第28話「初めての朝と、仲間への報告」
昨夜、ルナと正式に恋人になった。その事実が、なんだか夢みたいで、布団に入ってからも、俺たちは顔を見合わせては照れ笑いを繰り返し、結局、ほとんど眠れなかった。
そして、初めて「恋人」として迎える朝。
俺は、いつもより少し早く目が覚めた。隣を見ると、ルナが、幸せそうな顔で、静かな寝息を立てている。窓から差し込む柔らかな朝の光が、彼女の金色の髪を優しく照らしている。
その寝顔をただ見ているだけで、胸の奥が温かくなる。
(……俺の、彼女、なんだよな)
その実感が、じわじわと胸に広がり、顔が熱くなるのを感じた。俺は、そんな自分をごまかすように、そっと布団を抜け出し、キッチンへ向かった。
今日くらいは、ちょっとだけ豪華にしよう。ベーコンエッグでも作って、新しい関係の始まりを祝うか。フライパンに油をひき、ベーコンを乗せる。ジュワッ、と心地よい音と、香ばしい匂いがキッチンに広がる。
「……おはよう、ございます。カイト」
背後から聞こえた小さな声に、俺は思わず肩を揺らす。振り返ると、眠そうに目をこすりながら、ルナが立っていた。いつもと同じ、朝の光景。だが、空気は決定的に違っていた。
「お、おう。おはよう、ルナ」
「……その、なんだ。よく眠れたか?」
「……はい。カイトは?」
「まあな」
ぎこちない会話。お互い、「恋人」という新しい肩書きをどう扱っていいかわからず、戸惑いが透けて見える。沈黙が気まずい。フライパンの油が跳ねる音が、やけに大きく聞こえた。
「あ、あの、カイト!」
朝飯を食べ食器を洗っていたら、ルナが意を決したように声を張り上げた。
「な、なんだよ!」
「えっと……その……」
ルナは、もじもじと、何か言いたそうにしている。そして、ゆっくりと、俺の前に歩み寄ってきた。
「……ちゅー、しても、いいですか?」
「ぶっ!?」
俺は、思わず持っていた皿を落としそうになった。なんだ、その、朝から破壊力満点の申し出は!俺の理性が、警報を鳴らす。
「い、いや、ダメじゃねえけど!心の準備が!」
「準備、いりますか?」
きょとん、と小首を傾げるルナ。その無防備な姿に、俺の理性の砦が、音を立てて崩れていく。
「……いらねえ」
俺は、ルナの腕をぐっと引き寄せ、その唇に、自分の唇を重ねた。初めての、朝のキス。それはベーコンのしょっぱい味がした。
初めてのキスの後、俺たちは一つの結論に達した。俺たちの関係を、ちゃんと仲間たちに報告しよう、と。
俺はスマホを取り出し、未来、レイジ、アカネがいるグループトークにメッセージを送った。
『急で悪いんだが、今日、バイトの後、みんなに話がある』
すぐに、三者三様の返信が来た。
『わかりました!』
『ふっ、僕を待たせるとは、いい度胸だ』
『なによ、改まって。まあ、聞いてあげないこともないわ』
そして、その日の夕方。俺たちは、いつもの『サイデリア』の休憩室に集まっていた。俺とルナが、並んで三人の前に立つ。ゴクリ、と喉が鳴る。なんだ、この、公開処刑みたいな雰囲気は。
「……えー、単刀直入に言う」
俺は、意を決して、口を開いた。
「俺とルナ、昨日から、付き合うことになりました」
しーん、と静まり返る休憩室。最初に、沈黙を破ったのは、レイジだった。彼はゆっくりと立ち上がり、俺の肩を力強く叩く。
「そうか。ついに、この時が来たか。天城海斗。君は、僕が認めた唯一のライバルだ。……プリンセスを、泣かせたら許さないぞ」
その瞳は、いつものようなポンコツな輝きではなく、真剣な光を宿していた。
次に、アカネが、ふん、と鼻を鳴らした。
「べ、別に、驚かないわよ!こうなることなんて、最初からわかってたんだから!」
彼女は顔を真っ赤にしながら、そっぽを向いた。
「……まあ、カイトがそこまで言うなら、認めてあげないこともないわ。せいぜい、幸せになりなさいよね!」
その素直じゃない言葉が、逆に温かく響いた。
そして、最後に、未来が、ゆっくりと顔を上げた。彼女は、ずっと俯いたまま、黙り込んでいた。
「……未来?」
俺が心配になって声をかけると、未来は顔を上げて、にっこりと笑った。その笑顔は、いつもと同じ、太陽みたいな、明るい笑顔だった。だが、その瞳の奥が、ほんの少しだけ潤んでいるのを、俺は見逃さなかった。
「……おめでとうございます、先輩、ルナさん」
未来は、立ち上がると、俺とルナの前に来て、深々と頭を下げた。
「私、本当に、嬉しいです。自分のことみたいに、嬉しい。……よかったですね、ルナさん」
彼女の声は、喜びと安堵に震えていた。
未来は、ルナの手を、両手でぎゅっと握りしめた。
「はい……!未来さん……!」
ルナの目にも、涙が浮かんでいる。二人の間に、もはや恋のライバルという関係はなかった。ただ、大切な友の幸せを、心から喜び合う、温かい友情だけがあった。
「先輩」
未来は、俺に向き直ると、悪戯っぽく、にっと笑った。
「もし、先輩がルナさんを泣かせたら……私が、ルナさんを、奪っちゃいますからね!Gシステムで!」
「お、おう……。肝に銘じておく」
それは、彼女なりの、最大限の強がりで、そして、最大限の祝福の言葉だった。
ありがとう、未来。そして、みんな。
こうして、俺たちの新しい関係は、少し切なくて、でも、最高に温かい仲間たちに祝福されて、始まった。これから、何が起ころうとも、この仲間たちがいれば、きっと、乗り越えていける。
俺は、そう確信した。




