見通しのようだった。


「あんた、一体……」


「……俺は、ただのラーメン屋だ。だが、昔、少しだけ、あんたたちが関わってるような、物騒な世界に、片足を突っ込んでたことがあってな」


桜庭さんは、遠い目をして、そう言った。やはり、この人は、ただ者ではなかった。


「……行くあてが、ねえんだろ。だったら、しばらく、ここにいろ。うちの二階、空いてるからよ」


「え……。でも、あんたに、迷惑が……」


「迷惑かどうかは、俺が決めることだ。それに……」


桜庭さんは、俺たちの後ろ、店の入り口に、視線を向けた。


「お前らの『仲間』も、もうすぐ、ここに来るみてえだからな」


俺が驚いて振り返ると、店の引き戸が、勢いよく開いた。


「先輩!ルナさん!よかった、ご無事で……!」


「探したぞ、天城海斗!君たちが、行きそうな場所と言えば、ここくらいしか思いつかなかったからな!」


「ふん、ボロボロじゃないの。見てられないわね」


そこにいたのは、未来、レイジ、そしてアカネだった。みんな、顔には疲労の色が浮かんでいる。


「みんな……!」


 はぐれていた仲間たちが、全員、ここに揃っていた。どうやら、みんな、俺と同じように、この場所を目指して集まってきたらしい。


「桜庭さん、どうして……」


「……ラーメン屋ってのはな、色んな奴らが、集まってくる場所なんだよ」


桜庭さんは、そう言うと、ぶっきらぼうに、カウンターの奥へと消えていった。その背中が、やけに、大きく、頼もしく見えた。


JESUSからも、教団からも、見放された俺たち。そんな、行き場のない俺たちが、最後にたどり着いた、温かい場所。


それは、世界のどこにもない、特別な隠れ家。ただの、街のラーメン屋だった。俺たちは、この場所で、傷ついた羽を休め、そして、反撃の機会を伺うことになった。


世界の運命なんて、まだ、わからない。


でも、この仲間たちと、この温かいラーメンがあれば、きっと、まだ、戦える。


俺は、そう信じていた。

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