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第13話「お泊まり会と、パジャマの誘惑」

「……というわけで、先輩。今夜はうちに泊まっていってください」


「いや、でも、悪いだろ……」


「構いません!こんな土砂降りの中、女の子二人を歩いて帰らせるつもりですか?」


ショッピングモールからの帰り道、俺たちはゲリラ豪雨に見舞われ、最寄りの駅で立ち往生していた。電車は落雷の影響で運転見合わせ。タクシー乗り場は長蛇の列。まさに八方塞がりだ。


そんな中、未来が「私の家、この近所なんです」と、女神のような提案をしてくれたのだ。


未来の家は、駅から歩いて数分の場所にある、綺麗なマンションだった。


オートロックのエントランスを抜け、エレベーターを上がっていく。ふわりと香る、微かな芳香剤の匂い。ああ、そうか、これが女の子の家か……なんて、柄にもなく感心してしまった。


「どうぞ、上がってください。狭いですけど」


通されたリビングは、女の子の一人暮らしらしく、綺麗に片付いていた。


壁には好きなアイドルのポスターが貼られ、テーブルの上には可愛らしい花瓶。俺の雑然としたアパートとは大違いだ。俺の部屋には、洗濯機から溢れた洗剤の匂いがまだ残っているというのに。


「わあ!広いです!綺麗です!」


ルナは初めてのお泊まり会にテンションが上がっているのか、目をキラキラさせて部屋を見回している。


「ふふ、ありがとう。ルナさん、お風呂、先にどうぞ。着替えは私のを貸してあげるから」


「はい!ありがとうございます!」


ルナは嬉しそうにバスルームへと消えていった。

リビングには、俺と未来の二人きり。なんだか、気まずい沈黙が流れる。


雨粒が窓を叩く音だけが、やけに大きく聞こえた。


「あ、あの、洋服濡れてるんで先輩も着替えますか?お父さんの着替えが少しだけ残ってるので……」


「お、おう。じゃあ、借りるわ」


未来に案内された洗面所で、俺はびしょ濡れの服を脱ぐ。未来のお父さんのものらしい、少し大きめのスウェットは、俺の体にはぴったりだった。


リビングに戻ると、テーブルの上には温かいココアと、クッキーが用意されていた。


湯気の立つマグカップから、甘いチョコレートの香りがふわりと漂う。


「気が利くな、ほんと」


「いえ……。その、私、先輩に少しでも追いつきたくて」


「え?」


未来は、マグカップを両手で持ちながら、ポツリポツリと語り始めた。


「先輩は、いつもルナさんのこと、自然に助けてあげてるじゃないですか。昨日だって、バイト先でレイジさんが来た時も、ルナさんのこと守ってて……。私には、まだそういうのができなくて……。だから、せめて、こういうことだけでも、って」


彼女の健気さに、俺は胸がキュンとなるのを感じた。こんなにも純粋で、ひたむきな好意を向けられて、俺はとんでもない贅沢者なんじゃないだろうか。


俺は、もう何て言っていいか分からず、ただココアを啜るしかなかった。


そんなことを考えていると、バスルームのドアが開き、パジャマ姿のルナがひょっこりと顔を出した。未来に借りた、少し大きめの、うさぎの耳がついたフード付きのパジャマだ。


白い肌に、淡いピンク色のパジャマがよく似合っている。


「カイトー!見てください!うさぎさんです!」


「……ぶっ!」


俺は飲んでいたココアを吹き出しそうになった。

なんだその生き物、可愛すぎるだろ!風呂上がりのほんのり赤い頬と、濡れて少し癖のついた髪。そして、あざとすぎるうさぎのパジャマ。その破壊力は、世界の危機を軽く凌駕していた。


「……似合ってるじゃねえか」


「えへへ」


俺がなんとかそれだけ言うと、ルナは嬉しそうに笑った。

その時、俺の隣に座っていた未来が、俺の腕にそっと寄りかかってきた。肩越しに、シャンプーの甘い香りがふわりと香る。


「……先輩。私のは、どうですか?」


見ると、未来もいつの間にか、淡いピンク色の、少し大人っぽいデザインのパジャマに着替えていた。そして、上目遣いで俺の顔を覗き込んでいる。


その距離、わずか数センチ。心臓がうるさく鳴り響く。


「し、白石さん……!?」


「ルナさんだけじゃなくて、私のことも、ちゃんと見てください……」


未来の瞳は、潤んでいた。その瞳に吸い込まれそうになった、その時。


「カイトは、私の隣で寝るんです!」


ルナが、俺と未来の間に割って入り、俺の腕にぎゅっと抱きついてきた。


「なっ……ルナさん!ずるいです!」


「ずるくありません!カイトは私のマスターです!」


「私が先輩の彼女になります!」


「私がカイトのそばにいます!」


俺を挟んで、パジャマ姿の美少女二人が、火花を散らしている。なんだこの状況!?天国か!?いや、ある意味、地獄か!?


「お、お前ら、落ち着け!とりあえず、寝る場所決めんぞ!」


結局、その夜は、リビングに布団を三つ並べて川の字で寝ることになった。俺の右にルナ、左に未来。両手に花、とはこのことか。


布団に潜り込んでも、俺の心臓はドキドキと鳴り止まない。俺の右側からは、ルナの規則正しい寝息が聞こえ、左側からは、未来の少しだけ早い呼吸が聞こえる。


こんな状況で眠れるわけがないだろう……。


夜もふけたころ…

俺が寝返りを打つと、隣で寝ているはずの未来が、すぐ目の前にいた。


俺の顔に、彼女の息がかかる。


「……先輩、起きてますか?」


「し、白石さん……。どうしたんだ」


「……眠れなくて」


未来は、そっと身を乗り出し、俺の顔に自分の顔を近づけてきた。


そして、彼女の唇が、俺の唇に触れようとした――。

その瞬間、俺の脳裏に、とんでもない悪寒が走った。

もし今、未来とキスでもしようものなら、俺のポンコツ二大巨頭、ルナとレイジがどういう魔力災害を引き起こすか……。


「……ん……カイト……すき……」


反対側で寝ていたルナが、幸せそうな寝言を言いながら、俺の腕にぎゅっと抱きついてきた。


その無防備な姿に、未来の動きがピタリと止まる。


「……敵いませんね、やっぱり」


未来は、小さくため息をつくと、俺からそっと離れた。


「おやすみなさい、先輩。……今日のところは、見逃してあげます」


そう言うと、彼女は自分の布団に戻っていった。

残された俺は、ドキドキと鳴り止まない心臓を抱え、眠れない夜を過ごすことになった。


翌朝、雨はすっかり止んでいた。

俺たちが未来の家を出る時、彼女は俺にだけ聞こえるように、そっと囁いた。


「私、絶対に諦めませんから。覚悟しててくださいね、先輩」


その言葉は、新たな恋の戦いの始まりを告げていた。

世界の運命は、ますます混沌としていく。


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