第22話「秋のBBQと、合同作戦(?)」
例の「オンライン説教誤爆事件」から数日後。
JESUSと教団の司令部は、歴史的な雪解け(という名の責任のなすりつけ合い)を経て、一つの結論に達していた。
「こうなれば、両組織、一時休戦だ。協力して、まずターゲット二人を確保し、話を聞く場を設ける!」
「いかにも。我々の目的は『世界の安定』。その手段が多少違えど、目指す場所は同じはず」
かくして、敵対していたはずの二つの組織による、史上初の合同作戦が決定した。
その名も、作戦『秋の味覚バーベキュー・カンファレンス』。
……要するに、BBQにかこつけて二人を呼び出し、うまいこと言って連れ去ろうという、あまりにも安直な計画である。
ターゲットは、俺が働く『サイデリア』の店長が企画した、バイト仲間との親睦BBQ。場所は、街を流れる大きな川の河川敷だ。
「いいか、諸君。我々の目的は、あくまでターゲットの『確保』と『対話』だ。決して、BBQに浮かれてはならない。これは任務である!」
JESUS司令官は、ビデオ通話で現場のポンコツどもに檄を飛ばす。
「聞いているか、アカネ!お前の任務は、天城海斗を『火の番』と称して人気の無い場所に誘導することだ!決して、焼きそばの作りすぎに夢中になるな!」
教団幹部クロウもまた、アカネに釘を刺す。
だが、現場の人間たちの頭の中は、すでにBBQのことでいっぱいだった。
BBQ当日
河川敷は、絶好のアウトドア日和だった。空はどこまでも高く澄み、カラッとした秋風が心地いい。川面はキラキラと光を反射して、まるで銀色の小魚が跳ねているみたいだ。
「うわー!お肉がいっぱいです!カイト!」
ルナは会場に着くなり、目を輝かせて駆け出した。ピンクのパーカーのフードがぴょこぴょこ揺れる。
「はしゃぎすぎんなよ、ルナ。火傷すんぞ」
そう言いながらも、俺の口元は緩んでいた。ルナの笑顔を見ると、それだけで気分が上がる。
店長と他のバイト仲間たちが、コンロの火起こしに苦戦しているのが見えた。煙が目に染みるのか、みんな涙目になっている。
「先輩!こっちです!」
少し離れた場所から、未来が手を振った。その隣には、見慣れない…いや、見慣れすぎていて、なぜここにいるのか理解が追いつかない男の姿があった。
「やあ、天城海斗。僕もプリンセスのために、最高の肉を焼こうと思ってね」
高級そうなエプロンをつけた、氷堂レイジ。なんでこいつ、ルナを追いかけてバイトの親睦会にまで来てんだよ……。
「ふん、カイトの隣は私の場所よ。あなたたち、馴れ馴れしいわね」
なぜかアウトドアチェアにふんぞり返っている、紅月アカネ。こいつもいるのかよ…、つーか、今日店はどうなってんだ?ほぼ全員いるんだが…。
「お前ら、本当に何しに来たんだよ」
俺が呆れて呟くと、アカネはプイッと顔を背けて、レイジは優雅にフッと笑った。
「よーし、お前ら!火もついたし、どんどん焼いて食うぞー!」
店長の力強い号令で、BBQがスタートした。
ジュージューと音を立てて焼ける肉の香ばしい匂いが、あたり一面に広がる。網の上で鮮やかに色を変えていく肉や野菜。
そして、なぜかレイジが持参したフォアグラ。なんだこれ。カオスな宴の始まりだ。
「ルナさん、あーん」
「プリンセス、僕の焼いたA5ランクの肉を」
「カイト!私の焼いたピーマンを食べなさい!」
ルナと俺を巡って、三者三様の熾烈なアピール合戦が繰り広げられる。俺はひたすらルナに肉を焼いてやり、レイジはフォアグラをルナの皿に盛りつけ、アカネは焼きたてのピーマンを俺の口に無理やり突っ込もうとする。
「ちょ、やめろ!熱いって!」
「うるさいわね!栄養バランスを考えなさい!」
アカネは真っ赤な顔でピーマンを押し付けてくる。その隙にレイジがルナに何か耳打ちをして、ルナは楽しそうに笑っている。まったく、気疲れする……。
そんなカオスな状況の中、アカネは不意に俺の袖をそっと引いた。
「か、カイト……。二人で、火の番をしない?こっちのコンロ、火力が弱いみたいで……」
きた!司令部から指示されたであろう、誘導作戦だ。だけど、顔は真っ赤で、その目は「二人きりになりたい」と正直に語っている。
「ああ?まあ、いいけどよ」
「フン、あなたのためにわざわざ時間を空けてあげる。感謝して、この私に付き合いなさい。」
最近読んだラノベの主人公を真似て慌てて付け足す。
(お前はどこの悪役令嬢だよ、キャラに一貫性がねぇんだよ)
俺がアカネについていこうとした、その時。
「待った!火の番なら、この僕に任せるべきだ!」
レイジが、俺たちの間に割って入った。
「火を制する者は、BBQを制する。つまり、プリンセスの心を制するということだ!この聖なる役目、君には渡せない!」
「な、なんですって!?これは、私がカイトを誘うための……!」
アカネとレイジが、火の番の権利を巡って、しょうもない言い争いを始めた。その隙に、未来が俺の隣に来て、そっと耳打ちする。
「先輩、あの二人、たぶん組織から何か言われてます。気を付けてください」
「やっぱりか。まあ、見てる分には面白いけどな」
俺たちがそんな話をしていると、川の上流から、数隻のゴムボートが、ものすごい勢いでこちらに向かってくるのが見えた。ボートには、黒いウェットスーツに身を包んだ男たちが乗っている。JESUSの水中潜入部隊だ。
さらに、対岸の茂みからは、黒いローブ姿の男たちが、双眼鏡でこちらを覗いているのが丸見えだ。教団の連中だろう。
……あいつら、隠れる気、あるのか?
合同作戦は、開始早々、グダグダの様相を呈していた。
JESUSの隊員が、水中で使える特殊な水中銃(どう見ても水鉄砲にしか見えない)を構え、上陸のタイミングを伺う。
教団の連中は、対岸から、巨大な網を発射する準備をしている。
「今だ!上陸せよ!」
「網を放て!」
二つの組織が、同時に動いた!
ゴムボートから、屈強な男たちが次々と上陸してくる!
対岸から、巨大な網が、俺たちめがけて飛んでくる!
「「「きゃああああ!」」」
BBQを楽しんでいた他のバイト仲間たちが、あまりの事態にパニックに陥る。
だけど……。
JESUSの隊員たちは、上陸した瞬間、ぬかるんだ岸辺に足を取られて、全員、派手にすっ転んだ。
「ぐわーっ!」「足が!足が泥に!」
そして、教団が放った巨大な網は、計算が甘かったのか、目標を大きく逸れ、すっ転んだJESUSの隊員たちの上に見事に着地した。
「なっ!?」
「おい!網が!体が動かん!」
「こら!暴れるな!網が絡まるだろうが!」
JESUSの隊員たちは、泥まみれになりながら、巨大な網の中で、もがき苦しんでいる。まるで、漁で獲られた魚のようだ。
「「「…………」」」
俺たちも、対岸の教団員たちも、そのあまりにポンコツな光景に、ただただ呆然と立ち尽くす。
レイジは持っていたフォアグラを地面に落とし、アカネは口を開けたまま固まっている。
「……カイト」
ルナが、俺の服の裾をくいっと引っ張った。
「お肉、焦げちゃいます」
ルナの言葉にハッとした俺は、網の上で焦げ付く肉をひっくり返した。ジュウッと、香ばしい匂いが再びあたりに広がる。
「……ああ、そうだな」
俺は目の前で繰り広げられる茶番劇に背を向け、ルナのために焼き加減のいい肉を探し始めた。
JESUSと教団の、史上初にして、史上最も残念な合同作戦は、こうして、誰一人確保することなく、ただ大量の泥だらけの捕虜(味方)を生み出しただけで、幕を閉じたのだった。




