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第17話「ポンコツ共の集う店」


「――というわけで、今日から新しく入った紅月アカネさんだ。みんな、仲良くしてやってくれ」


『サイデリア』の朝礼で、店長が紹介した新しいバイトの姿を見て、俺は天を仰いだ。


そこに立っていたのは、あのポンコツ美人スパイ、紅月アカネだった。彼女は俺を見つけると、にこりと微笑み、小さな声で囁いた。


「ふふっ、逃がさないわよ、天城海斗。今日こそ、あなたを私の虜にしてみせるわ」


なぜ、ここに……。

俺の心の声が聞こえたかのように、アカネは胸を張った。


「マニュアルによれば、『職場恋愛は恋の成就への近道』とあるわ。これで四六時中、あなたを監視し、アプローチできるというものよ」


ダメだこの人。思考がストーカーのそれだ。

さらに、俺の頭痛の種はそれだけではなかった。


「やあ、プリンセス・ルナ。今日も君は、太陽のように美しいね」


厨房では、エリートエージェントでありながら、すっかりポンコツイケメンと化した氷堂レイジが、ルナに薔薇を差し出していた。彼もまた、あの日の敗北以来、なぜかバイトを続けている。


「レイジさん、ありがとうございます。でも、お仕事中は、お花は持てません」


「そうか……。では、僕の愛の言葉だけでも受け取ってくれ」


そして、俺の隣には、健気な後輩スパイ、白石未来。


「先輩、だまされないでくださいね!あんな女に、先輩は渡しませんから!」


いつの間にか、俺のバイト先は、世界の命運を左右する(かもしれない)連中が潜伏する、魔境のような空間と化していた。


俺の平穏なバイトライフは、どこへ行ってしまったんだ……。


その日の『サイデリア』は、まさに戦場だった。


「天城海斗!見ていなさい!これが私の、おもてなしよ!」


ホール係になったアカネは、客の男性に料理を運びながら、マニュアル通りの誘惑を試みていた。


「お客様……このハンバーグに、私が美味しくなる魔法をかけて差し上げますわ。……きゅんっ♡」


アカネが指でハートマークを作ると、客の男性はドン引きし、その連れの彼女らしき女性からは、殺意のこもった視線を向けられていた。


「おいアカネ!余計なことすんな!」


「な、なぜなの!?マニュアルでは『萌え萌えきゅん♡は男を虜にする魔法の言葉』と……!」


「どこのメイドカフェのマニュアルだよ!」


一方、厨房では、レイジがリベンジに燃えていた。


「プリンセス・ルナ!今日のまかないは、僕に任せてくれ!庶民の味とやらを、完璧にマスターしてきたからね!」


レイジが自信満々に作り始めたのは、お好み焼きだった。

彼はスマホで調べたレシピ通り、生地を混ぜ、キャベツを刻む。その手つきは、無駄にスタイリッシュだ。


「ふっ、どうだい?完璧な手さばきだろう?」


「はい、すごいです!」


純粋なルナは、素直に感心している。

そして、レイジは熱した鉄板に生地を流し込み、華麗なコテさばきで形を整えていく。


「とどめはこれだ!秘技、天空返し!」


レイジは、お好み焼きを天高く放り投げ、空中で一回転させてキャッチするという、無駄な大技を披露しようとした。


しかし…


「あっ」


彼の手元が狂い、放り投げられたお好み焼きは、綺麗に弧を描いて、近くにいた店長の頭に見事に着地した。


「…………」


「て、店長!?」


ソースとマヨネーズ、そして青のりがかかった店長の頭。

レイジは、顔面蒼白になり、その場で土下座した。


「も、申し訳ありませんでしたあああああ!」


そんなカオスな状況の中、一番まともに働いていたのは、意外にもルナだった。


俺が「皿を割るな」と口を酸っぱくして言ったおかげか、彼女は皿洗いだけは、真剣に、黙々とこなしていた。


だが、事件は起きた。

その日は団体客が入っており、洗い場はてんてこ舞いだった。焦ったルナは、洗ったばかりのグラスを高く積み上げすぎてしまったのだ。


「あ……!」


バランスを崩したグラスの塔が、ガラガラと音を立てて崩れ落ちる。


そのうちの一つが、ホールの床に転がり、客の子供がそれに気づかず、踏んで転びそうになった。


「危ない!」


その子に気づいたのは、未来だった。

彼女は、持っていたトレーを放り出し、子供の元へ駆け寄って、その体を抱きしめた。


ガッシャーン!

未来が放り出したトレーが床に落ち、料理が散らばる。

しかし、子供は無事だった。


「大丈夫?、怪我はない?」


「……うん」


店長が飛んできて、未来の機転を褒めた。


「よくやった、白石さん!君のおかげで、怪我人が出なくて済んだよ!」


「いえ、私は……」


だが、ルナは、自分のミスのせいで起きた出来事に、ショックを受けていた。

自分のせいで、未来に迷惑をかけた。自分のせいで、お店の料理をダメにしてしまった。


「……ごめんなさい」


ルナは、今にも泣き出しそうな顔で、そう呟くと、店の裏口から飛び出していってしまった。


「おい、ルナ!」


俺は慌てて彼女を追いかける。

アカネとレイジ、そして未来も、心配そうな顔で、その様子を見ていた。


店の裏路地で、ルナは一人、膝を抱えて座り込んでいた。


「私のせいで……また、みんなに迷惑を……」


「……ルナ」


「私は、やっぱり、ここにいちゃいけないんです……。私がいると、カイトも、みんなも、不幸になる……」


ルナの瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちた。

その瞬間、今まで晴れていた空が、急に暗雲に覆われ、ゴロゴロと雷が鳴り始めた。


世界の危機が、また始まろうとしていた。


俺は、泣いているルナの前にしゃがみこみ、どうすることもできずに、ただ、彼女の名前を呼ぶことしかできなかった。


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