第24話「聖なる夜と、片想いの距離」
クリスマスイブ…
街が、一年で最も華やかに、そして優しく輝く夜。
白石未来は、一人、自室のベッドの上で、スマホの画面をぼんやりと眺めていた。部屋の隅には、先日、小さな飾りを一つずつ丁寧に吊るした、ささやかなクリスマスツリーが、ぼんやりと光を放っている。
(……今頃、先輩は、ルナさんと一緒にいるんだろうな)
トークアプリの画面には、「先輩、メリークリスマス!今度、またご飯でも行きましょう!」と、数時間前に送ったきりのメッセージが、ぽつんと残されている。
既読のしるしはついたのに、まだ返信はこない…。
わかっている。今日は、二人にとって、きっと特別な夜だ。二人きりの時間を邪魔しちゃいけない。頭ではそう理解していても、胸の奥が、きゅっと締め付けられるように痛んだ。
冷たい空気が、窓の隙間から、まるで私の心を覗き込むかのように、忍び込んできていた。
本当は、誘いたかった。
「先輩!もしよかったら、クリスマス、一緒に過ごしませんか?」って。
でも、言えなかった。先輩の隣には、いつもルナさんがいる。そして、先輩がルナさんに向ける、あの優しい眼差し。あれは、私には向けられることのない、特別なものだ。
『私は、先輩が好きです!』
あの雨の日、私は、自分のすべてを懸けて、想いを告げた。後悔はしていない。JESUSのエージェントだった自分を捨て、一人の女の子として、正直な気持ちを伝えられた。
先輩も、そんな私を「仲間だ」と言ってくれた。
嬉しかった。本当に、嬉しかったんだ。でも、「仲間」と「特別」の間には、深くて、越えられない溝があることを、私は知ってしまった。
「……よし」
未来は、ベッドから勢いよく起き上がった。
じっとしていても、気が滅入るだけだ。気分転換に、夜の散歩にでも行こう。マフラーを首に二重に巻き、コートを羽織って、一人、きらめく街へと歩き出した。
イルミネーションで飾られた公園のベンチに座り、自販機で買った温かいココアをすする。温かい缶が、冷えた指先にじんわりと熱を伝えてくる。
周りには、楽しそうに笑い合うカップルや、プレゼントを抱えた家族連れ。誰もが、幸せそうだ。その光景が、私の心を、まるで氷の刃で切りつけるように、痛くした。
(私、何やってるんだろう……)
JESUSのエージェントだった頃は、クリスマスなんて、ただの「テロや犯罪が増える、警戒すべき日」でしかなかった。恋人たちの浮かれた空気も、どこか冷めた目で見ていた。
でも、今は違う。先輩を好きになって、私も、あの「浮かれた側」に行きたいと、そう思うようになってしまった。
先輩と一緒に、イルミネーションを見て、「綺麗だね」って笑い合いたい。プレゼントを交換して、「ありがとう」って、はにかんでみたい。ささやかで、ありふれた、そんな夢。
ピコン。
ポケットのスマホが、短く震えた。
慌てて取り出すと、それは、待ちわびていた人からの返信だった。
『未来、メリークリスマス。返信遅れてごめんな。飯、また今度行こうぜ』
短い、そっけないメッセージ。でも、その文面だけで、胸の奥が、ぽかぽかと温かくなる。
(……そっか。ちゃんと、見ててくれたんだ)
既読スルーじゃなかった。ただ、返信が遅れただけ。それだけのことが、凍えそうだった心を、優しく溶かしていく。
『はい!楽しみにしてます!』
私も、すぐに返信を打った。きっと、この恋は、報われない。
先輩が選ぶのは、きっと、ルナさんだ。それでも、いい。
今はまだ、諦めたくない。先輩の「仲間」でいられるなら。あなたの隣で、時々、こうしてメッセージを交わせるなら。それだけで、私は、もう少しだけ、この切ない片想いを、頑張れる気がするから。
「……私も、負けてられませんね」
未来は、飲み干したココアの缶を、くしゃりと握りしめた。
その感触が、なんだか自分の決意を固めるように、力強く感じられた。そして、空を見上げる。いつの間にか、空からは、白い雪が、静かに、静かに、舞い落ちていた。
「ホワイトクリスマス、か……」
それは、まるで、泣いている彼女を、空が慰めてくれているかのようだった。
未来は、鼻を一つすすると、ゆっくりと立ち上がった。大丈夫。明日は、またいつもの「健気な後輩」に戻れる。先輩の前では、絶対に、この涙は見せない。
聖なる夜。街の灯りが、一人きりの少女の小さな影を、優しく照らしていた。




