第27話「ラーメン屋の告白と、餃子のお祝い」
教団の『審問官』との激闘から、数時間。俺たちは互いの安否を確認し、ひとまず解散した。
未来の覚醒――いや、あれは変身とでも言うべきか――その力はあまりに凄まじく、度肝を抜かれた。
だが、彼女は「ちょっと疲れただけです」と笑って見せ
た。
その顔色が、いつもより少し青白いのが、ひどく気にかかった。あの途方もない力には、何か大きな代償があるのかもしれない。
アパートに帰り着いても、心はざわついたままだった。未来が身を削ってまで守ろうとしたもの。仲間たちがそれぞれのやり方で示した覚悟。
そして、それを見ていることしかできなかった、俺自身の不甲斐なさ。もう、見て見ぬふりはできない。俺が、腹を括る時だ。
「……ルナ、ちょっと付き合ってくれ」
静まり返った部屋で、俺はぽつりと呟いた。ルナは、不思議そうに首をかしげる。
「はい?どこか行くんですか?」
「ああ。腹、減ってるだろ?」
俺はルナを連れて、夜の街を歩いた。肌寒い風が、今日一日の出来事を冷やすように頬を撫でていく。向かう先は、もう決めていた。あの、無骨で、頑固で、でも、不思議と心が落ち着く場所。ラーメン屋『むさし屋』だ。
ガラリ、と引き戸を開ける。一気に広がる、熱気と醤油の香ばしい匂い。カウンターの中では、店主の桜庭さんが、いつものように、黙々と麺を茹でていた。
「……いらっしゃい」
桜庭さんの低い声に、俺は少し緊張しながら注文した。
「桜庭さん。醤油ラーメン、二つ」
「……あいよ」
俺とルナは、カウンターの隅に並んで腰を下ろす。桜庭さんは、俺たちの顔をちらりと見ると、何も言わずに、湯気の立つラーメンを二つ、目の前に置いてくれた。
俺たちは、無言でラーメンをすすった。熱いスープが、冷え切った体にじんわりと染み渡る。一口、また一口と麺を噛みしめるたびに、体の奥から力が湧いてくるような気がした。この味が、不思議と、俺に勇気をくれた。
「……なあ、ルナ」
どんぶりを置いて、俺は隣に座るルナにまっすぐ向き直った。彼女の大きな瞳が、俺の言葉を待っている。
「はい、カイト」
「今日の、未来のこと、見て思ったんだ。あいつは、自分の身を削ってまで、俺たちの日常を守ろうとしてくれた。レイジも、アカネも、そうだ。みんな、自分のやり方で、戦ってくれた」
俺は一度言葉を切る。心臓が、うるさいくらいにドクドクと鳴っていた。
「……なのに、俺は、どうだ。お前を守るって決めたくせに、いざとなったら、足がすくんで、何もできなかった。情けねえよな」
俺は、自分の情けなさに、思わず唇を噛みしめた。
「そんなこと、ないです!カイトは、私の前に立ってくれました!」
ルナが、震える声で反論する。
「でも、それだけだ。俺は、弱い。金もねえし、特別な力もねえ。お前みたいに、世界を平和にするなんて、大それたこともできねえ」
俺は、自分の拳を強く握りしめた。爪が手のひらに食い込んで痛い。
「でもな、ルナ。それでも、俺は、お前と一緒にいたい。お前が笑ってくれる、このくだらない日常を、守りたい。……いや、守る」
俺は、ルナの目を、まっすぐに見て、言った。
「特別な力なんて、なくたっていい。俺が、俺自身の力で、お前を絶対に幸せにする。だから……」
一呼吸置いて、俺は、ありったけの想いを、震える声に乗せた。
「だから、俺と、付き合ってください」
静まり返る、店内。聞こえるのは、壁にかかった古い時計の秒針が時を刻む音と、桜庭さんが麺を茹でる鍋の音だけ。ルナは、大きな瞳を、ぱちくりとさせた。
そして、その蒼い瞳から、ぽろぽろと、大粒の涙がこぼれ落ちた。
「……はい」
彼女は、泣きながら、でも、満面の笑みで、頷いた。
「はい……!私で、よければ……!よろしくお願いします……!」
その返事を聞いた瞬間、俺の全身から、緊張の糸が切れるように、力が抜けていくのを感じた。よかった。ちゃんと、伝えられた。
その時だった。俺たちの目の前に、湯気の立つ皿が、ドン、と置かれた。見ると、こんがりと焼き目のついた、餃子だった。
「……サービスだ。食ってけ」
桜庭さんが、ぶっきらぼうに、しかし、その口元は、ほんの少しだけ、笑っているように見えた。
「桜庭さん……」
「……男が、惚れた女一人、幸せにできんでどうする。しっかりやれ」
その言葉は、まるで父親に言われたかのように、重く、温かかった。俺は、こみ上げてくるものをぐっと堪え、熱々の餃子を一つ、口に放り込んだ。
「……うめえ」
肉汁が、じゅわっと口の中に広がる。涙でしょっぱいのか、餃子が美味いのか、もう、よくわからなかった。
「カイト、私も……!」
ルナも、泣き笑いの顔で、餃子を頬張る。その瞬間、俺のスマホが、ポケットの中でピコン、と鳴った。
『速報:本日未明、世界各地で、地盤沈下や断層のズレが、一斉に修復される現象が確認されました。専門家は「地球が、自らの傷を癒しているようだ」と、驚きを隠せない様子です』
……だろうな。
俺は、スマホの画面を一瞥すると、電源を切って、ポケットにしまった。もう、そんなことは、どうでもいい。今はただ、目の前のルナと、この最高に美味い餃子のことだけを、考えていたかった。
こうして、俺とルナは、ラーメン屋のカウンターで、世界で一番ささやかで、そして、世界で一番温かい、恋人になるお祝いをしたのだった。




